18 侍女頭の知らせ
「……僕はお役目御免になったのかな」
ぽつり、と呟かれた言葉に墐章は即座に「それはない」と返した。
「でも今日で八日目だよ」
墐章は隣に立つ少年の横顔をちら見する。淡い月光が照らす横顔は睡蓮のような繊細な美しさを称えている。歳の割には落ち着いた瞳は悲しみよりも心配の色が濃く宿っており、墐章は首を傾げた。
添い寝係を首になったことを悲しんでいると思ったのだが、どうもそうではないらしい。
「彩王さま、ちゃんと眠れているかな」
綺宵は背後を振り返った。つられて、墐章も振り返る。重厚な扉の向こう側、誰の気配もない臥室を。
龍賢が皇鳳殿に帰らなくなって、今日で八日目。妃嬪の元へ渡る際は夜警として墐章が同伴するのが通例だが、龍賢は綺宵と共に臥室を守るように言ってきた。
そのため、龍賢が今どこにいるのか、誰の元へ身を寄せているのか墐章は見当も付かない。
「お前が役立たずなら洗濯物係に逆戻りさ。今もここにいるってことはちゃんと仕事は認められているんだから安心しろよ」
なんとなくだが龍賢は綺宵と顔を合わせたくはないのだろう、と墐章は考えた。
墐章の側に置くのは、彼の身の安全を守るために違いない。嘘か真か、龍賢の寵を一身に受ける綺宵をよく思っていない妃嬪が数多くいるそうだ。龍賢が綺宵を避けて、妃嬪の元に足繁く通うのも妃嬪からの悋気に彼を巻き込まないため、と考えるのが妥当だろう。
「前にも言ってと思うが、あのお方が無理していたら他のやつらが引っ張ってくるって、だから安心して共に守ろうぜ」
「……でも、彩王さま、辛そうだった。遠くから見たんだ。目の下の隈、前よりも酷くなっていて、眉間に皺を寄せて、気難しい顔をしていた」
「あー、まあ、そうだな」
やはり、綺宵がいなければ眠ることはできないのだろう。墐章は頬を掻く。
(扉越しにでもいいから綺宵を置くように言ってみるか? ……いや、閨の声を聞かせたくはないか)
しかし、龍賢の状態が前より悪いのは明らかだ。涼やかな目元には隈が浮かび、肌も髪も前のような艶はない。話しかけてもどこかぼんやりとしており、前のような快活さはない。
無理に綺宵を連れていくべきか? と頭を悩ませていると遠くから足音が聞こえた。
「綺宵。一応、構えとけ」
足音の主は深く早く呼吸を繰り返している。衣擦れの音と沓音から侍女か、それに準する身分の女だと判断した。
「——いや、構えなくてもいい。おそらく味方だ」
闇を裂くようにして走ってきたのは李玉麗。皇太子——蒼詠の乳母兄妹にして、現在は龍賢の侍女頭を務めている。
「はあ、はあ……。綺宵、います、か」
肩で大きく息をしながら玉麗は綺宵の姿を捉えると安堵したように胸を撫で下ろした。
「玉麗さま、どうかなさったんですか?」
玉麗は大きく息を吸い込み、吐き出した。その動作を何度も行い、呼吸が安定してから口を開く。
「彩王さまが、倒れられたのです。凌峯どのが綺宵を連れてくるように、と。着いてきてください」




