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第28話 ソフィアの決意

16/6/30 誤字等修正


 「酷い……」


 ソフィアが呆然とした表情で呟いた。

 村に着いたときには既に戦闘は終わっていた。ソフィアが目にしたのは、その戦闘によって村の約四分の一ほどが見る影も無くなっている惨状だった。

 村の外縁部には魔術で作られた堀や壁と思われる跡があり、その殆どが崩れさっていた。周囲には使用された矢や大きめの石がそこら中に散乱しており、折れた槍や剣も少しだが落ちている。

 特に損壊が酷い壁――そこから進入されたのだろうが、付近の家屋は崩れ、地面は抉れ、引き千切られたような枝や蔦がある。

 視線を村の中に向けて少しずらすと、そこには巨大な魔物の姿がある。既に絶命しているため、ピクリとも動かず、魔力も感じない。しかし、死してなおその異形さは失われることは無かった。

 ――何これ……気持ち悪い……

 異形の魔物を見たソフィアも、他のエルフ達と変わらない嫌悪感を抱いた。

 自然と共に生きるエルフにとって、その異形の魔物は不自然すぎた。幾つもの動物の特徴を無理矢理寄せ集め、くっ付けたような異形の姿。

 頭部はライオンと猿を合わせたようで、ゴリラのような太い腕を持ち、下半身は山羊、尻尾が二本ある。その尻尾も、蛇のような尻尾と蠍の尻尾のようなものとそれぞれ形状が違う。手の先には巨腕に似つかわしくない鋭い爪があり、毒々しい紫色に染まっている。何より異常なのは、その背に生える蜘蛛のような八本の足だった。

 大森林に居る魔物では無い。そもそも魔物と呼んでよいのかすら分からなかった。

 ――皆、無事なの……?

 この異形の魔物の姿を見ているだけで、不安が沸き起こり、不吉な予感が拭えない。

 ソフィアは足早に村の中心にある広場に向かった。

 そこには、無事だった村の住人たちが集まっていた。多少村の中に入られたが端で撃退できたおかげで、村の中心はさしたる被害を受けていなかった。広場に居たのは村から離れていた非戦闘員たちだ。

 広場に居たエルフの女性が、近寄ってくるソフィアに気付いた。


 「ソフィア様!? 良くご無事で……」

 「皆、無事?」

 「ここに居る者は魔物が来る前に避難しておりましたので怪我もありません。ですが戦った者は……」

 「そう……」


 女性が悲痛な面持ちを浮かべたのを見て、ソフィアは少なくない被害が出たことを察した。


 「お父様や戦った者たちは?」

 「村長たちは集会場の中にいるはずです」

 「分かったわ。皆も辛いと思うけど、気をしっかりね」

 「はい……」


 家族や隣人が亡くなったのだ、辛くないわけがない。

 今落ち着いているのは、突然のことで実感が湧いていないのと、既に限界に近い精神的疲労が限界を超えないように無意識に考えるのを拒絶しているためだ。ある程度回復してから一度落ち着いた時に、家族や隣人を失ったという現実と本当の意味で向き合うことになる。

 その時、自分には何が出来るのかを考えながら、ソフィアは集会場の中に入った。


 「……っ」


 その光景に言葉を失った。

 集会場の中には、戦いに出た戦士たちがほぼ全員寝かされ、立っているのはソティスを含め四人だけだった。

 ソティスを除く立っていられる三人は、運よく魔物の攻撃を受けずに済んだ者で、擦り傷等はあっても怪我らしい怪我は無かった。

 しかし、寝かされている者達の様子は凄惨なものだった。

 寝かされている者の内、顔に布がかけられて、死んでいる者が二十一人。その殆どは、手足が千切れたり、臓物が傷から覗いていたりと魔物との戦いが壮絶なものだったことを物語っていた。

 死んで居ないものの、大怪我を負ったものが五人。体の大部分を包帯に巻かれており、手当ての跡が痛々しい。その中には村最強の戦士であるディオスの姿もあった。残りの三人は軽傷だ。

 だが、生きている八人の様子は怪我のことを除いても無事とは言い難いものだった。

 生き残った八人は苦しんでいた。それも尋常な苦しみ方では無い。傷が痛むという様子には見えないが、重傷の五人はまだ分かる。しかし、軽傷の三人までが異常な苦しみ方をしているのは不可解だった。

