↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔を破する王女  作者: 松尾 京
第一章 はじまり ロッド大陸編
2/82

2.狂王女

 ベイトリヒテ王国の中枢である王城。

 その奥の私室。


 執務を一通り終えてここに帰ってきたロベールは、ようやくの私的な時間に、息をついた。


 王としての仕事は、朝早くから始まる。

 そしてときには、こうして遅い時間まで続く。

 ロベールは鏡を見る。

 王と言うが四十代、壮健な男ぶりである。


 ベイトリヒテ王国の現君主、ロベール・デイア・リヒテス。

 この日も仕事に問題はなかった。

 皆に慕われる王として、やることをなしたと思っていた。


 広範な領地を誇る王国に、今日もモンスターは侵入していない。

 王国を囲う頑丈な門は常に予算をかけて管理がされており、見張りにも余念がない。

 平和は今日も保たれている。


 一方で武門担当大臣の働きかけによって冒険者も一定の数を輩出していた。

 それは若き王が国を守る責務を果たせているということだった。

 充実感はある。


 ふと、室の外で誰かが騒いでいるのが聞こえた。

 王、と呼びかけているのも聞こえる。

 ロベールはため息をついて扉を開ける。


「何事か、静かにせよ」


 ねめつけるように言う。

 これは珍しいことで、王城の内部が何らかの騒ぎになったことは、ついぞない。

 下らぬことであったら、叱責ものだ。


 ――いや。


 ……もうどれほどになるか。

 平穏な王室の中で、外部には決して漏らしてはいない事件があった。

 それは、ロベールの娘、第二王女であるエミリの“病気”。


 そう言えば聞こえはいいが、気がおかしくなったのだ、と大臣間ではささやかれている。

 素質に恵まれた王、美貌の王妃――理想を絵に描いたような王室。

 しかしその二人の間に生まれた末子エミリの、突如の変貌。


 王室内部でささやかれたあだ名は、“狂王女”。

 それは順風満帆な王家の血筋に、影を落としていた。


 幼い頃から仲の良かったアインシュ少年があんなことになったのだから仕方ない、とも言われていたが――。

 今もって、あの日から幽閉しているエミリを話題に上らせるのは、最大の禁忌になっていた。


 ロベールは首を振る。

 あれほどの騒ぎが、そうそう起こるものではない、と。

 だがロベールの前に焦ったように現れた大臣は、顔面を蒼白にしていた。

 そして、どこかためらったように言った。


「王女様が……」

「何?」

「エミリ王女様が、その、謁見の間に……。おられまして」


 最初、何を言っているのかわからなかった。


「エミリが? それは一体……。どうして通した」

「それは……。王様に会いたいと。それに王女様を力尽くで止めるわけにも……」


 そうは言うが、言葉以外の部分に、困惑があることがありありと現れている。

 ロベールはすぐに謁見の間に向かうことにした。


 謁見の間は、王の座する椅子とそこから伸びる緋色の絨毯が出口まで続いている。

 ロベールが横の扉から入ると……室内は、大臣連中が壁の近くで遠巻きに中心を見守っているという状態だった。


 彼らの視線の先……通路中央、部屋の中心には、一人の人間がたたずんでいた。

 薄汚れた格好をしている若い少女。

 だがその顔立ちにブロンドの髪は、見間違えようもない。


「エミリ……」


 思わず口をついた。

 だが、ロベールは、少したじろぐ。

 無表情でたたずむエミリの眼光に、尋常のものを見なかったからだ。


 エミリは……幽閉してからどれほど経ったか、元の容姿自体に大きな変化はない。

 だが、その瞳は……静かなのに、研ぎ澄まされた刃物のように薄暗い光をたたえていた。


