第27話 村の危機
入ってきたのは、革鎧を身に着け武装しているエルフの男だった。男は今の時間の見張り番だ。ソティスがローテーションの確認をした際に言葉を交わしているから間違いない。
「……何事だ?」
本来なら、まず無礼な態度を窘めるか叱るべきところだが、入ってきた男の様子から異常を感じたソティスは要件を聞くのを優先した。、
泰然としたソティスの様子を見て、入ってきた男が少しずつ落ち着きを取り戻す。ある程度落ち着いた男が、聞き取りやすいようにはっきりとした声で
言った。
「南から魔物が近づいています。“探査”に優れた者の話ではおそらくAランク相当だろうと……」
ソティスとディオス、両者の表情が凍りついた。
村に魔物が近づいてくることは頻繁ではないが、そう珍しいことでもない。そのために見張りを立てている。
エルフは樹の魔術のこともあって、大森林では無類の強さを発揮する。しかし、元々人口の少ない村であり、戦闘に出れる者に限ると三十人程度しか居ない。エルフが総じて魔力が高いとはいえ、全員が戦闘訓練を受けているわけでも戦う覚悟があるわけでもないため、戦力には出来ない。
もっとも、そのような少人数でも向かってくる魔物がBランクまでなら何の問題も無い。今までも返り討ちにしたことはあり、おそらく数人の負傷者を出す程度で排除できるだろう。
しかし、Aランクの魔物となれば話は大きく異なる。
魔物におけるAランクというのはBランク以上という大まかな括りであって、ピンからキリまで居る。その幅は他のランク内での幅とは比較にならない。代表的なAランクの魔物といえば竜だ。地上最強の生物とも言われ、一度暴れだせば町の一つや二つはほぼ確実に壊滅させる。Aランクでも最上級の魔物だ。
しかし、他のAランクの魔物もそうかといえば、そんなことはない。竜はAランクの中でも別格で、他の殆どは竜と比較すると天と地ほどの差がある。
そうとはいっても、Aランクという最高ランクに分類される魔物だ、弱いわけが無い。
冒険者の間では、Aランクの魔物は同ランクの冒険者が十数人がかりで戦う相手とされている。そして、Aランクは全冒険者の中でも精々百人、しかも事実上引退している者も含めてだ。
百人程度しかいない限られた冒険者を十数人集めてようやく相手が出来るという事実がAランクの魔物の異常性を物語っている。しかも、これはAランクの中でも弱い個体を想定したものだ。
エルフたちの戦力は冒険者で言えば平均してCランク、大森林という場所的優位を考慮してギリギリBランクといった程度だ。三十人と人数が稼げるとしてもAランクの魔物を相手にするには分が悪い。
――こんなときに限ってソフィアが居ないとは……っ。
そう思わずにはいられなかった。
ソフィアはまだ若く実戦経験は少ないためまだ未熟だが、その魔力量と魔術の才能は村でも飛び抜けていて、将来性にかけては村で随一だ。居れば必ず戦力になる。
しかし、狩りに出て行った以上、日が沈み始めるまでは戻らないだろう。そして、日が沈み始めるまではまだ時間がある。戻ってくるのは期待できなかった。
「ディオス。戦えない者には村から離れるように伝えろ。戦える者のうち若い者二人を護衛に、それ以外の者は全員広場に集めよ」
「分かりました」
まくしたてるような早口で出された指示に返事を返し、ディオスは執務室を飛び出した。
ディオスが執務室を出てから少し、続々と戦う準備を整えたエルフたちが広場に集まり、今では戦える者全員が揃っていた。その数は三十二人、男性が殆どだが中には女性も混じっている。
規律正しく並んでいるエルフの戦士たちの前にソティスが立った。
「集まったようだな」
ソティスがそう口にすると、ざわついていたエルフたちが静まり、視線が集まる。
「既に聞いていると思うが、今この村にAランク相当の魔物が向かってきている。どのような目的かは分からないが一直線に向かってきているところを見ると、狙いは我々エルフか、この村自体だろう。本来なら、逃げるべき相手だ。しかし、狙いが我らであれば、ここで逃げれば既に村を離れさせた者達や他の同胞たちが襲われることになるかもしれん」