 我に返ったソフィアが慌ててソティスに近づいた。


 「お父様っ」


 娘の声に気付き、ソフィアに顔を向ける。その顔には疲労と悲壮が色濃く表れていた。


 「ソフィアか。無事で何よりだ」

 「ごめんなさい。私が外に出ていたばかりに……」


 村人を守れなかったことに、守る機会すら得られなかったことを自責するソフィアが唇を噛んだ。


 「そうだな……いや、今回に限ってはお前が居なくて良かったかもしれん」

 「ぇ?」


 思いがけない父の言葉に理解が追いつかなかった。そんなソフィアをよそにソティスが言葉を続ける。


 「Aランクの魔物だ。お前が居たとしてもおそらく結果に大した影響は無かっただろう。それに……戦った者たちを見て何かおかしいと思わんか?」

 「……負傷者の苦しみ方、ですか?」

 「そうだ」

 「あれは一体?」

 「毒だ。傷自体は小さい者も、受けた毒が強くて苦しんでおる。お前が参戦しても毒の犠牲者が一人増えただけになっただろう」


 ソフィアは否定できなかった。ソフィアは自身の魔力量と魔術の才に自信を持っているが、自惚れては居ない。現在自分より強いディオスですら大怪我を負っているなら、自分が参戦したところで無事だったとも、戦況に大きな変化があったとも思えなかった。

 そこで違和感を覚えた。


 「お父様。何故、解毒しないのですか?」


 そう言うと、ソティスの表情が明らかに曇った。


 「それは……」

 「村にある解毒薬が効かないの」


 言い難そうにするソティスに代わって、近づいてきた女性が答えた。


 「お母様」

 「お帰りなさい、ソフィア。無事で良かったわ」


 女性の名はフィリア。ソフィアの母親で、村で唯一の薬師(くすし)だ。

 ソフィアと同じ豊かな金の髪を腰まで伸ばし、朱色の瞳をしている。親子だけあって外見はソフィアに良く似ており、ソフィアの数年後の姿と言われても納得できる。母というよりは姉にしか見えない。

 優しい微笑みを浮かべてソフィアの無事を喜んだが、すぐに表情を引き締めた。


 「貴方も見たと思うけれど、村を襲った魔物は誰も見たことが無い新種の魔物よ。その特徴も滅茶苦茶で、どの解毒薬が効くか分からなかったから色々試したのだけれど、全部効き目が無かったわ」

 「そんな……」

 「……おそらく、見た目通り色んな生物の毒が混ざり合っているのね。苦痛を与えながらジワジワと体力を削り、いずれ死に至らせる。そういう毒よ」

  

 そう冷静に言うフィリアの表情は硬い。

 薬師でありながら何も出来ない自分が不甲斐なく、口惜しく思いながらも、それを表に出さないようにしていたからだった。

 フィリアの説明を聞いて黙り込んだソフィアが、何かを思いついたように表情を明るくした。


 「文献にあった全ての毒に効く万能薬ならっ」

 「……それは私達も考えた。しかし、薬自体は無く、材料となる始原の花も無い。手に入れようにも花が咲いているのはウェントール大山脈――竜が支配する地だ。しかも文献は遥か昔の物だ。今も咲いているとは限らない」

 「他の村なら――」

 「無い。念のため遣いは出したが、まず間違いなく無い。仮にも村長である私ですら始原の花の存在を文献でしか知らんのだ。私の知る限り、どの村にも始原の花があったという話は聞いたことが無い」


 娘の提案をソティスがはっきりと否定する。

 万能薬のことが書かれている文献は、長命なエルフですら何時の物かはっきりしないほど古い物だった。当時咲いていたからといって、今もあるとは限らない。また、それほど古い文献でしか残っていないということは、現物が遺されている可能性は皆無だ。仮にどこかの村で手に入れたとしたら、希少な花だ、情報が入らない訳が無い。

 そして、何より咲いている場所が問題だ。

 ウェントーリ大山脈は竜が支配する地といわれ、数多くの竜が生息している。

 村を襲った魔物を遥かに越えるAランク最上級の魔物が多数棲む場所、そこに足を踏み入れるなど正気の沙汰ではない。


 「ですが……っ」


 更に言い募ろうとしたソフィアが言葉を詰まらせる。

 ソフィアはエルフとしては幼く、世間知らずではあるが愚かではない。今動ける者の中で戦えるのはソフィアを含めて四人。四人全員で行ったとしても戻ってこれる可能性は一パーセントたりとも増えないし、そもそも人数が居たところでどうにかなる相手でもない。

