最終話 竜舞う空の下で
―――数年後。
薔薇と青と白の小花が彩る庭を、愛らしい幼女が駆けていく。追いかける青年は鮮やかな赤毛だった。転びそうな彼女を捕まえて抱き上げると、歓声を上げたミラがアグニ兄様に頬をすり寄せる。
「ミラ、大伯母様がお待ちだ」
ガゼボから溢れるように整えられたお茶会の場は、色とりどりの薔薇に囲まれていた。メレディアス公爵家の庭は、竜国ティタンの重鎮と最強の騎士が集う。公爵家当主であるエミリオ伯父様と奥様のフランシスカ伯母様、隣に座る従兄弟のクルスがホスト役だった。
10歳になったクルスの誕生日は、彼の希望で昼間の庭で行われる。ベクトルお祖父様が、ぎこちない手つきでお茶を淹れてくれた。
ずっと忙しかったお祖父様も、ようやく隠居したばかり。忙しい仕事はエミリオ伯父様に断られたため、黄色い竜に頼んだらしいの。お母様が笑っていらしたわ。周辺の国では宰相職は人気で、取り合いをするのに押し付け合うなんて――ですって。
私ももうすぐ13歳、立派な淑女です。お洒落をして従兄弟の誕生祝いに駆け付けたけれど、なぜかエスコート役がヴェーラなの。お父様はお母様がいらっしゃるし、弟のシュガールはまだ幼いから仕方ないわね。妹も赤ちゃんだし。
アグニ兄様もミレーラの番だから借りられないし……仕方ないからヴェーラの相手を務めてあげたのよ? にこにこと機嫌のいいヴェーラの顔を見上げながら、どきどきする胸を落ち着かせるために深呼吸した。
きっと恋人もいないでしょうから、いずれ私が婚約してあげてもいいわ。
「アデライダ大伯母様にご挨拶して」
フランシスカ伯母様の促しに、アグニ兄様は抱き上げたミラをレンガのサークルに下ろします。すっかりアグニ兄様のお姫様ね。
品の良いアデライダ大伯母様へ、ミラはスカートの端を摘んで足を片方後ろへ引いた。少し膝を沈ませて頭を下げる。ふらつく淑女の礼に、アデライダ大伯母様は頬を緩ませた。
年上の私の方が上手だけど、ミラは才能があるわ。運動が好きだし、きっとダンスも得意じゃないかしら。フランシスカ伯母様に似たお顔は、愛嬌があって可愛いし。アグニ兄様ったら、見る目があるのね。
「可愛い淑女だこと、ミレーラは上手ね」
「ありがと、ございます。ミラ、ちゃんと出来てた?」
「もちろんだよ、俺のお姫様」
褒めてもらえて嬉しいミラは、すぐに斜め後ろの婚約者を振り返った。にっこり笑って銀髪を撫でてもらい、擽ったそうに笑う。
「上手だったわ」
「リサお姉様!」
声をかけるとミラが小さく手を振った。こういうところが本当に可愛いの。最近我が侭言って意地悪する弟シュガールと大違いだわ。
「仲が良くてよかったわ」
お腹の大きいお母様は、用意された長椅子でクッションに寄りかかりながら、アグニ兄様に微笑む。身重で臨月のお母様を心配するお父様は、長椅子の端に腰掛けて手を握り目を離さない。
やっぱり夫婦になるなら、大好きな方と結婚したいわ。昔は好きな人と結婚できない不便な世の中だったって勉強で聞いたけど、そんなの絶対にお断りよ。
竜の乙女の伝説についても、たくさん学んだわ。私の先祖のことですもの、きちんと覚えて子供が出来たら伝えないといけない――マリエッラ先生もそうおっしゃってた。
お母様が竜の乙女だったから、次は私の番。今は竜の奉納舞いを覚えている最中なの。きちんと踊れるようになったら、お祭りで披露する予定だけど……あと数年はお母様にお願いしなくちゃ。
弟と妹が出来て、次はどっちかしら。お母様のお腹が膨らんでから、国中が大騒ぎだった。王家に嫁いだ乙女が産むとされる1王子2王女を超える4人目の懐妊は、国民にとって大きなニュースらしい。マリエッラ先生は呪いが解けたと仰ったけど、意味がよくわからないわ。
「臨月でしょう? そろそろかしら」
アデライダ大伯母様が首をかしげて尋ねると、お母様はくすくす笑って「数日中ですわ」と返した。大きなお腹で出歩くのは危険だと、お父様が朝から大騒ぎだったの。竜の祝福がある乙女だから平気、と押し切って参加したお母様は楽しそう。
お医者様も運動した方がいいと言ってたけど、お父様は心配なのね。シュガールの時、私がお母様を転ばせてしまったから……。無事に産まれたからいいの、とお母様は笑って許してくださった。だから妹の時は私がお母様を守ったわ。今回はシュガールにお母様の護衛を任せたのよ。
彼ももうお兄様だもの。
