第34話 ウェントーリ大山脈中腹その二
前話のタイトルに「その一」を追加しました。
タイトルが思いつかなかったわけじゃありまんよ。えぇ、ありませんとも。
ユウトがコカトリスと対峙している一方、ギルツもアックスビーク二体と相対していた。
――くそっ! 何だコイツらっ!?
襲い掛かってくるアックスビーク二体の攻撃を捌きながら、その異様な様子に内心焦っていた。
氷柱の壁を隔てた反対側で、ユウトがコカトリスに対して感じていたこととほぼ同様のことを、ギルツもアックスビークから感じていた。
死を恐れず、傷を厭わず、ただ目の前の敵に襲い掛かる。
ユウトよりも長く冒険者をしているギルツの衝撃は、ユウトのそれよりも大きかったかもしれない。
それでもその感情に振り回されること無く、少なくとも表面上は冷静に対処できているところは、流石と言うべきだろう。
アックスビークの斧のような特徴的な嘴を用いた攻撃を盾で受け、流し、殴り飛ばす。安心の安定感で一対二の不利をものともせずに、アックスビークを足止めする。
しかし、がむしゃらなアックスビークの攻撃は隙が大きいものの一撃が重く、その隙も二体居ることで上手く補われていたため、ギルツが攻撃する暇を与えなかった。
――こうなると嬢ちゃんの魔術に頼るしかなさそうだな。
そう結論付けたギルツが、防御とアックスビークの崩しに集中する。
突っ込んできたアックスビークの攻撃に合わせて、ほんの一瞬盾を引く。アックスビークの攻撃は斧のような嘴を利用したもので、つまるところ体当たりだ。そして体当たりのような攻撃は相手と接触する瞬間、自然と体に力が入る。それは魔物とて例外ではない。
だからこそ、その瞬間を外すと体に入った力が動きの柔軟さを失わせて、ほんの少しバランスを崩させる。
衝突の瞬間がほんの少し後ろにずれたアックスビークはその分微かに体が伸びて、本来ギルツに向けられるべき力が分散する。そこをカウンター気味に盾で殴り飛ばした。
踏ん張りの効かない状態で殴り飛ばされたアックスビークは体を倒し、地面を滑る。ギルツと数歩分の距離が出来たアックスビークを、待っていたかのようにソフィアの魔術が襲う。
「“フレイムランス”」
いつでも打ち出せるように既に空中に待機していた三本の炎の槍が、ソフィアの声に呼応しアックスビーク目掛けて飛翔する。避ける間もなくアックスビークに突き刺さった三本の槍は、轟炎を噴き出して内部からアックスビークを焼き殺した。
それと同時にもう一体のアックスビークが再びギルツに襲い掛かる。
断末魔の声をあげる間もなく体の中を焼かれ、炎に包まれた同族に何かを思っている様子も無く、その目はコカトリス同様に血走って、目の前の邪魔者しか見えていないようだった。
嘴と盾をぶつけ合ったアックスビークとギルツは互いに一歩も引くことなく押し合い、拮抗した力が両者の動きを止める。時折尖った嘴が金属を引っかいて耳障りな音を立てる。
力を込めて押し合っているため、どちらかが一歩引けば相手の体勢を崩すことが可能なはずだ。しかし、下手に引けばそのまま押し切られるおそれがあるため、ギルツは引くタイミングを計っていた。
ギルツの後方にいるソフィアもそれが分かっているため、手が出せずに居た。足を止めたアックスビークを狙うのは簡単だが、どんなタイミングで均衡が崩れるか分からない以上、下手に魔術を使えばギルツに当たる危険があった。
拮抗した状態のまま互いに手を出しあぐねていると、突如横から声が掛かる。
「下がれギルツ!」
ユウトの声に反射的に反応したギルツが、力を抜いて大きく後ろに跳ぶ。突然自分に向けられていた力が消え、つんのめるように体勢を崩したアックスビークに大きな影が襲い掛かった。
影の正体はユウトが投げ飛ばしたコカトリスの死体だ。
コカトリスとの戦闘を終えたユウトはギルツとアックスビークが膠着状態にあることを知った、そして、それを崩すための手段を考え、コカトリスを投げつけるという行動に出た。
アックスビークより二回り大きいコカトリスの巨体は、アックスビークを押し潰すように圧し掛かり、その自由を奪う。
「ソフィア!」
「“アーススパイク”」
特に打ち合わせをしたわけではなかったが、名前を呼ばれたソフィアは即座にユウトの意を汲んで魔術を放つ。