口上を止めて集まったエルフたちの顔を見渡した。ここに集まった者は既にディオスから事情を聞いている。Aランクの魔物と戦うということは全滅すら覚悟しなければならない事態だ。ここに居る者達はそれを理解しているし、覚悟も既に済んでいた。
「村長。我らは村を守る戦士です。村を、家族を、同胞を守るためならば死すら覚悟の上です。それに、我らは屈強なエルフの戦士。如何にAランクの魔物といえ、遅れは取りません」
戦士たちの先頭に立っていたディオスが一歩前に出て、そう言った。
ディオスは戦士たちのまとめ役だ。その素質はソフィアに次ぎ、戦闘経験も豊富で、この村において現在最も実力のあるエルフだった。文武に優れ、人格者でもあるディオスは戦士たちを含め、村人全員から信頼されている。
そのディオスがAランクの魔物すら倒してみせると言った。
これから死地に向かう戦士たちにとって、それほど自信になる言葉が他にあるだろうか。
ディオスの言葉が終わると共に、戦士たちが鬨の声をあげた。地鳴りのような戦士たちの雄叫びが、村中に響き渡る。
しばらく続いた雄叫びは、ソティスが軽く手を挙げると途端に止んだ。
「皆の意思は受け取った。戦士たちよ。我らが村を、家族を、同胞を守るため……命を懸けて外敵を駆逐してくれ」
「はい!」
ソティスが命令を下し、戦士たちが威勢良く返事をした。すかさずディオスが戦士たちに向き直り、声を張り上げる。
「魔力の多い者は協力して土魔術で村の外側に深い堀と高い壁を作れ! 罠作りに長けた者は突破された時のために村の中に罠の用意! 他の者は武器や矢、石などを近くに集めておけ!」
ディオスの命に従い、戦士たちが一斉に動き出した。すぐに広場に人が居なくなり、ソティスとディオスだけが残された。
「他の者達は既に村を離れているのだな?」
「はい。指示通り若い者二名を護衛につけています。少し離れたところに避難させ、狼煙で次の指示を出すと伝えてあります」
「そうか。ご苦労」
ソティスはそう言うと息をついた。
問題なく倒せれば村に戻らせれば良く、仮に手に負えない場合には他の村に行かせて事情を伝えさせれば良い。これで少なくとも、非戦闘員は生き残ることができる。
「ディオス。……何人が生き残れる?」
「……私はそれほど“探査”に長けていませんから、魔物の強さを正確には測れません。しかし、少なくともAランクだというのならば……半数が残れば良い方かと」
「そう、か……」
ディオスは冷静に戦力を分析して事実を告げる。予想してはいたとはいえ無慈悲な現実にソティスが顔を歪めた。
大森林の中という好条件で、エルフが三十人以上居てもなお、半数の犠牲を要するAランクの魔物の理不尽さが腹立たしかった。
「村長は、すぐに避難を。少なくて申し訳ありませんが護衛を一人付けます」
密かに歯軋りをしていたソティスに、ディオスが告げる。ディオスが何を言っているか分からずに一瞬呆然としたソティスだったが、すぐに理解すると顔を真っ赤に染めて怒りを露わにする。
「馬鹿なっ!? お前たちに命を懸けさせておいて私に逃げろと言うのかっ!?」
「その通りです。魔物の強さが正確に分からない以上、倒せるという保証もありません。長である貴方を死なせるわけにはいきません」
「……っ」
ソティスが反論しようと口を開くが、結局何も言えずに口を噤んだ。
ディオスの言い分が正しいということが、ソティスも理解出来ていたからだ。
ソティスは魔力こそ高いが戦士ではない。この場に残っても戦力にはならないし、村長であるソティスが死ねば、残った村人が困ることになる。ソティスがこの場に残ることに意味は無かった。
「……分かった」
黙りこんでいたソティスがそっと口を開いた。村を、同胞を大事に思っているからこそ、この場を離れることを拒んだが、村長となるだけあって元々頭が良く冷静な男だ。すぐに落ち着きを取り戻した。
「だが、護衛は不要だ。先に避難した者達の後を追うのだから魔物が居る可能性は低い。それよりもお前たちの勝率が下がる方が問題だ」
「……分かりました。御配慮ありがとうございます」
護衛をつけないというのはディオスとしては不本意だったが、反対して変に意固地になられても困る。また、ソティスが言う通り、少し前に避難した者達が通った道だ。魔物が居る可能性は極めて低い。