 それが理解できていても、何かできないかと気が逸っていた。


 「私とてどうにかできるならしている。しかし、どうしようもないのだ。無為に犠牲者を増やすようなことも出来ん。彼らを……見捨てるのが最良だ」


 それが村の長であるソティスの決断だった。

 ソフィアが何かを言いたげな視線を向けるが、何も言えなかった。例え何か言ったとしても、ソティスは意見を変えなかっただろう。

 残酷だとしても、長として正しい判断なのだから。

 だが、何より決断したソティス自身が、非情だと自分を責めていた。握り締めた拳に力が入りすぎて、爪が食い込み血が流れるほどに。


 「皆はどれくらい持つの?」

 

 ソフィアがようやく口にしたのはそんな言葉だった。


 「おそらく三週間。重傷者は体力を消耗しているから……もっと早いと思うわ」


 フィリアが硬い声で告げると、ソフィアが小さく頷いてから背を向けて歩き出した。

 傷つき苦しむ同胞の姿を見ていられないのだろう。立ち去るソフィアの姿をソティスたちはそう取った。

 しかし、ソフィアは決断していた。

 血を流す程拳を握りながらも、見捨てると残酷な決断をせざるを得なかった父の姿。力不足だと嘆きながらも、それを表に出すことなく薬師として冷静に診断した母の姿。

 それらを見たソフィアが取るべき道は一つだった。



 

 ソフィアは村を出ようとしていた。

 愛用の杖と、旅に必要そうな道具や保存食を詰めた袋を持っている。

 ソフィアは旅をしたことが無い。エルフとしては当たり前だが、旅どころか大森林から出たことも無い。したことも無ければ、しようと考えたことも無い。そんなソフィアには、旅に何が必要で何が不要なのかも分からなかった。

 足りない経験は頭で補うしかない。乏しいながらも知識を総動員させ、旅に必要そうな物を片っ端から集めた。

 そして、普段使わない外套を頭から被った。

 ソフィアは人間のことをよく知らないが、エルフの殆どは人間を嫌っている。そんなエルフたちに子供の頃から話を聞かされていたソフィアもまた、人間に良い印象を持っていない。そして、村のエルフは皆、人間はエルフを襲う、と言っている。

 エルフの特徴は、整った容姿以上に細長い耳だ。村のエルフの言うことがどれほど事実なのかは分からないが、試してみようとは思わない。どこかで人間に出くわしたとしてもエルフとばれないよう、耳を隠すための外套だった。

 ――お父様、お母様。勝手なことをしてごめんなさい。でも、家族が苦しんでいるのを黙って見ているなんて出来ないの。

 ソフィアの実の家族はソティスとフィリアだけだ。

 しかし、生まれたときから村人たちと共に生きてきた。ソフィアは村で一番若い、いわば末っ子だ。尊敬されている村長と頼りにされている薬師の子であり次期村長でもあるソフィアは、村人全員から可愛がられ、愛されてきた。

 ソフィアにとって、村人は全員家族のようなものだった。

 始原の花を取ってこれる可能性が限りなくゼロに近いのは理解している。父の判断が正しいのも理解している。だけど、可能性がゼロでないのなら、助けられるかもしれない家族を見捨てたくない。

 両親が責任ある立場故に本心とは逆の決断をしなければいけないのなら、立場の無い自分が本心のままに行動する。

 それがソフィアの決断だった。

 闇に紛れ、見張りの目をごまかしながら村を出た。

 普段なら“探査”で気付かれるだろうが、“探査”を使える戦闘員は殆どが動けず、無事な三人も昼の戦闘の疲労で既に休んでいる。今見張りに立っているのは申し訳程度に“探査”が使えるだけの非戦闘員だった。




 ソフィアは村を出ると、ウェントーリ大山脈のある東北東に向かった。

 ――もう少しで大森林を抜けれそう。

 村を出てから数時間、予定ではもう十数分もすれば大森林から抜けるはずだ。

 ここまで魔物に襲われることも無く、順調だった。村を襲った魔物が居たせいで周辺の魔物が揃って身を隠しているのだろう。“探査”に引っかかる魔力はそこそこあったが、向かってくる物は一つも無かった。

 加えて、初めて大森林の外に出るという恐怖と緊張、外の世界に対する興味と興奮がソフィアに正常な判断を失わせていた。そのため、ここまで気付くことが出来なかった。

 もう少しで大森林を抜けるとなって、多少落ち着きを取り戻したソフィアがようやく違和感に気付いた。

 ――一定の距離を保ったままの魔物が居る……?

