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12/12

04:25AM ノアが見た世界

 久しぶりに、あの夢を見た。



 《Operation"2nd Noah"》



 あの『イベント』が終わったそのあと、"方舟"の中であのたちの悪い神様に見せられた夢だ。




 人々を導くため、ただひたすら"正しさ"を求めたある女性の見た世界だ。


『正しい世界』

 それが、みんなが笑顔でいられる世界だと信じて歩き続けた。


 彼女はいつでも正しかった。どれだけ人々に裏切られても、人々を愛し、その正しさを信じ続けた。


 けれども、そんな彼女だったからこそ、最後まで人間の『弱さ』を理解することはできなかった。


 結果、彼女の理想の先にあったのは、見渡す限りの焼け跡だった。


 彼女の追い求めた『正しい世界』に立っていたのは、彼女ただ一人だった。



「あなたはいつだって正しかった。いったい、どこで間違えたんですか。」


「間違えてなんかいない。私は、ずっと正しい答えを選び続けてきたんだから。」


「なら、これがあなたの望んだ正しい世界なんですか」


「さあ、どうだろう」



「いまさら、」



「本当にいまさらだけどね」


「ここまで来て、私はやっと気づいたんだ」



「人間は、弱いよ」



「だからこそ、私たちはその弱さと戦わなくてはならない、ずっとそう信じてきた」


「それが私の正しさだった」


「でも、その正しさには限界があったんだ」


「弱さは、否定し始めればきりがない」


「けれども、私は全ての人が正しく、強く生きられると信じていた」


「その弱さを否定し続ければ、きっと強さを見出だせると信じていた」


「だからこそ、戦い続けた」


「否定して、否定して」


「その終着点がここ」


「この世界には、否定するものはもう何処にもない」


「弱さなんて、どこにもない」



「浄化された世界」



「これが、私の望んだ『正しさ』の本当の姿だったんだ」



「こんなに寂しくて、虚しくて、何もない」



「これが、正しさなんだ」



「けど、私は最後に間違いを犯してしまった」



「私は」








「いま、すごく後悔してるんだ」






 誰もいない世界で、彼女は最後に自らを否定した。








 乾いた銃声を最後に、世界には誰もいなくなった。





 ○●○●○●







 彼が目を開けたのは、館を出て十分後の事だった。


 ゆっくりとまばたきを繰り返すと、彼はゆっくりと口を動かす。


「どれだけ眠ってた?」


「ほんの十分ほど」


「そう」


 それを聞くと、彼は起き上がりつつ自らの右肩に手をやる。


「あれ」

「……出る前に一応包帯だけ。みんなには黙ってありますから。」


 ジャージの下に感じた違和感の正体を知ると、彼はこちらを見つめて、暫くしてからぼそりと言った。


「バラされると思ってたんだけどな」


「……。」


 どうやら胸に仕舞うということを知らないらしい。


 確かに、初めは傷の規模もあるので仲間に知らせておくべきだと思っていた。しかし、ここはよりにもよって閉鎖世界。騒ぎになるのは明らかだ。


「……逆に、包帯以外は何も手をつけられないんですから、早くここを出て処置しないと……」


 ここはVRゲームの世界だ。生身の怪我を処置する医療品が揃うという保証はないが、少なくとも森のなかにいても仕方ないのは確かだ。


「そうだね」


 それだけ言って立ち上がるイナリ。


「ちょ、傷は……!?」

「すごくいたい」


 慌てて体を支えようとしたが、彼は平然とした態度で読み上げるように口にするばかりだった。


 やはり、この男は強い。

 ゲーム内のアバターとしてのみではなく、その奥にもなにか大きなものを感じる。


 そう思えば、自分はずっと彼の足を引っ張り続けていたような気さえする。


 そもそも、自分がもっとうまく立ち回ってさえいれば、彼がこんな傷を負うことは無かったのかもしれない。


「すみません……でした。」


「ん」


 突然こぼした一言に、彼は背中や尻の埃を叩きながら口にした。


「なにが」


「俺がもう少し役に立ってれば、こんな怪我は……」


 相変わらずぼんやりとした目が見つめかえしている。

 それが堪えられなくなり、今度は深く頭を下げた。


「すみませんでた!」


「……」


 イナリは、ひたすら黙っている。


「俺が弱くなければ、こんなことには」

「そんなこと今から言われたってしょうがないよ」


 突然、イナリの言葉がそれを遮った。

 顔をあげると、彼は肩の傷を気にしながらナイフの握り方や構えを確認していた。


「いまさら謝られたって、もう怪我しちゃったし、治るわけでもないし」


 そして、僅かに目を細めて付け加える。


「痛いし。」

「……。」

「でも」


 ナイフを鞘に収めると、イナリはその頭にぽんと手をおいた。


「"よしよし"」


「……」


 やはり、読み上げるように口にしながら、頭にのせた手を右へ左へ動かす。


「イナリ……さん?」

「許すよ」

「え?」


 やっと頭から手をどけると、彼はまた肩の傷を気にしながら言う。


「俺は強いから、セトくんのこと許す。」


「……。」


「みんなが強い必要なんてないよ。強い人もいるし、弱い人もいる。正しい人も間違った人もいる。みんな、それでいいんじゃないかな。」


 まだ無事な方の肩を回すと、大きくあくびをした。


「たまには許すのも、正しいことだと思う。」

「正しい……?」


 頭を掻き回すと、彼は暫く黙った。


「こっちの話。」





「起きたか、セト」


 そこで、装備品を整えていたヒューイがやってきた。


「ああ、はい。」

「イナリも無事か?」

「そこそこかな」


 そう言うと、イナリは手早くメッセージ入力を始める。

 どうやら、別行動だと言っていたメンバーに連絡を回しているらしい。


「仲間とは合流できそうか?」


 ヒューイの問いに、イナリは細かく首を傾げる。


「まだ返事来ないや」


「……はあ」


 ヒューイはため息をつく。


「大した仲間だな。」


 どうやら仲間の窮地にも駆け付けない他のメンバーが許せないらしい。

 至って彼らしいが、イナリ本人は気にするようすもなく一人で歩き始めた。


「そのうち会えるよ。じゃあ、俺帰るね。」


「お、おい!」


 ヒューイが呼び止めなければ、来たとき同様本当に藪のなかに消えしまっていてだろう。


「どうかした」


 一旦消えた姿が、声が聞こえたのかまたすぐに戻ってきた。


「まさか、この森を一人でいく気か?」

「そうだけど」


 その答えに、ヒューイはすぐに仲間を呼ぶ。


「マナ!ギギ!出るぞ!……イナリ、お前は恩人だ。それをただで帰すわけにはいかないだろう。」

「……俺はただでもすぐに帰りたいんだけどな」

「いや、それは……もちろんすぐに帰すつもりだ。だがそういうわけじゃなく」


 困ったように言葉を紡ぐヒューイに、イナリはぼそりと一言。


「ごめん、冗談のつもりだった。」


「……。」


 最後までその表情を崩すことなく、そう言うのだった。




ここでのノアは、その正しい振る舞いを神に認められ、堕落した世界を滅ぼす大洪水を逃れたあの神話のノアです。

ここでは一部独自の解釈が持ち込まれています。


まあ、その程度に。

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