妥協点としては妥当だろうと判断したところで、一人のエルフが近づいてきた。
「ディオスさん。堀と壁の構築、罠の設置、武器等の準備、全て整いました」
「分かった。私もすぐに行く。全員持ち場につかせておけ」
「はいっ」
返事をするとすぐに走っていったエルフが見えなくなってから、ディオスはソティスに向き直る。
「では村長。私は行きます。どうか御無事で」
「あぁ。お前も……必ず生き残るのだぞ、ディオス」
「約束は出来かねますが……善処致します」
そう堅い返事を返すと、ソティスに背を向けて歩き出した。その背を見送ってから、ソティスもディオスと反対の方向に急いだ。
――皆、無事に生き残ってくれ。
そう強く願いながら。
ディオスが村の端――魔物を迎え撃つ予定の場所に着くと、全員が配置についていた。
それを確認したディオスは大きな声で指示を出す。
「姿を確認したら合図を出す。まずは第一斑が樹の魔術を使い、一瞬で良い、動きを止めろ。それと同時に第二班は氷、第三班は樹の魔術で一斉攻撃を加える。第四班から第六班は魔力を温存し、弓や投石で攻撃。その後は堀や塀で時間を稼ぎながら削るぞ」
三十二人の戦士のうち、ディオスと先程ディオスを呼びに来た副官となるエルフを除く三十人は、五人ずつ六班に分かれている。
第一斑に集めた者は特に樹の魔術との相性が良く、広範囲に複雑な動きをさせることが出来るため、足止め役として運用し、第二班と第三班は魔力量が多く、魔術に秀でているため火力役だ。第四班から第六班は逆に魔力量がそれほど多くないため、基本的に魔力を温存させ、弓や投石を主に使わせて第一班から第三班のサポートを行なわせる。
第一班から第三班を戦闘のメインに据えて、状況が悪くなった場合に第四班から第六班で支える、というのがディオスの方針だ。
ディオスの指示が終わると、全員が目の前の森に意識を集中させる。
張り詰めた空気の中、しばらくすると、ズシンズシンという足音が聞こえてきた。時折ミシミシと樹が折れる音をさせながら、足音が徐々に近づく。
そうして、魔物の姿がエルフたちの視界に入った。
「第一斑っ!」
ディオスの号令が響いた。
「“大樹よ”」
それを合図に第一斑のエルフ達が同時に魔術を発動する。
村の中でも特に樹の魔術に優れた五人のエルフが協力して行使した魔術は、絶大な効果を発揮した。
姿を現した魔物の周囲に立つ木々が一斉に魔物に絡みついた。蔦を、枝を、幹すら伸ばし、樹そのものが絡みついて、まるで樹と魔物が一体になったように全身を拘束する。
「“アイスエッジ”」
「“大樹よ”」
第一斑に数瞬遅れて第二、第三班がそれぞれ氷と樹の魔術を発動させた。
魔物の周囲に無数の氷の刃が出現し、ドーム状に魔物を覆う。それも一瞬で、魔物を覆うように空中に停止していた氷の刃が一斉に魔物に向かって飛翔し、全身に突き刺さる。それと同時に、周囲の樹と魔物に絡みついた樹が、第三班に操られ、鋭く尖った枝を伸ばし、魔物を串刺しにしようと襲い掛かった。
しかし――
「グゥルゥァァァァ!」
魔物は身動ぎするように体を動かし始めると、絡みついた樹を力任せに引き千切った。
解放されたその体には、氷の刃や枝が突き刺さっているが、どれも全身の筋肉に阻まれ、浅く傷が付いているだけだった。もっとも、浅いとはいえ全身につけられた無数の傷からは血が流れ、全身を赤く染めている。
――なんて歪な。
不自然に寄せ集められたような魔物の姿をはっきりと目にしたディオスはそう感じていた。魔物の中には醜悪な姿形をしている物も少なくない。しかし、これほど嫌悪感を感じたことは無い。
それはディオスだけではなく、その場に居るエルフ全員がそうだった。魔物のあまりの歪さに、エルフ達は先程までの威勢を失い、戦意すら失いかけている者も居るほどだった。
「怯むなっ! 傷は負っているんだ。倒せない敵ではないっ!」
急速な士気の低下に気付いたディオスが味方を鼓舞する。それは同時に、自分に言い聞かせるためでもあった。
ディオスの鼓舞を受け、エルフ達に再び戦意が戻る。
「もう一度やるぞっ! 第一斑準備しろっ! その間第四から六班は時間を稼げ!」
エルフ達の村を守る戦いが始まった。




