18-3-終 (三九九) 皆々神の子ぢゃ 六月十七日、かのととりの日、ひつくの神
ひふみ神示 第十八巻 一火リの巻(ヒカリの巻)(昭和21年2月24日 - 7月27日) (全8帖)
第三帖 (三九九)
(つづき)
仕事させて呉れと申して、人民 喜んで働くぞ、遊ぶ者なくなるぞ、
皆々神の子ぢゃ、神の魂うえつけてあるのぢゃ、
長い目で見てやれ、おしみなく与へるうちに人民 元の姿あらはれるぞ。
むさぶると悪になって来るのぢゃ、今のさま見て改心結構ぞ、
そろばん捨てよ、人民 神とあがめよ、神となるぞ、
泥棒と見るキが泥棒つくるのぢゃ、
元の元のキの臣民 地(くに)の日月の神ぢゃと申してあろがな。
六月十七日、かのととりの日、ひつくの神
何もかも只、働かなくとも与え放しにした場合に懸念されるのが、働く者が一人も居なくなるですが、神様はそんな事はないと仰ります。
なぜなら、元の元のキの臣民(おそらく日本人)は皆、神の子(神の魂を持つ)であるからなのだそうです。
確かに日本人は元来、真面目で勤勉です。
また、神示の「次の世となれば、これ迄の様に無理に働かなくても楽に暮せる嬉し嬉しの世となるのざ」とも関連がありそうです。
そして、本帖の以前の項で「金はいらん」とありましたが、只、与え放しでも働くならばお金は要らないのかも知れません。
私達庶民が、常にお金に困らされるのは労働力を得る為なのです。
なぜなら、裕福になって自給自足されては、嫌な仕事をさせられません。
その為に税金等を取るのであり、何をするにも「金が掛かる」なのです。
お金も本来は人を幸せにする為に使うべきものなのですが、残念ながら私達はお金に使われています。
それが神示でいう処の「もの殺す政治・経済」なのかも知れません。




