Q 微細な明滅は意味をなさない
「……?」
眼前を把握するのに時間が掛かった。確か、今まで何か違うものを見ていた気がする。いや、確かに見ていたはずだ。そして、どこかのドアを開け、廊下に出たはずだった。
「どうかした?」
だが、今俺の横には一人の少女がいるし、眼前は屋外のような空間が広がっていた。その赤銅色に染まった髪の少女は不敵ともとれる不思議な笑みを浮かべ、首を傾げている。
「…え、いや、さっきまで違うところにいた気がして」
「ふーん。その景色見て何か感じた?」
「何かって…」
「感じなかった?」
少女が何を意図しているのか、俺には全く理解できなかった。だが、一応、思考を働かせてみる。俺が見た景色は主に部室での事と、教室での事だ。しかし、景色としては教室には靄がかかっているようなそんな感じがしないでもない。
「感じなかったんだ。ならいいよ。むしろ忘れちゃってもいいくらい」
俺の表情から何を読み取ったのか少女はそんな言葉を言う。
「いや、一瞬いなくなっちゃったからまさかとは思ったけど、よかった。私のを見てくれて」
少女はくすくすと笑いながら言った。
「…もしかして、お前が見せたものなのか?」
「フフ、晃仁は気にしなくていいの。ほら、あっち行こ」
そう言うと少女は強引に腕を引き、露店がたくさん並んでいる方へと歩き出した。
「私、やってくるから、これ持ってて」
少女はそう言って、先ほどから持っていたぬいぐるみを俺に手渡し、目の前にあるストラックアウトへと足を向けた。
そのぬいぐるみは、確か、射的で少女にとってあげたものだ。
「……」
ふと、何の気なしにぬいぐるみに目を落とす。不思議とどこか見覚えのあるような、ないような、そんな気分になる。
「…持ってたとかじゃないだろうし」
幼少時代の俺にそんな趣味はなかったはずなので、当然、ぬいぐるみを持っているはずがない。だが、何故か、このぬいぐるみを見ると不思議な感覚に襲われるのだ。
――ちゃんと起きて
「…え」
突然、そんな言葉が脳内に響き渡る。思わず辺りを見回すが当然、そこに人がいるわけはない。
――気付いて…
また聞こえた。今度は少し遠くに聞こえる。
「…」
何気なくぬいぐるみに視線が落ちる。改めて見ると、なにか既視感のようなものを感じる。
「…もしかして――」
「何してるの、晃仁?」
先程までストラックアウトをしていた少女が目の前に来て、少し心配そうな顔で覗き込んでいた。
「……、…いや、なんでもない。それより、もう終わったのか?」
「…うん。さ、次行こ」
そう言うと少女はぬいぐるみを持っていた腕を取り、そのまま引っ張っていく。その拍子にぬいぐるみは地面へと落ちてしまったが、拾うことはできなかった。




