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第1章-2

 二人の女官を驚愕と混乱の局地に追いやったことなど露知らず、ラウズ伯爵家の長女でありこのほど騎士に叙せられたシルフィリア=ラウズは、教えられた通りに表回廊へ出て、目的地へ向かって歩いていた。

 時折すれ違う貴族にあからさまに不審がられたり、女官たちに好奇の目を向けられたりしたが、黒颯騎士団の制服をまとっているシルフィリアを咎める者はない。

 王の私的な空間であり家族が住まう奥棟は王城の北側に位置しており、謁見の間や晩餐の間などで構成される公的な区域とは中央の回廊で結ばれていた。その回廊に面して中庭がある。 

 回廊には数名の衛兵が目を光らせていた。もともと話が通っていたのだろう、その衛兵はシルフィリアを見ても顔色を変えることなく、胸の徽章――黒颯騎士団を示す鷹の紋章――を確認すると、何事もなかったかのように直立不動に戻った。通ってよい、という意味らしい。


 回廊をおりて庭に出る。中庭と呼ばれているから小規模な庭を想像していたシルフィリアだったが、大陸に冠たるシュトライエン王国の王城でいう”中庭”の規模感を甘く見すぎていた。

 とりあえず、視界に収まる広さではない。計算のうえに配置された池と、小さな橋、大小の木々。もう少し暖かくなれば、色とりどりの花がこの広大な敷地を彩ることだろう。


 通ってきた回廊が見えなくなるくらい歩いて、庭の端までたどり着く。あたりを見渡すと、親切な女官が教えてくれたとおり、ひっそりと隠されるようにして小道があった。

 森の中へと続く小道はめったに使われることがないのだろう。仮にも王族の住まう区画にある道であるがため、最低限の手入れはなされているらしく獣道と言うほどではなかったが、そこかしこに小石が転がり、枕木も朽ちている。しかしシルフィリアはためらいもなく踏み出した。

 庭師によって丹精に整えられていた中庭と違い、ほとんど手つかずの森には、苔むした岩や朽ちかけた倒木が転がり、柔らかな腐葉土が地を覆っている。ツピツピと軽やかな鳥の鳴き声が絶え間なく降ってきた。

 木や岩の陰に、申し訳程度に残った雪は茶と白の斑。寒そうな枝に固く小さな花芽をつけた落葉樹と暗い緑の葉先に、色の違う新しい葉が伸びかけた針葉樹が混ざり合うなか、少し傾いた初春の陽光が降り注ぐ。深く息を吸い込むと、草木と土と苔とが混ざり合った、少し湿ったような爽やかなにおいが肺を満たした。

 シルフィリアは故郷の森を思い出す。


 父の所領ディールシタッドは、馬と羊毛の生産が盛んで牧草地帯と豊かな森林が広がる長閑なところである。隣国バルデーリアとの国境をなすオドリー山脈の麓、月夜の森を背にした小高い丘の上に、ラウズ伯爵邸はあった。

 民にとって、森は食料や木材などの恵みの源であったが、子どもにとっては遊び場だ。兄や弟たちと駆け回っては傷を拵え、父母を苦笑させたものである。

 静かに優しく、すべてを包み込んでくれるようでいて、時には恐ろしい牙を剥く厳しさをも備えた森。あの森のにおいに似ている。仮にも王宮内にこのような場所があるとは、うれしい発見だ。


 しかし、この道を進む目的を思えば、悠長に森の散策を楽しむ気分にはなれない。こぼれそうになる溜息を飲み込み、春らしい薄い雲が幾筋もたなびく空を見上げて、シルフィリアは己の感情をやりすごそうとした。

 いまさら何をどうしようと、決まってしまったことは変えられない。

 半ば言い聞かせるように何度も繰り返した正論を、もう一度胸中で呟いた。


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