(11)
翌日、下級聖女のデレダとユピーがアデルの荷物を届けに来た。
あまりに急な異動だったので、身の回りの細々したものを残してきてしまったのだ。
デレダたちは噂好きの若い聖女たちだ。そこまで仲が良いわけではなかったが、彼女たちからすると騎士団の本部に立ち入るのは刺激的なようだ。
地味なアデルにら話しかけてくることさえなかったが、今はにこやかに喋りかけてくる。
「これで全部よ」
と、デレダが蓋付きのバスケットを渡した。
「ありがとう」
「いいのよ。ところでマティアス様は? 救国の騎士団長、見てみたいわ」
「たまに外を歩いてらっしゃるよ」
「すごーい! 特注の義手は魔導具なのだそうよ。マティアス様は少ししか魔力はないけど、高い補正技術で問題なく使えるように調整されているのだって。外国からも注文が殺到しているけれど、マティアス様と同じものは絶対に売らないのですって。幾らするんだろう? きっと100万ガリオンはくたらないわね。あたしたちも最高級の本物を見てみたいわ。ね、ユピー」
デレダよりもやや小柄なユピーは据わった目をして、
「ねぇ、ミカエル様は?」
と低い声で尋ねた。
アデルは少し考えて、思い至った。
「ミカエル? あぁ、ミシェル……様も、こちらに来ることも結構、あるよ」
危なかった。
打首獄門が間近に迫っていた。
アデルは冷や汗をかきながら、ぼろを出しそうになった自分の舌を呪った。
「あの、ちょうどその席に座ってたり、書き物をされてたり、してらっしゃるよ」
「この席で!?」
ユピーは素っ頓狂な声をあげて、ミシェルのお気に入りの席へ突撃した。
椅子を出して座ったり、机の天板に頬ずりしたりしている。
「ユピーはミカエル様に夢中なのよ」
と、デルが苦笑した。
「あの。人の持ち物だから、あんまり触らない方がいいかもしれません。貴重だったり高価なものもあるかもしれないし、ミシェル……王子だったら余計に」
と、アデルははらはら見守った。
ユピーは可愛らしい風貌の、流行りの巻き髪をした若い女の子だ。まだ10代だったかもしれない。
全くアデルの話を聞こうとしない。引き出しさえ開けはじめた。
「あっ、そこの羊皮紙はこれから署名するのだから、触っては……」
「ーーずるいわ」
「えっ」
執務室にシンッと沈黙が降りる。
ユピーは感情の見えない声で、アデルに語りかけた。
「一瞬でもミカエル様と同じ空気を吸えるなんて、どれだけすごいことか分かってるの? なかなか聖堂にも姿を現されないのよ」
ユピーはミシェルの机にあった羽ペンを、そっと持ち上げて触った。
「いいわね、あなたって……どうして選ばれたの? 騎士団に派遣される聖女っていうから、上級聖女かと思ったら。知り合いでもいたの? 誰のコネ? 目立たないのに、しれっとこんなところに異動するなんて」
「ちょっとユピー。言い過ぎよ。ほら、もう行こう」
「デレダは先に帰ってて。あたしはミカエル様に会ってから帰る。できるでしょ、この子がいいならあたしだって」
「そんなことできるわけないでしょ。モルガネ様が説明してたじゃない、アデルは魔力量が多いんだよね? それに……公爵家だもの」
一応、アデルは身分としては公爵の出自になる。王族と関わる上では都合が良いともいえるのかもしれない。
デレダとユピーの話を聞いているだけで、アデルは自分が選ばれた理由を客観的に知ることができた。
しかし、実際のところはミシェルによる私情を大幅に踏まえた引き抜きだったので、何とも言えない。
デレダの説得のかいもなく、ユピーは首を振ってなおも食い下がった。
「だけどまだ納得できないわ。私たちだって選ばれた聖女でしょ。地元の街じゃ女神様だったじゃない」
「聖堂は女神様が集まるのよユピー。ミカエル様は王族でもあるんだから、聖女でも身分が高い子じゃないと」
「恋の前にそんなの関係ないわ」
「ユピー。ちょっと落ち着いてよ。ごめんね、アデル。もう戻るから……」
デレダは焦っているようだった。
アデルは助け舟を出した。
「大丈夫だよ。ユピー、今度ミシェ……ミカエル様がいついらっしゃるか分からないけど、ユピーのこと話しておくよ。熱心なファンがいるって」
「良かったね、ユピー。じゃあ私たち、戻るね。さよならっ」
「あ、ちょっと、あたしはまだ……」
まだ納得していないようなユピーを引きずるようにして、デレダは帰っていった。
ファンというのにも色々いるのだろう。
アデルはひとつ勉強になったような気がした。
ユピーの反応は女性としては普通なのかもしれない。
意中の相手にもっと近付きたいという本能なのだろうか。
アデルの脳裏に、美麗な公爵夫妻のシルエットがポンッと浮かんだ。あの方々が幸せでいてくれれば最高だと思った。
ユピーはそうではないのだろうか。
デレダはともかく、結局ユピーはアデルのことを名前では呼ばなかった。呼びたくないのかもしれないし、そもそも知らないのかもしれない。
しかし、『ミシェルに自分以外の女が近付いているのは面白くない』という不機嫌な瞳は、なんとなくアデルの心に澱のように沈んだ。




