第49話 あの悪戯は私よ
「そんな便利な能力、私も欲しかったわ」
きょとんとした顔をしたリオ兄様が尋ねます。
「何に使うのかな」
「お勉強をフランカと半分にしたら、覚える時間が少なくて済むじゃない」
「ずるをする気だね? いけない子だ。でも君の悪戯や秘密もフランカにバレてしまうよ」
「あらっ」
手で口元を覆って笑う。そうね、秘密が全部なくなれば不安も消えるのかもしれないけど、相手を思いやる気持ちは少し薄れてしまうかも。こっそり誕生日プレゼントを用意してもバレてしまったら困るから、使いこなせない能力はいらないわ。
寝転がったシーツの上で、リオ兄様はさらりと爆弾発言をした。
「それで、僕は竜の輪に入れてもらったんだ」
「…………え?」
思わず飛び起きていました。まじまじと兄の顔を上から眺めます。こうしている私の姿も、テユ様にバレてるの? 顔が赤くなっていきます。やだ、こんな室内着で……。
「何を想像したのか聞かないけど、ルール違反だからちゃんと寝転んで」
こうして3人で秘密を明かすときのルールでした。シーツの上から起き上がってはいけないのです。慌てて再び寝転びましだ。天井を見上げると、ベッドの天蓋に使う薄絹がひらひらと風に揺れています。私の部屋の内装もすべて、筒抜けかしら。
「竜の輪に入って、共有するんでしょう? その……例えばだけれど、リオ兄様がフランカとキスしたら、テユ様達にバレちゃうのよね」
自分がキスした時にバレるのでしょうか。それが気になって、でも恥ずかしいから2人の話に挿げ替えました。だって私がテユ様とキスしたがってるように聞こえて、それがテユ様に共有されたら恥ずかしいんですもの。
また熱くなってきた顔や首筋を手で扇ぎます。
「うーん、共有する情報は選べるんだ。全部丸裸で晒すわけじゃないよ」
「そ、そうなの。よかった、わ」
声が上擦ってしまいました。もしテユ様とキスすることになったら、絶対に隠してもらいましょう。皆に知られたら、もう仮面でもしないと王宮へ顔を出せませんし。テユ様の顔が近づいたら、全力で拒否してしまいそう。
芽生えた淡い恋心って、まだまだ羞恥心には勝てませんのね。
「僕が共有したのは、竜の乙女に関する日記から得た知識が中心だ」
また起き上がりそうになって、慌ててうつ伏せになりました。日記って、あの屋敷の図書室の奥の扉で隠してある本のことよね。代々の竜の乙女の日記は、家を継ぐ者以外読んではいけないと言われたわ。お父様とリオ兄様だけ。私は読ませてもらえなかったの。
毎日私が書いている日記も、いずれあの中に所蔵されます。ですが伯母様を含め、ただの1冊も読む許可を頂けなかった。初代の乙女の日記も。
「羨ましい、私はお父様にダメと言われたの」
マナーもダンスも勉強も頑張るとお願いしたのに、手が届かなかった日記。どんな想いで代々の乙女が嫁いでいったのか。他に恋人はいなかったのかしら? 国王陛下と恋をなさった方はいらしたのか。知りたいのです。
零れた本音に、リオ兄様の穏やかな声が降ってきました。
「目に優しいことばかり綴られてるわけじゃない。父上はティファの心を心配なさったんだ。今と違って、王家に嫁ぐ未来しかなかったから」
濁した部分で気づきました。死にたくなるほどつらい体験を書いた乙女がいたのでは? と。それを知っていたお父様は、私に読ませたくなかった。未来に絶望するだけですもの。
「……ティファを愛しているから、読ませたくなかったのね」
フランカの声は震えていました。何かを知っているのかしら。多少なり、リオ兄様から聞いたのかもしれないわ。ごろんと転がって、リオ兄様の腕に頭を乗せました。
柔らかな銀髪に絡む兄の指に、そっと手を絡めて。
「いまなら読ませてくださるかしら。私ね、テユ様のところにお嫁に行くでしょう? だから未来は変わったの。竜の乙女であった方々の無念も、伝えていきたいわ」
「ああ、父上に相談しよう」
リオ兄様の声も指も、震えている気がしました。でもルールだから顔を見たりしないわ。いつも大変なお願いばかりする妹だけど、これからもよろしくね。ぎゅっと絡めた指を握ると、兄のひんやりした指が握り返してくれました。
「ティファは何か隠してないの?」
話題を変えるように、ことさら明るい声でフランカが尋ねてきます。うーんと考えてみて、思い出した悪戯を白状しました。
「実は……リオ兄様のお部屋のインク瓶の色を入れ替えたの」
「あっ! やっぱりティファだったのか」
うふふと笑います。いつもサインに使う濃紺のインクを、紫色にしたわ。書いてみて驚いたでしょうね。その時のお顔をぜひ拝見したかったわ。そう呟くと、額にぺちっと軽く指先が当たりました。
「この悪戯娘! 何かやり返してやるぞ」
お化けが来るぞ。みたいに言われても、リオ兄様の悪戯は可愛いんですもの。私のお部屋の人形の向きを変えたり、お洋服の順番を入れ替えてあったり。他愛もなくて、ともすれば気づかないようなものばかり。
「閃いたわ。ティファの子供の頃を、竜帝陛下に話してしまうのはどう?」
「いいな!」
「ダメよ、絶対にダメ!」
ルール無視でごろごろと転げまわり、幼い頃のように笑い合いました。
お父様は今頃、婚約の承諾を届けてくださったかしら。あんなに喜ばれると思わなかったけれど、テユ様は受け取った頃? それとも……。
屋敷の侍女達の騒ぐ声が聞こえ、羽音が聞こえました。
あら、駆け付けてきちゃったみたい。出迎えに身だしなみを整えながら、フランカと忍び笑います。やだ、せっかちな人ね。
「賭けは私の勝ちよ、明日のおやつはフランカが用意するんですからね」
日付が変わるまでに駆け付けるか否か。フランカが答えを譲ってくれたのは、きっとお祝いね。だって2人して「今日中」を選んでるんですもの。
駆け込んでくる慌ただしい足音に顔を見合わせて、あの方が私を抱きしめに来る瞬間を待ちました。




