第一章 九節
・・・・・・・・・・なんか。不公平だ。
僕は同位体の体を頭の天辺から爪先までマジマジと観察してから、自分の体を見下ろし、こっそりとタメ息を吐く。
同位体は僕とは違い、大人な姿をしていた。
僕と彼女の肉体的差異を列挙しようものなら、あまりの体たらくに血を吐いて死ぬので、擬音で表現しようと思う。
僕が「チョイーン」なら、彼女は「バイーン」である。
どこが、とは敢えて言うまい。
「あら? 思っていたより、早く目が覚めたみたいね?」
同位体が丸イスに腰を下ろすと、これみよがしにスラリとした長い脚を組んで見せる。
「気分はどう? 気持ち悪くない? 痛いところはある?」
事務机の上に置いてあった、カルテの挟まったバインダーを手に取ると、ボールペン片手に、彼女はまるで医者か何かのように、僕の体調を尋ねた。
いや、多分、医者なのだろう。彼女は白衣を身に付け、首には聴診器をブラ下げていた。
まぁ、コスプレしてるだけの、ただの同位体という可能性もないわけじゃないけど、もし、そうならイヤだな。
「いえ。どこも」
聞きたいことも、疑問もたくさんあったけど、ここはとりあえず、大人しくしておくことにする。
「あら、そ? ならいいんだけど?」
同位体がそう言うと、バインダーを机の上に置いて、
「――――――そうねぇ? 一応、自己紹介しておきましょうか?」
こちらへと改めて向き直る。
「気付いているでしょうけど、私もアナタと同じ、ホムンクルスよ。それも、人がまだ『戦場』に出ていたころに、ロールアウトした古いタイプのね。
後方支援専門の衛生兵兼従軍慰安婦みたいな? まぁ、イロイロあって、今はこの砂上陸艦で船医をやってます。
あ、私のことはマグノリアって呼んでね? 船のみんなはそう呼ぶから」
そう屈託なく笑う同位体。
ベースは同じ顔なのに、どうして彼女はこんなにも、魅力的なんだろう。
そういう風に調整されてるって言えば、それまで何だろうけど、それにしたって僕と彼女じゃ雲泥の差がある。
やっぱりアレか? 巨にゅ、じゃなくて、笑顔が決め手なんだろうか?
僕はマグノリアの顔をマジマジと観察してみる。
媚態を含んだその笑みには、同時に少女の純真さが同居している。
なるほどなー。そうするのか。ちょっと真似してみよ。
こ、こうかな? 口角は上げ過ぎず、目尻は下げて、あ。何でだろ? 鼻の穴が膨らんだ。
「あはは。何ソレ? 白目剥いて。変な顔」
マグノリアが少女みたく、ケラケラと笑う。
うぇ。鼻のみならず、白目まで剥いてるの僕? しかもメチャメチャ笑われてるし。
結果的に変顔になっちゃった僕の笑顔がよっぽどツボったか、マグノリアはお腹を押さえて、ヒーヒー言いつつ、身を捩らせる。
その仕草にも、どこかしら愛嬌があって、ついつい見蕩れてしまう。
大笑いするマグノリアは、なおさら少女の印象が強くなる。
その様子を見やりつつ、僕はマグノリアって一体、何歳なんだろう、と疑問に思う。
確か人間が戦場に出てたのって、少なくとも20年前までの話だったと思うんだけど?
20年前から慰安婦? 一体何歳よ? そんなに長い期間、活動してるホムンクルス会うのって初めてだ。
「あー、おなか痛い、ごめんね? さすがに笑い過ぎたわ」
僕へと謝りつつ、マグノリアは目尻に溜まった涙を人差指で拭う。
マグノリアの笑いが収まるのを待って、僕は彼女へと質問をブツけてみた。
「気にしてない。それよりもマグノリアって一体、何歳なんですか?」
そう聞いた途端、空気がピキッと凍る。
あー、聞いちゃマズかったかぁ。
「や、いいです。それよりもマグノリア、これから僕はどうなるの?」
僕は慌てて話題を変える。
「さぁ? あなたを鹵獲したのは遊庵だから。あなたの処遇は彼に一任されることになると思うわ」
多少、頬を引きつらせつつ、マグノリアは応えてくれる。
マグノリアの言うユアンとはあの少年兵のことだろう。
あの少年に僕の生殺与奪権を握られているのだと思うと、なんか、なんだろう。
生意気だなって思う。
ノゾキ魔のクセに。
「ま、心配することもないんじゃない? その缶詰とかワンピースとか、遊庵にしてみればお詫びの積もりなんだと思うわよ?」
「お詫び? ―――――って、何の?」
何かされたっけ僕?
「ほら。接続端子、無理やりに引っこ抜いちゃってアナタのことを気絶させちゃったでしょ? それで引け目を感じちゃってるのよ。あの子、短絡的で大雑把なところもあるけど、根は優しいのよ」
もし、マグノリアの言うことが正しいなら、確かに優し過ぎる。というより甘い。
ホムンクルスなんて毎日毎日、それこそ数え切れないほど、大した理由もなく死んでいるのだ。
消耗品に過ぎないホムンクルスに肩入れするだなんて、とてもじゃないけど、傭兵稼業に向いているとは思えない。
死んじゃう前に足洗って、カタギになればいいのに。
他人ゴトながら心配になってくる。
――――――って、僕はいつから他人の心配が出来るほど上等な存在になったんだ? 僕を犠牲に生き永らえた卑怯者のクセに―――――――。
唐突に僕のお腹の底から、ゴボリと音を立てて、浮かび上がって来たのはそんな言葉だった。
その『言葉』は意外にも僕の柔らかい場所に深く突き刺さった。
「心配しないでも、遊庵のことだから、そんなにヒドイことにはならないわよ」
あからさまに凹む僕に、マグノリアは見当違いの慰めをくれた。