 娘であるのに容易に触れられぬ空気。

 それどころか、ある種の恐ろしさまで感じてしまう。

 大臣や、近衛兵までが室内にいるのに、誰も近づきかねているのはそのためだろう。


 ロベールは、息を呑みつつも、すぐに側近に、このことを外部に知られぬよう手回しさせ、近づいた。


「エミリ。どうして、ここに来られたのだ……。お前は、石の塔にいた。外から鍵だって」

「一年ぶりに会った娘にも、そういうことを言うのね」


 問いかけるような、投げ放つような言葉。

 ロベールは言葉を継げない。


「自分で出てきただけ。私は、父様に、言いに来たの」

「……何をだ」


 ロベールは、自分がやはりたじろいでしまうのに気付く。

 娘は、その雰囲気に、言葉使いも、ロベールの知っているそれと、はずれていた。


 エミリは、夢見がちで、おとなしいが爛漫なところも持った、年相応の少女だったのだ。

 今目の前にいる少女は、少し違ってしまっている。


 笑顔で父と会話をしていた少女は、そこにはいない。

 娘は、何かが、決定的に変わった。


「私は外に行く。冒険者と同じことをする。だから最後に言いに来たの。長く会うこともなくなるはずだから」

「何……?」


 皆が息を呑むのがわかる。

 そして、疑念も。


「エミリ……。何を言っておるのだ。冒険者? そんな馬鹿なことができるわけ、ないだろう」

「……」

「冒険者というのは、モンスターと戦い、長く旅をする。屈強な男どもでないと出来ん」


 そう、冒険者になるには、厳しい訓練を終えたものでなければならない。

 それは万人の常識。

 冒険者候補にもなれず根を上げてしまう人間も少なくない。


「女子供にできることではない。普通の人間でさえ厳しいのだぞ」

「でも実際は普通の人間もどんどん外に送り出している。国を挙げて奨励している。実情を教えず、冒険者をひたすら生んでいる」

「……」


 エミリの言葉が、静寂を生む。

 その視線に、刺し貫くようなものを感じた。


「人を人とも思わない、訓練という名の殺人までさせている」

「……!」


 大臣連中が、かすかに青ざめた。

 武門の担当大臣などは、目をそらせていた。


「本当にそんなことが、必要? 国内の人口を、そうまでして減らしたいの」

「……!」


 ロベールは言葉が継げない。

 エミリにそんなことを言われるなどとは、とても思っていなかったのだ。

 どうして、という疑念よりも、恐怖が先に立つ。


「けれど、私もそうやって冒険者として旅立つだけよ。だからあなたたちが気にすることじゃない」


 話が戻り、これについては助かったという気になりながら、ロベールは言った。


「馬鹿な。何を考えているんだエミリよ。冒険が……危険とわかっているなら、なおのことだろう。それに、エミリは王女なのだ。自分のことがわかっているか?」

「……」

「それに、自分の娘を冒険になど出せるわけがないじゃないか」

「石塔に閉じ込めて、存在をなかったことにはするのに、そういうことは言う。厄介払いが出来て、いいでしょう。不都合はないはずよ」

「……」


 ロベールは、それに反抗する顔だったが、感情の揺れが生まれたのを、エミリは見逃していないようだった。

 ロベールに、一歩近づいた。


「無理な頼みはしていない。国で一番いい装備を買えるだけの金銭を持たせて旅立たせてくれればいいの」


 ロベールは、しかし、ここに来て少し余裕が出てきたように、自分も近づく。

 そうだ、何を怖がることがある。

 娘は、娘だ。


「何をいっているのだ。エミリよ。そうだ、お前は、疲れているんだ。……アインシュ少年のことは、残念だったと思っている。まだ精神が安定していなくて、そんなことをいっているんだね。少し、休養が必要だ」