アックスビークの足元から無数の土の棘が伸びコカトリスごと体の至るところに突き刺さる。足元から串刺しにされたアックスビークは全身から血を流して絶命した。
「ナイス援護。タイミングばっちりだったな」
「お疲れ様。手が出せなくて困ってたから、助かったわ」
戻ってきたユウトにギルツとソフィアが声をかける。
「お疲れ。丁度良いところに動きを封じれそうなのがあったからな。折角だから利用させてもらった。……それよりギルツ。気付いたか?」
人の悪い笑みを浮かべていたユウトが、スッと表情を引き締めた。
「あぁ……魔物の様子が異常だった」
「やっぱりそっちもか……」
「異常って……どうかしたの?」
ソフィアは後方に居た為、魔物の異常に気付いていなかった。二人が溜め息混じりに言葉を交わすのを見て、首を傾げる。
ユウトが「任せる」と小さく呟き、ギルツが軽く頷いた。
「今の魔物なんだが、様子がおかしい。まるで目の前の俺達をどうにかすることしか考えていないみたいだった」
「……それの何が問題なの?」
「目の前の敵に集中するって意味なら特に問題は無いんだが、自分が傷ついたり死にそうになっても変化が無いってのはおかしいと思わないか?」
「それは……確かにそうね」
「魔物といっても生物だ。本能的に怪我や死を恐れるし、相手が強ければ逃げることも考える。だけど、そういった様子が全く見られなかった。で、それがおかしいことだってのを前提にすると、次に何が問題になると思う?」
「……何故そうなったか?」
「その通りだ。その辺、ユウトはどう思う?」
「可能性だけなら幾らでもあるけど――」
そこで一度口を閉ざすと、少しの間逡巡する。
ユウトの想像が正しければ、考えうる中でもかなり悪い事態だ。
コカトリスらが死を恐れずユウト達に向かってきたということは、それ以上の恐怖を他の何かに感じていたことになる。
生物が最も忌避するのは死だ。であれば、その何かはコカトリスらにとって死にそうな状態になってなおユウト達と戦うよりも、死を感じさせる程の存在だということだ。そして、この地においてその可能性が最も高い存在はただ一つ。
――ここで言うべきか? 不安を煽るだけじゃないのか?
ユウトの想像はあくまで想像だ、根拠らしい根拠は無い。だが、口にするのが躊躇われる。
一度口にしてしまえばそれが現実となるのではないか、という不安に駆られてしまう。
口を開こうとして、止める。
そんなことを何度か繰り返してから、ようやく覚悟を決めた。
「結論だけ言えば、竜の影響という可能性が一番高いと見てる」
「……根拠はあるのか?」
「根拠らしい根拠じゃないけど……俺が見た限り、コカトリスは圧倒的な何かに怯えているように思えた」
「それだけじゃ竜とは限らないわ」
「ああ。だが、今までにも強い魔物に追われた魔物を見たけど、あそこまで異常な様子の魔物は居なかった。コカトリスが恐れていた相手がそれだけの存在だというのなら、この場所に限っては竜以外考えられない」
二人が反論も無く黙り込んだ。
ユウトの言葉を否定するだけの材料が無く、ギルツ達自身もその可能性が高いと、そう思えてしまったからだ。
「……まだ決まったわけじゃないわ」
ソフィアが搾り出すようにそう呟いた。
その可能性が高くても、そうと決まったわけではない。実際にコカトリスらが竜に怯えていたのだとしても、竜がユウト達を襲ってくるとも限らない。
「そう……だな」
「ああ。考えすぎかも知れない」
ただの希望的観測だが、例え虚勢であっても今は前に進む切っ掛けが必要だった。
それが分かっているユウト達は、ソフィアの言葉に同意を示し、頭の中に響く警鐘を無視した。
「そうそう、そうでなくちゃ困るっす。ここで帰られたら予定が狂うどころか、母様に折檻されてしまうところだったっすよー」
額の汗を拭うような動作をしながら、消えたはずの女性が三度ユウト達の様子を見ていた。――ユウトが視線に気付かないように上手く誤魔化しながら。
ユウトが視線を感じていたという話をギルツ達にしていた時、その話は彼女の耳にも届いていた。そのため同じ轍を踏まないように、今度は念入りに注意を払っていた。
「それにしても中々やるっすね。他の二人も予想以上っすけど、やっぱり一味違うっす。じゃあ次は――」