 村を出て少しした頃から“探査”の範囲に紛れ込んだ魔物。気にしていなかったが、思い起こせば一度も消えることなく常に同じ距離を保って、そこに居た。

 狙っているのか、様子を窺っているのか。どちらにしても、ソフィアに興味を持っているのは間違いない。

 しかし、積極的に向かってこないのならば、無視しておけば良い。どうせすぐに大森林を抜けるのなら、何もしてこない相手は害にはならない。

 だが、ここでソフィアは決定的な間違いを犯した。

 ――後ろから襲われると面倒ね。先に排除しておかないと。

 ソフィアは、大森林の魔物が基本的に大森林の外に出ないということを知らない。だから、外で戦うことになるよりは、樹の魔術が使える大森林の中で倒しておくべきだと考えてしまった。

 倒すと決めたソフィアの行動は早かった。いつでも魔術を使えるように準備をしながら、少しずつ魔物に近づいた。

 

 「っ!?」


 そこでようやく、自分が大きなミスをしたことに気が付いた。

 その場に居たのはマンティアント。蟻と蟷螂を足して二で割ったような姿形をしたBランクの魔物だった。

 ソフィア一人ではBランクの魔物は倒せない。

 即座にソフィアは撤退を選択した。

 しかし、近づきすぎたソフィアは、すでにマンティアントに捕捉されていた。

 ――何ですぐに逃げなかったの!?

 逃げながら自分を叱責する。

 ソフィアは“探査”で魔物の強さまで知ることは出来ないのだから、魔物の強さは未知数だ。

 しかし、一定の距離を保ちながら後を付けて来たということは、それなりに知能が高く、相手もソフィアの場所をある程度把握できていたということだ。

 相手がソフィアの手に負えない魔物である可能性に気付くべき点は幾つもあった。それに気付かなかったのは、正常な判断力を欠いていたソフィアの失態だ。

 背後から木々を掻き分けるようにしてマンティアントが少しずつ近づいてくる。全力で走るソフィアだが、その距離は少しずつ詰められていた。大森林から外にまでは追って来ない事を祈りつつ、大森林から外に飛び出した。

 そんなソフィアの願いも空しく マンティアントは大森林の外にまで追いかけて来た。


 「“アイスエッジ”」


 振り向きざまに魔術を使う。

 移動速度はマンティアントの方が早い。何かしら足を止めなければ、いずれ捕まってしまう。そう判断して氷の刃をマンティアントに放つが、体の前で交差させた両手の鎌が、氷の刃を容易く弾いた。

 もっと強力な魔術を使えばダメージを与えることも出来るが、強い魔術はその分集中力が必要になる。使うためには一度足を止めなければならないが、そうすれば使う前に捕まるだろう。しかし、弱い魔術では足止めにすらならない。

 ――どうすれば良いのっ!?

 手が詰まったソフィアは、ほぞを噛んだ。

 そして、とうとう追いついたマンティアントが鎌を振る。

 その気配に直前で気付いたソフィアは、後ろを振り向いて咄嗟に鎌を避けることが出来た。しかし、走りながら急に後ろを振り向いたせいでバランスを崩しかけ、さらにマンティアントの鎌の風圧に煽られたことで、すぐに次の行動に移れないほど体勢を崩してしまった。

 ――しまった!?

 そう思ったが、既に手遅れだった。

 マンティアントはその隙を見逃さず、振り切った鎌を引き戻すようにして、鎌の背でソフィアの腹部を強打した。


 「っぁ!?」


 声にならない悲鳴が漏れる。

 マンティアントの怪力で殴られたソフィアの体が宙に浮き、吹き飛ばされて地面に落ちた後も勢いを失わずに地面を滑った。

 ――何も出来ずに、こんなところでっ……

 体は動かず、朦朧とする意識の中で、自分の死を覚悟した。

 せめてもの抵抗に自分を殺そうとする相手を睨みつけてやろうと、重くなった顔と瞼を上げる。

 ――綺麗……

 ソフィアの目には近くにいるはずの魔物は映らなかった。その目に映っていたのは、白く輝くような人間サイズの光だけだった。

 その光景を最後に、ソフィアは意識を失った。



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