 その言葉が、ほんのかすかにだけ、エミリの瞳を動かした。


「それならば、勝手に旅立つからいい」

「ま、待つのだ! 女子供が一人で外に出て、生きていられるわけがない。行かせることはできん」


 すると、鎧を着込んだ近衛兵が、意を汲んだようにエミリの道をふさいだ。

 ロベールは得意になった。


「そうだ、その近衛兵は強いぞ。だが旅に出ればそのうち、彼らよりも強いモンスターもいるだろう。エミリよ、彼らも倒せないのに、旅に出ることは叶わんぞ」


 これは、有能そうなもので冒険者を目指すものを引き留める口実として、幾度か使用してきた手口であった。

 当然、エミリにしたってただの娘。

 近衛兵が倒せるわけがなかった。


 だがエミリは構わず歩いた。

 ひときわ体躯の大きな兵士が目の前に立つ。


「姫様、お戻りください」

「そうだ、バルバンよ、エミリを通すな。エミリは錯乱している。少々の仕置きは許可する」


 大きな兵士――兵士長のバルバンは、は、といってエミリを見下ろした。

 だが、エミリはバルバンをまっすぐ視線で射貫いている。


 それは全くの無表情だった。

 そこに畏れは浮かんでいなかった。

 そうして一歩近づくと――。


 がちゃん。と。

 バルバンが、急に後ろに倒れた。


 皆が見ると、バルバンは青い顔になって、尻餅をついたまま、後退している。


「バルバン、何をしている?」

「あ、……い、いえ……」


 かちゃ、と鎧を鳴らして、再度エミリに立ちふさがろうとするが、しかし、その顔には明確なおびえがあった。

 は、は、と浅い息を繰り返す。


「ひ、姫とは、戦えません……」


 バルバンは、絞り出すように言っていた。


「何? 私の娘とはいえ、必要措置だぞ、バルバン」


 ロベールは、不審げに、少し機嫌を崩したようだった。

 それに対し、バルバンは何と言ったものかと、苦しんでいるだけだ。


 ロベールは、何も気付かない。

 だが、事態を察知しているものがいた。

 ロベールの横にいる、武門の担当大臣。


 彼は何かを察知したようにバルバンを観察する。

 と……バルバンが押さえている甲冑。

 いつの間にか、胸の部分に裂け目が出来ている。


 目を合わせると……バルバンは青い顔のまま首を振るのだった。

 大臣はごくりと、唾を飲んだ。


 何かおかしい雰囲気があるのは先ほどからわかっていた。

 それは疑念でしかなかったが…確かにバルバンの鎧にはさっきまで傷一つなかった。

 馬鹿な、とは思う。


 まわりは誰も気付いてない。

 だが、武門担当である自分をのぞいて、大臣級の人間は軒並み、“強さ”というものに疎いせいもある。


 政治屋などというものは、モンスターを倒したことがある人間のほうが少数派であるくらいで……冒険者候補の方がまだ、レベルという面で高かったりする実情がある。


 強いと言っていいのは、ここでは自分と兵士くらいだろう。

 そのバルバンが、何かを訴えている。


 長年の経験による、単なるいやな予感というものだった。

 けれど、それを無視しないことが重要な安全策だとは知っていた。

 馬鹿らしい、とは思いながらも、大臣は額の汗を拭う。

 考えた末、事態をつかめていないロベールに近づいて耳打ちした。


「王様。兵士長とはいえ、王女様を傷つけるなどやはり出来ないのです。どうでしょう、ここは一つ、王女様のいうとおりにしてみては」

「何?」


 ロベールは顔を向ける。


「王女様はああ言ってはいますが、さすがにモンスターを目の前にすれば、怖くなって引き返すでしょう。それまで、こちらで冒険者を用意して、王女様が危なくなれば助けられるよう、王女様の後をつけさせます」


 ロベールは少し考えたが、納得したようにゆっくりうなずいてみせた。

 確かに、ここで悶着を起こすよりは、エミリ自身の考えが変わる方向に持っていった方がいい、と判断したのだ。


「エミリ。お前のいうとおりにしなさい……。おとなしく帰ってきて、また前のようなエミリに戻ってくれれば、温かく迎えるから」


 エミリは、ロベールが最後に笑顔で言った言葉には何の反応も示さなかった。

 それで近衛兵は、安堵したように身をひいた。

 そして、武門担当大臣も。


 冒険の政策と訓練について言及されたとき、そしてバルバンのことのあとは、心が安まらなかったが……これで、とりあえずは事なきを得たと思った。


 だがエミリはそのまま行かず、最後に大臣に、近づいていた。


「な、何か……?」


 大臣は、思わず声が出る。

 エミリは感情の浮かばぬ顔で大臣を見た。


「無駄に冒険者を奨励して、仕立て上げて、外に送り出すのは金輪際やめて」

「……っ」


 エミリの指先がわずかに動いているのを見て、大臣はなぜか脂汗が浮かぶ。


「力のあるものだけが、冒険をすればいい。殺し合う政策に意味はない」


 きびすを返し、エミリは諸々の準備を手助けする従者と共に城を出て行った。

 大臣は何もされていないのに、膝をついて、げほ、げほっとえづいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。