アイドリング
案の定と言うか、当たり前と言うか。あの人は殆ど部屋から出ては来なかった。代わりに、一緒に付き添っている商人のナードや、色んな都合で頻繁に訪れるようになったラス、アークや、何故か巻き込まれたサラが面倒を見ている。一週間が過ぎたが、変わったことといえば、フィルナードという付き添いの男性が物凄く可愛いと分かったことだ。因みに、未だ私のスマホは戻ってきていない。
フィルナード、皆んながフィルと呼ぶ中、私は一人ナードと呼んでいる訳だが、彼が何で可愛いかって言うとだ。彼は基本無口で強面、おまけにデカイ。そのせいで商人にもかかわらず、ボディーガードと思われる程だ。勿論そちらの腕も立つそうだが。最初はもう一人の存在に目が行って、彼の存在なんか、こんなに存在感があるにもかかわらず、気にもしてなかったから、初めて気付いた時めちゃくちゃ驚いた。デカッ!怖っ!って。でも見てしまったのだ。彼が子猫と戯れている姿を!落ちた小鳥の雛を見つけて、最初オロオロしていたのにちゃんと巣に戻してあげる姿を!犬に纏わり付かれて顔中舐められている姿を!道端の、子供が遊びで掘った様な溝に躓いて転ぶ姿を!何処ぞの乙女か!ギャップ萌えってコレか!ドジっ子か!ってなった訳ですよ。偶々そんな現場に居合わせる私の確率も凄いのかもしれないけど、最後の転んだ所は駆け寄って頭を撫でてしまった。勿論服に付いた汚れを払いがてらね。
「だ、大丈夫ですか?」
「…ああ」
「こ、こんなこと、よ、よくあるんですか?」
「…ああ」
「ぷっ!…くふっ…ごめ、なさ…」
「………」
我慢出来ずに笑い出した私を、ただじっと見つめながら、されるがままでいる姿もまた可愛いくて。さしずめ、何かの動物みたいなんだよ。
「はぁーあ、失礼しました。失礼ついでに言っちゃうと、可愛い姿は他にも見ちゃってまして、今回ばかりは我慢出来ず手を出した上に笑ってしまいました。ごめんなさい」
「…いい。……?…可愛い姿?」
「ええ、微笑ましいと言いますか。動物たちと戯れる姿です。お好きなんですか?」
「…動物は、嘘を吐かないから…」
こくりと頷き言葉数少なく答えてくれた。ああ、可愛い。動物を愛でるときってまさにこの萌えだよね、と何度も心の中で頷いた。
「成る程、私も動物は大好きです。可愛いですよね。フィルナードさんを見ていたら、久し振りにほっこりしました」
そう、色々冷えていた心が和んだのだ。凄いことだ。彼のお陰で冷えが萌えになるなんて思いもしなかった。だから、とても感謝もしている。
「…ほっこり…俺を、見て…」
「ええ。…あ、変なこと言ってごめんなさい。笑ってしまっててこんなこと言っても説得力無いのは分かってるんですけど、気分を害させるつもりは無かったんです」
「いや…害して、ない」
「そうですか、それなら良かった」
「…俺を…ほっこり…」
良かった良かったと一人でホクホクしている間、彼は何故かボソボソと同じ事を呟いている。なんか気になることでもあったのかと思わせるほど。
「…イナ、だったか…名前」
「え?あ、はいそうです。いらっしゃった時はご挨拶もろくにせず、申し訳ありませんでした」
「いや…俺の連れが、知り合いだった、と…ティアナ嬢から、聞いた。事情がある、と…」
「あー…」
「あまり、外には出ないし、出さない。何かあれば…俺が動く。だから…」
「…ありがとうございます、フィルナードさん。お客様に気を使わせるなんて…優しいんですね、ありがとうございます」
「!?」
「でも私は大丈夫ですよ。寧ろ快適に過ごすのに何か出来る事があれば言ってくださいね」
流石に出て行けと言われたら困るけど。そう続けようと思って止めた。皮肉だし、それを言う自分も言わされる彼も嫌な性格になってしまう。せっかくの和み系なのに。
「…貴女は、女性、だよな?」
「……えーと、そうですが何か不都合が…?」
「あ!い、いや…そうじゃなくて…その、女性に優しい、とか、ほっこり、とか…か、可愛い、とか言われた事が…その、無くて…」
「あぁ!成る程、そう言う意味でしたか」
ビックリした。何でお前は男じゃないんだ!?的な事だったら焦っていた。おそらく強面だしデカイから、女性に怖がられる事の方が多いのだろう。だから思わず口に出してしまったんだろうと思う。ましてや、こんな世の中だ。…間違っても私が女に見えないとかじゃないと思いたい。決して大きくはないけど、一応女性に見える体型ではあるはずだから。…うん。
「…すまない、失礼な事を、言った…」
「そんな事気にしないで下さい。私はこんな程度じゃ失礼だとも思いませんよ」
「そう…なのか、良かった…」
「はい。結構図太く図々しい人間ですから、遠慮はいらないです。あ、図々しいついでに、良かったら仲良くしてくれたら嬉しいです」
「!?こ、此方こそ…」
「ふふ、良かった。実は私、友達少ないので、色々ナンパしてるんです。フィルナードさんは…」
「ナード」
「え?」
「ナードで、いい。フィル、と皆は呼ぶが…敬語も、要らない」
「…了解、これからよろしくね」
「…ああ」
…とまぁ、こんな感じにナンパして、無理矢理仲良くなってもらった。友人を作りたいのは勿論、正直彼があの人を抑えてくれる事を期待してって言う下心もある。様子も伺いやすくなるしね。あぁ、気にしたいわけでもないのにこう思うのは、私に未練があるからなんだろうか。嫌だなぁ。まぁ、こういう不純な動機だから、彼にも私を利用してもらえたらいい。罪悪感が減る。
「…ところで、どうしてナードなの?」
「…フィルは、ありふれている。だから、ナードが良いと、思った。友に…なるのだし…」
「……かっ…!…成る程」
可愛い!と思わず叫びそうになって慌てて言い直した。照れて耳まで赤くなっている目の前の男は、間違いなく可愛い。言うのを止めた私は耐えた、偉い。ナードと呼ぶ理由はイマイチ分からないけど、友達だから特別な呼び名で、と言うのなら嬉しい。都合よくそう思うことにした。相変わらずおめでたい頭である。
そして、現在に至るわけだが。再三回想してきたナードと呼ぶ彼が、外から帰ってきた。ラスと二人で役所に話を聞きに言っていたのだ。
「…お帰り。どうだった?」
「ただいま。俺が言ってもダメだったよ…」
「と、なれば貴族連中ね。何がそんなに気に食わないのかしら」
「それだけピリピリしてるって事だろ、身元がハッキリしないだけに思いの外苦戦するな」
「……」
はぁ、とその場にいる事情を知っている全員でため息を吐く。
「もう出先はスペルリングじゃなくて、サーマルクかウィンファルターにしちゃえばどう?あんまり変わらない?」
「…リスクが、大きい」
「そうだよねぇ…」
移動時間が長ければそうなるよなぁ。それに、サーマルクなんかはオルスタムと状況が同じだ。直接行けるならそれに越したことは無い。結果、この通り堂々巡りだ。




