第15話 私が花嫁、ですか?
見下した私の態度が気に入らないのか、王子の顔が怒りに歪みました。外見は数少ない長所でしょうに、もっと活用なさった方が……と忠告する気も失せて、扇で顔を覆います。
ふと、肩が触れそうな距離のテュフォン様に気づきました。近すぎる上に、隣に並んで立ったように見える位置に焦ります。
マズいですわ。
「なぜ下がろうとする」
手が触れる距離は婚約者の方に失礼だわ。数歩下がった私に、機嫌悪そうな声が降ってきました。テュフォン様の美しい眉間にシワが寄っています。
こちらの方もお顔を歪めて……殿方は美に頓着がないのですね。
「花嫁と呼ばれた婚約者の方に申し訳ありませんもの」
「お前が花嫁だ」
言われた内容が理解できず、彼の手が示した先、つまり私の後ろに誰かいないか確認して振り返ってしまいました。この騒動で左右に割れた貴族の列は、私の後ろにありません。数人の侍従がいますが、彼らは男性で「花嫁」になれそうもありませんわね。
視線を戻して、呆れ顔で手を差し伸べるテュフォン様の褐色の手を見つめ、自分を指差して首をかしげます。大きく頷かれ、意味がわからないまま手を握られました。
掴んだ手は大きく、とても温かくて驚きました。セブリオ国は白い肌が多い。褐色の肌は珍しいけれど、気持ち悪いとは思いません。むしろ精悍な感じがします。逞しい手のごつごつした剣だこに、リオ兄様みたいですわ、とのんびりした感想が浮かんだ程度でした。
必死に騎士の訓練をなさったお兄様の手は、貴公子然とした外見から想像できないほど硬いのです。その感触に似て安心できました。
「ティファ……その」
フランカが困惑した様子で声をかけ、私は我に返りました。婚約者でもない男性に、手袋越しとはいえ手を握られています。これははしたない行為なのではないかしら。おろおろして手を離そうとしたが、少し強く握られ離せなくなりました。彼の顔を見上げると、優しい表情で見つめておられます。
頬が赤くなって俯きました。
「ベクトル、何も説明していないのか?」
「申し訳ございません。ティファはあの王子と結婚すると思っていたものですから……まだ何も」
頭上で金髪の紳士と父の会話が行われ、扇で顔を隠したまま黙って見守ります。
何も説明を? ……先ほどの花嫁発言かしら。なぜ初対面の方が、私の婚約者になるのでしょう。つい先ほど婚約を解消するまで、私は王太子殿下の婚約者でしたのに。
「少しお待ちください、陛下」
「いや待てぬ。我が自ら説明しよう。部屋を用意せよ」
口を滑らせた父の呼んだ「陛下」という敬称に、どこかの国王様なの? と驚きが広がります。これほどの方が肩書なしとは思いませんが……陛下といえば国王陛下を示す敬称です。
私を花嫁に、いうお話は突然出たのかしら。それとも王子であるクラウディオが頼りないから、他国の王族との結婚を決めていたとか? そんな大切な話なら事前に相談してくださればいいのに。
責める眼差しを父へ向けた私をよそに、金髪の紳士は腰を引き寄せました。スタイルの良さは自信があるものの、ダンスでもないのに腰を抱き寄せる行為は、正式に婚約してからにしていただきたいわ。
僅かな不満がピンクの唇を尖らせたものの、そこは淑女の必須アイテムで隠します。この扇で殴らないのは、不愉快ではないから。これが王子の振る舞いなら、2度目の攻撃が頬に決まってますわ。
「部屋はこちらでございますわ」
王宮の女主人だった伯母が促すまま、集まった貴族と王子、下着姿の自称ヒロインを置いて足を進めます。金髪の青年に手を引かれた私の背に、王子の罵声が飛んできました。
「複数の男を股にかける売女め! お前のような女との婚約は、破棄して正解だった!」
その侮辱はそっくりお返ししますわ! 預けた右手ではなく、左手に持った扇の骨がみしっと軋みます。怒りに任せて強く握った扇の悲鳴を聞き反論しようとした口を、青年が指先で遮りました。