大きな腹の上に手を当てて撫でるお父様の姿は、お母様を心から愛しているのだとわかる。仲睦まじい竜帝夫婦に、エミリオ伯父様が肩を竦めた。
「うちもそろそろ、もう1人欲しいかな」
「そ、そういうことは……夜のお話になさいませ」
照れて真っ赤になったフランシスカ伯母様の頬へ、エミリオ伯父様がキスを落とす。それを隣で見上げたクルスは、無邪気に問うた。
「お父様、ミラに弟か妹ができるのですか?」
「妹欲しい!」
即座に反応したミレーラの希望に、伯母様は真っ赤な顔で俯いてしまった。既婚者は結い上げる習わしが消え、今はふわふわと巻いて背に流した黒髪がフランシスカ伯母様の顔を隠してしまう。私は真っすぐな髪質だけど、ふわふわもいいわね。侍女に今度お願いして試してみたい。
「そうだね。妹かわからないけど……お母様にお願いしてみようか」
「っ、もう!」
エミリオ伯父様に言い返せず、フランシスカ伯母様はかつて淑女の必須アイテムだった扇を広げた。なんでも夜会では絶対に必要で、無礼な奴を叩く武器にもなったって……怖いわね。顔を隠したフランシスカ伯母様の目元が赤い。
「カサンドラもリアンドラも遅いわよ」
声を上げたアデライダ大伯母様が手招く先、プレゼントを抱えて近づくお2人の姿が見えた。お母様から見て、従姉妹だったかしら。普段はカサンドラ姉様、リアンドラ姉様と呼ばせていただいてるけど。
それぞれに旦那様と仲睦まじく腕を組み、今日の主役クルスの再従弟妹に当たる子供の手を引いて。あら、初めて見る子がいるわ。
「一緒に遊ぼう」
駆け出すクルス達は無邪気に駆け回り、泥だらけになって遊び始めた。貴族の子は泥遊びが出来なかった。その話も歴史で習ったわ。でも今は誰も禁止せず、咎めないから。平民と遊ぶ貴族の子も珍しくないの。だって貴族だから偉いわけじゃないし、平民だから劣るわけじゃないもの。
お母様の発案で、お父様が学校を作られたから。貴族の子も平民の子も、関係なく8歳から通うのよ。文字が読めないと騙されるし、計算が出来ないとお金を誤魔化される。だから真剣に学ぶのは誰でも一緒で、頭のいい子はさらに上の学校へ行く。
私も15歳になったら上の学校へ行って、たくさん学びたい。お父様やお母様のお仕事を手伝うのが夢なの。
「明日は街のお友達を呼んで、誕生日会をするんですって。ケーキを焼くから手伝って頂戴ね」
アデライダ大伯母様の誘いに、カサンドラ姉様とリアンドラ姉様は嬉しそうに頷いた。
すごく幸せ――隣で笑うヴェーラがずっと一緒にいてくれたらいいのに。ずっと笑ってて欲しいわ。誰も悲しくて泣かない国になれば、きっと全員が幸せなの。
「ヴェーラ、恋人出来た?」
「ん? 好きな子はいるよ」
驚いた。今までそんな話、一回だってしなかったじゃない。唇を尖らせて頬を膨らませる。ヴェーラの指がつんつんと頬を突いて、ふくれっ面を萎ませてしまった。
「俺に好きな子がいると機嫌が悪くなる?」
揶揄うように聞かれて、頷くのも悔しくてもう一度唇を尖らせた。
やだ……泣きそう。眉尻が下がってきちゃって、こんな場所で泣いたら、弟や従兄弟達に心配させるから我慢しなくちゃ。全部ヴェーラのせいなんだから!
少し背伸びして履いた踵が高い靴で、ヴェーラの足を踏んだ。
「いてっ。俺の好きな子は、いま俺の足を踏んでるお姫様だよ」
内緒話をするように、耳元でこっそり教えられた。その内容をゆっくり噛み締める。足に視線を落とし、彼の足を踏んでるのが私の足だと確認したら、嬉しくて飛びついた。
「なんだ、私だったの!」
「告白は成功した?」
くすくす笑うお母様の微笑みに、慌てて周囲を見回したら大伯母様もお姉様方もアグニ兄様も笑ってる。少し不機嫌そうなお父様はよくわからないけど、皆は知ってたのね? 意地悪!
「リサが大きくなったら、お嫁さんになってくれる?」
「……いいわ。大切にしてね」
アグニ兄様みたいに番じゃないけど、ヴェーラのこと好きだもの。お父様やお母様の次だけど、毎日好きが大きくなるの。
見上げた空は雲ひとつない晴天――この竜が舞う空の下で、私は運命の恋を見つけたわ。
END
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お読みいただきありがとうございました。
ここで完結となります。
『彼女が魔女だって? 要らないなら僕が大切に愛するよ』というタイトルで、ヤンデレ系の溺愛ハッピーエンド新作を書き始めました。一緒にお楽しみください(=´∇`=)にゃん




