第1話 300ゴールドの女
――王都貴族街ボーンデ辺境侯爵邸執務室。
「イズナ!お前ももう19歳だろうが!いつまでフラフラしているつもりだ!我が辺境侯爵家の者としてしっかりせんか!」
仕事が上手くいっていないのか、親父がいつも以上に絡んで来る。面倒くさい。
そんな軍服に似た黒い貴族服を着る髭面親父に先ほどからこっぴどく怒鳴られているのは。19歳、定職なし、婚約者なし、彼女いない歴=年齢、平凡顔で黒髪のイズナ=ボーデン。俺だ。
「まぁまぁ父さん落ち着いて下さい。私が兄さんの代わりに我が家を盛り立てますから」
そんな怒れる親父を宥めているのはイケメン金髪で弟のファイン。
何故貴族の俺がこの年齢まで婚約者すら居ないか、この発言とイケメン具合でお察し頂きたい。
いつもは親父に怒鳴られても、廊下ですれ違いざまに絡まれていたのでやり過ごしやすかったのだが。今日は弟が全寮制の学園から帰って来ていたので、ついでに呼ばれて迷惑この上ない。
「まったくお前ときたら。ファインが婚約者を連れて来るまでに出て行かないなら強制的に騎士団入りだからな!」
おやじの言う騎士団とは「ディック」と言うそれはそれは怖ーい騎士団長が幅を利かせている辺境侯爵家騎士団の事だ。
ここまで言われて俺が親父に反抗しないのは、育ててもらった恩は勿論あるが、これが理由だ――。
――「(スキル――〈直観〉)」
親父のステータスを覗き見る。
ライオット=ボーデン辺境侯爵
頑固
■■■■■■■■■□90
内政
■■■■■■■□□□70
家族愛
■■■■■■■■■■MAX
状態
(憤怒)
と、見たらわかる通り全て「愛故に」という奴だ。これだと文句もなかなか言えない。
世の中には鑑定なるスキルで能力を見る奴もいるが、俺のスキルはこんな感じで相手から読み取れる項目が微妙に違い、非常にファジーなのだ。
相手との親密度が上がれば、さらに細かく表示される。
ついでに久々に弟のも見ておく。
ファイン=ボーデン
自信
■■■■■■■■■□90
内政
■■■■□□□□□□40(制限中)
盲信
■■■■■■■■■□90
状態
(魅了)
ほうほう、相変わらずの自信家だことで。
内政が制限中……なんだ?
って、待てーーーーーい!うちの弟君なんか変なデバフ掛かってるぅ!
「聞いておるのかイズナっ!」
「はい!?あ、えーっと、うん。聞いてる聞いてる」
「お、お前と言う奴は」
「まぁまぁ父さん、兄さんもなにやらご自身でお金も平民以上には稼いでいる様ですし、このまま我が家を出られたとしても、もう問題ないでしょう」
「なにで稼いでるかは一言も聞いとらんがな」
「ははは、恥ずかしがりやの兄さんの事です。言えない何かがあるのでしょう。私としては兄さんなら家を出られてもどこでもやって行かれますよ。ねぇ、《《兄さん》》?」
兄さんって言いながら凄く睨むじゃないか。肉親に向けていい視線じゃないぞ?ファイン。
はぁ、全く。どこでそんな状態異常貰って来たんだよお前は。
お医者様!お医者様はいらっしゃいませんかー!状態異常者はこいつです!連れてってくださーい!
「とにかくイズナはファインの卒業と同時に騎士団へ放り込む!いいな!」
「かしこまりました!不肖イズナ=ボーデンはファインが学園から戻って来るまでに定職に就かなかった場合、実家の騎士団へ入団します!ではこれにて失礼いたします」
「おいどこへ行く!まだ話は終わっておらんぞ!嫌ならば一度くらい女の一人でも連れて帰って来い!」
◇
「俺も年貢の納め時かなぁ。てかファインの魅了って……あれ放置してていいわけないよな。はぁ~どうすっかなぁ」
家を出て貴族街を抜け、坂を下って週に一回通っている平民街の路地裏へと足を向ける。
俺のスキル「直観」は使いたい時に任意で使えるが、あまり喋った事が無い相手には非常にファジーな表示になる欠点だらけのスキルで、ほぼ使い物にならない。
だが。
「さて、今週もやりますか!」
俺のスキルには裏の顔がある――それが、これだ。
「スキル発動!――《直観知》!」
スキルが発動する。
脳内に声が響くと、俺を中心に世界の歯車が動き出す。……大げさだ。
『これより週一スキル、直観知が発動します――王都東、奴隷市場に居る銀髪の女性を購入して下さい』
週に一度の裏スキル、直観知。
直観の様な鑑定もどきとは違い、週に一度だけ使える金稼ぎスキルだ。
先週は落ちてた短剣がいい値段で売れた。その前はたしか、猫を拾って届けたら首輪にすんごい宝石が付いてたらしく、礼金が凄かった。
なので今回は奴隷を買えばその後なにかしらの理由で金になるのだろう。
「今回は奴隷の女か。ちょっと前世の記憶で奴隷って言葉に後ろ髪を引かれるが……よし、買いに行くか」
俺がスキルの指示に素直に従うのは、ここまでスキル師匠と共に培った信頼関係の為せる業。
とにかくこの世は金さえあればなんとかなるってのは、悲しいかな前世の世界と変わらない。
なので俺はこの直観知師匠の指示に従い週に一回、大なり小なりいい額のゴールドを稼いでいる。
何故かって?
