プロローグ ~伝説は幕開けと共に死亡終了!?~
「――ごめんね、ルピア。私はもう、笑えない」
どんなに登録者数が増えても、大人気だと持て囃されても、消えない心の傷がある。
「でも、ずっと応援してるから」
儚く囁く彼女の声が、いつまでも耳から離れない。
「さよなら」
もう二度と――繰り返さない。
◇ ◇ ◇
「皆、今日はルピアの引退配信に来てくれて、ありがとにゃ~!」
画面の中では、赤髪猫耳の少女が笑顔で手を振っている。
誰もが認める大人気Vtuber『赤猫ルピア』である。
今日はその引退配信とあって、コメント欄は普段よりも高速で流れていく。
【コメント】
「ルピたん引退しないで」
「寂しい寂しい寂しい」
「今までお疲れさまでした。大好きでした」
「ルピたんの配信に元気をもらって、外出られるようになったんだよ」
「永遠に推す!ルピめいと」
「嬉しいにゃ! ルピアとルピメイトは、ずっ友だよ!」
『ルピメイト』とは所謂ルピアのファンやリスナーの総称である。
ルピアは明るく前向きなキャラとして人気を博し、これまで沢山の人々に愛されてきた。
古参で活動歴も長く、交友関係も広い。
そんな彼女が突然の引退を発表したのが約1か月前のことである。
当然、ネット上は大騒ぎになった。
ルピア当人の元へも問い合わせが殺到したが、彼女は毅然としていた。
「引退配信で、全てをお話しするにゃ!」
そんな彼女の言葉を聞こうと、今日は多くのリスナーが集結していた。
同接数は、既に50万を超える勢いだ。
暫くこれまでの思い出話などを語った後、ルピアは本題へと移る。
衰え知らずの人気を誇る彼女が、なぜVtuberを引退するのかという理由だ。
「これまで応援してくれたルピメイトのみんな! ルピアは次のステージに行くことにしたにゃ!」
【コメント】
「ついに本体デビュー?」
「結婚?」
「やめないでー」
「なになに?」
「海外進出とか」
「結婚かにゃ? 海外進出かにゃ? ふふふ!」
コメントの盛り上がりを確認した後、ルピアはハーフマスクをスチャッと装着した。
「じゃーん! この仮面に見覚えはないかにゃ?」
【コメント】
「なんだ?」
「ルピたん社長じゃん!懐かしい!」
「可愛い」
「Vtuberプロデュース企画の衣装だ!」
「あの伝説の企画?Kafeoreはそれでデビューしたんだっけ?」
「そうなの??」
「覚えていてくれていたルピメイトのみんな、ありがとう! そう、これは5年くらい前にやっていた、Vtuberプロデュース企画『ルピたん社長』の仮面だにゃ」
ざわつくコメント欄に、切り抜き動画のURLが貼り付けられる。
その勢いがおさまらない内に、ルピアは言葉を続けた。
「もう分かった子もいるかにゃ? ルピアは、なんと! なんとなんと――!」
不敵に微笑んだ後、高らかに宣言する。
「Vtuber事務所を立ち上げて、最高のVを育てることに決めたのにゃ!」
【コメント】
「まさかの展開!?りあるルピたん社長!!」
「おおおおおおっ」
「単純な引退じゃなくて嬉しい!」
「初配信から見てるけど、こう来るのルピたんらしい」
「めっちゃいいじゃん。楽しみ。社長~!」
「ルピたんも社長役でVtuber続けて欲しい!」
「ぱちぱちぱちぱち」
好意的な反応の並ぶコメント欄に、ルピアは笑みを深めた。
そして声を弾ませて語りだす。
「この世界には、素敵な子がまだまだ沢山いるにゃ。その子のなりたい姿で、思い切りその魅力を発揮するお手伝いをする。そして世界をもっと熱狂させる! それがルピアの、次の夢にゃ!」
ルピアの胸に、一つの苦い思い出が去来する。
かつて同時期にデビューし、「相棒」とまで呼ばれていたVtuber仲間『白瀬ユノ』のことだ。
彼女は穏やかな人柄で、派手さはないが繊細な可愛らしさを持つ人だった。
しかし、当時はとにかく「目立つ」ことを求められる時代だった。
本来、静かな雑談や歌が得意だった白瀬は、無理にハイテンションキャラを演じ続けるようになり――次第に消耗して、Vtuberを引退してしまった。
かつてのルピアは彼女を救えなかった。救う力がなかった。
既読のつかなくなった白瀬宛のメッセージ画面だけが、今も虚しく残り続けている。
でも、Vtuberとして多くの経験を積んだ今ならば、きっと出来ることがあるはずだ。
ルピアは気合を入れ直して、満点の笑顔でビシッと画面を指さした。
今度こそ、演者も視聴者も全員纏めてハッピーな配信世界を作ってみせる。
そう胸に誓いを込めて。
「次に輝くのは、画面の前の君かもしれないにゃー!!」
その言葉に視聴者たちが盛り上がった、次の瞬間。
――カッ!!!!
画面が明滅したかと思うと、ルピアの背後に煌びやかな後光が差した。
それはあまりにタイミングがよく、視聴者の誰もが演出の効果だと感心した。
ばたり。
そのままルピアが机に突っ伏すように倒れた。
そして、ピクリとも動かなくなる。
【コメント】
「草」
「草」
「雷打たれて動かなくなった」
「やっちゃった」
「ルピたん社長!起きて!朝だよ!!」
「なんかルピたん倒れているの心臓に悪いな。演出よね?」
「事務所楽しみ~!」
コメントも大盛況で、このサプライズを楽しんでいた。
ルピア引退で落ち込んでいたルピメイト達は、彼女の新たな挑戦を概ね肯定的に歓迎していた。
しかし、1分も経たないうちに空気が怪しくなってくる。
ルピアがいつまで経っても起き上がらないのだ。
それどころか、身じろぎ一つなく、微動だにしない。
【コメント】
「ルピたん?」
「やばくないのこれ」
「スタッフー!!」
「ちょ、放送事故?社長??」
「ルピアはこんな悪ふざけするタイプじゃなくない?」
「ドッキリ?どこからドッキリ?」
同接数が急上昇してコメントも混沌としていく中、画面がパッと切り替わる。
緊急で配信終了しますという旨の表示が数分程度なされた後、慌ただしく放送は終了した。
そして翌日「人気VTuberルピア、配信中に急死」というニュースが日本中を駆け巡ることになる。
◇ ◇ ◇
この日、Vtube界に一つの伝説が生まれた。
大人気Vtuber『ルピア』の引退配信で宣言された、「新Vtuber事務所」立ち上げ。
そしてその直後のルピア突然の死亡。
同接は瞬く間に100万を突破し、奇しくもそれが彼女の生涯最高記録となった。