「いつまで遊んでいるつもりですか?」
女性の耳に声が届いた。キョロキョロと周りを見渡すが、周囲には誰も居ない。
「か、母様っすか」
「他に誰が居ると言うのです」
姿は無く、女性にだけ届く声。しかし、彼女はそのことに驚いている様子は無い。ただ悪戯がばれた子供のような顔で焦っていた。
「あははは……」
女性は冷や汗を流しながら愛想笑いを浮かべる。
不意打ちだったためつい聞き返したが、どう考えてもこんな芸当ができるのは母親くらいしか思いつかなかった。しかも先程の独り言を聞かれていたおそれがある。
本当に折檻されることになったらどうしよう、と内心怯えながら母の言葉を待つ。
「それで、ちゃんと役目は果たしているのですか?」
「それは勿論っすよ!」
叱られずに済んだかも、と声が弾む。――が、それもほんの一時だった。
「私には遊んでいたように見えましたが?」
平坦な母の言葉に、女性がギクリと肩を震わせ、冷や汗を流す。
「そ、そんなこと無いっすよ? ちゃんと役目を果たそうと頑張ってる……っすよ」
「……そういうことにしておきましょう」
とりあえず誤魔化せたと胸を撫で下ろしてから、ずっと抱いていた疑問を口にする。
「だけど、彼が聖地に入った時点で母様ならもう分かってたはずっすよね? なら別にウチが直接確かめる必要は無いような気がするっすけど」
「えぇ、確かに彼がそうであることは確認出来ています。ですが、他に確かめておかなければならないことがあるのですよ」
「……確かめておきたいことっすか?」
「いずれ話す時も来るでしょうが、今は気にする必要はありません。……分かっていると思いますが、死なせてはいけませんよ」
「了解っすー」
その場に居ない母親に向かって、ビシッと敬礼を行なう。すると、初めて平坦だった母の声に感情が篭る。
「……ところでその喋り方、どうにかできませんか?」
「えー、何でっすか。今の流行っすよ」
「私はそのような話し方は聞いた事がありません」
娘が不満そうな声をあげると、呆れたような声が返ってきた。。
「あ、なんならウチが教え――」
「不要です」
被せ気味に拒絶すると、それを最後に言葉が届かなくなった。
しばらくの間、声が届かないことを確かめてから、女性は安堵の溜め息を漏らした。
「ふぅ……びびったっす。相変わらず母様は地獄耳っすねぇ……さて、ウチも怒られたくないっすから、そろそろ本番といくっすよ」
コカトリスとアックスビークを退けたユウト達は、その後目的地である八合目付近まで来ていた。
「ここで間違いなさそうだな」
「広く平坦な場所、か」
「そうね。だけど……」
確かに今ユウト達が居る場は今まで通ってきた荒地のような山道とは打って変わって、平坦で先が見えないほどに広い。だが、見渡す限りは何も無く、緑は勿論泉があるようにも見えない。
「とりあえず探すぞ。ここから見えないところにあるのかもしれない」
ギルツがそう言うと、二人が同時に頷いた。
半信半疑ながら、他に頼れる情報も無い。ただ文献の記述を信じて泉を探して歩き回った。そして――
「……まさか本当にあるとはな」
泉を見つけたギルツが困惑したように呟いた。
泉はあった。文献の通り、美しく澄んだ泉だ。周りには緑もあり、おそらくその中に始原の花もあるはずだ。
だが、その光景は異様だった。
平坦ではあるが草木が全く無い荒野のような場所に、ポツンと泉があってそのすぐ周りにだけ緑がある。泉の周辺だけを余所から持ってきてそこに置いたようなチグハグさを感じさせる。
それでも、そこに存在しているのは間違いない。
「ソフィア。あるのか?」
「ええ……これだわ」
資料の中でだが、唯一始原の花を知っているソフィアが青い大輪の花に近づき、膝を折る。優しい手つきで始原の花を数本手折ると、大事そうに仕舞い込んだ。
「本当に手に入れることが出来るなんて……これで皆助かるわ」
「よし、目的は果たした。すぐに下りるぞ」
急かすようなギルツの言葉に、感慨に耽っていたソフィアもすぐに立ち上がった。目的を果たしてしまえば長居する理由はない。すぐに泉に背を向けて、もと来た道を歩き出す。そうして泉が見えなくなった頃、ユウト達の背後に――大きな影が音も無く空から舞い降りた。