そりゃ悠々自適で自堕落なハーレム作る為っしょ!!
◇
東の奴隷市場には奴隷商に奴隷達、それを物色する目付きの悪い男たちで溢れかえっている。
「おらっ!お前らとっとと歩きやがれ!」――パシッ!
でっぷりとした男が鞭をもって鎖に繋がれた奴隷たちの足元へ鞭を叩いている。
奴隷達への管理が他の異世界転生ものの世界と違い厳重だ。
何故か。
15歳に成人してから知った事だが、この世界に魔法はあるが「奴隷紋」なんてものや「血の契約」みたいなものは無い。
故に奴隷への管理が厳しいのだ。
「俺も買ったら気を付けないとな」
奴隷市場を少し歩いていると、痩せて髭を蓄えた奴隷商が声を掛けて来た。
「そこのお兄さん、奴隷は初めてかい?」
その下種な瞳は俺が金を持っているか値踏みしている様だ。
「挨拶はいい。お前の所の商品を見せろ」
決して足元を見られないよう、こちらも上から目線で対応する。
「へへへっ、そりゃ勿論ですとも。ではこちらへ」――
奴隷商に連れられ、少し離れた場所の建物へ案内された。
建物自体はごく普通の商店だが、中へ入ると傭兵だろうか?警備をしている屈強な男が二人こちらに視線を送る。
「新規のお客さんです」
奴隷商の言葉に殺気が消えた気がする。殺気なんてわからないけど多分そんな感じだ。
地下へと案内されるとそれはもう異次元だった。
何が異次元?
見目麗しい美女達が半裸でこちらを怪しく見つめて来るのだから、そりゃ異次元だ。
「うちは奴隷の管理が行き届いてますからねぇ」
言うだけの事はある。
あるのだが……。
「おい。ここの奴隷はいくらくらいなんだ?」
「お値段はそこの右から1千万,1千2百万,2千万,1千8百万,と言ったところでしょうか」
1千万から2千万!?高っか!奴隷ってそんなに高いの!?
日本円換算で1ゴールド1円だぞ?高級車1台分……ん?人の人生を買うなら安い、のか?
「ほ、ほー安いな」
「大丈夫ですか?足が高速で動いている様な……」
「お、おう。ちょっとトイレを我慢していてな」
「さようでしたか、ではそこの右手にトイレがありますので先に行かれては?」
「う、うむ。そうさせてもらう」
どう考えてもやっぱ高いだろ!思わず足が震えたわ!
……でもスキル先生は買えって言ったよなぁ。買えないんですけど?俺の所持金50ゴールドなんですけど?知らなかったわぁ奴隷がそんなに高いとか初耳だわぁ。
そんな心の声は絶対に出さない。
ここで足元を見られるわけにはいかないのだ。
トイレへ向かう途中、非常に臭いが急にきつくなる。
ここのトイレ滅茶苦茶臭そうだな……と、不意にトイレの手前の檻に視線を向けると。
――銀髪居た!!髪も薄汚れてほぼ黒いが、毛先に銀色が混じってる。たぶんこいつだ!
「おい店主、こいつの値段は?」
「へい、まぁ見てもらえばわかりますが入荷したてで非常に汚く、これからこちらで時間をかけて見られる奴隷に仕上げてまいるところなので、まだ商品ではないのです」
「で、この状態だといくらだ?」
「え?こんな汚い状態で買われるのですか?」
「値段を言え」
「へ、へい。んーまぁまだ金も掛かってませんし元値とうちの利益を考えて500――」
「300だ」
「え?」
「300ならすぐに買う。勿論現金払いだ」
「いや、それ元値ですよ旦那、利益出ないじゃないですか」
「俺は初めて奴隷を買うが、たぶん今後も買うだろうなぁ~チラッ」
「……わかりましたよ、今後も御贔屓にしていただけるという条件で今回はそれで呑みますよ」
「うむ」
「商売上手な旦那だ。どこかの商家の子息さんで?」
「俺か?ただの冒険者だ」
「……そういう事にしておきますよ。では現金と引き換えでこのままこの奴隷をお渡しします」
「店主、これでいいな?」
「ひーふーみーっと、確かに受け取りました。今回は首の鎖はおまけしときます。ただ古いので新しい鎖の購入をお勧めします」
「うむ、ではまたな」
「あ、お客様お名前はなんと」
「俺か?俺はイズ……イズミだ」
「イズミ様ですか。では次回のご来店をお待ちしております」
前世の名前を異世界風に変えるのは聞いた事があるが、元の名前を異世界で言うとは思わなかった。
イズナでも問題なかったが後の祭りだな。
――『スキル直観クエストが達成されました。只今より7日間のスキルクールタイムに入ります』
――――
――
「買ったわ……初めて人間買ったわ……なんかすんごい嫌悪感」
この嫌悪感って感覚は前世日本人だった俺だからなんだろうなぁ。
あ、もう一つあるな。
背徳感って言うの?
悪い事してるぜ!ってゾクゾクする感覚も正直ない事もない。
だが今はそんな感情はどうでもいい。
こいつ買った理由は金持ちになる為。
そう考えながら震える奴隷を見下ろす。
「寒いのか?」
俺の問いに首を振る奴隷。
首を振っただけで匂いが舞う。臭い。
「家にこのまま連れて帰るわけにもいかないしなぁ。とりあえず服と石鹸買って森に行くか」
奴隷は俺を見上げて頷くだけだ。
お腹でも空いてるのだろうか?少し元気もない。
こいつを近くの森の川に放り込んで、その間にたまにはウサギでも狩って焼いて食うか。
しかしこのスキルは直接的に即現金が手元に来ないのが玉に瑕なんだよなぁ~。
「ほれ、付いて来い」
◇
街を出てしばらく歩くと森に入る。
この森には獣は居るがモンスターなんかは出てこないので比較的安全ではある。
「まぁここは普通に熊は出るんだけどな」
奴隷が俺の裾をつかむ。
「あーすまんビビらせたな。でも問題ない」
「?」
首を傾げた彼女に言ってやる。
「俺、強いから」
まぁ強いと言っても剣術を習わない平民よりはましってだけだけどな!
――陽のあるうちに滝のある小さな川に到着する。
そして荷物を降ろす。
「?」
「あぁ、服はここで脱いで」
「!!」
「いや、抱かないよ?お前臭いもん」
「!!!!」
自分の身体の匂いを嗅ぎしかめっ面をする奴隷。
だがな、自分の匂いって他人が嗅ぐとその数倍は臭いんだ。
「服は後で洗ってやるから、とっととコレ使って身体洗ってきな」
荷物から先ほど街を出るついでに買った石鹸と手ぬぐいを渡してやる。
そして彼女の首にある鎖を鍵で外す。
「お前が洗ってる間ウサギ狩って来るから、ここで待ってな」
コクリ、と頷くのを見て俺は剣を腰に、弓を背中に背負いなおす。
「じゃ小一時間で戻って来るわ」
俺はたぶん腹が減ってるであろう奴隷の為に森の奥へ入るが、獲物は案外早く見つかりものの10分程で任務を達成した。
「ラッキー!こんなに早く狩れると思わんかった。さて、解体しますかねぇ~」
と、その時悲鳴が微かに聞こえる。
「悲鳴?熊か!」
野草を取りに来た奴が熊にでも遭遇してしまったのかもしれない。
助けれるかどうかは分からないが、獣を混乱させる事は出来ると思い俺は悲鳴の方へ駆け出した。
「ご主人様ーーーーっ!」
悲鳴の主が既に襲われているのか、もしくは主人にはぐれたどこかのメイドか。
その悲痛な叫びに俺の足の回転も速度を上げる。
居た、やはり熊だ!
俺はすぐさま魔物を鑑定する。まぁ鑑定ではないが。
――「直観!」
魔熊
脅威度
■■■□□□□□□□30
状態
(食中毒)
「脅威度30で食中毒?」
脅威度が60、70とかになると結構厳しいのだが、流石に30だと楽勝の部類だ。
ならば。
俺は熊の前に躍り出て腰の鞘に収まる剣へ手を翳し、居合の一閃を放つ。
「ハッ!」――バシュ!――チン
剣は鞘から一瞬姿を見せ、瞬間鞘に収まる。
「俺、完全勝利」
自画自賛して助かったであろう女性へ視線を向ける。
――そこには、すっんごい美人の銀髪の女性が裸でこちらを見ていた。
「だ、大丈夫ですか?お、おじょうぴゃ、おじょうさん」
あまりの美しさにカミカミだ。
「ご主人さまーーーーーっ!」――バフッ!
熊倒したらすんごい銀髪美女が俺の胸に裸で飛び込んで来た。
……あれ?俺ちゃんとお金欲しいって直観スキルに言ったよな?
「本当に強かったのですね、ご主人様」
……銀髪?それにこの石鹼の匂いは……まさか、さっきの奴隷!?
あれ!?しかもこの子……耳ながっ!え?さっきまでふつーーーの耳だったよね!?
俺は彼女を胸に抱きつつオロオロしていると、彼女は言った。
「……貴方だったのですね」
――なにが!?




