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私がヤクザの孫?! 3

 東京の片隅を抜けた黒塗りのセダンは、高速道路を滑るように羽田空港へ向かっていた。まだ朝の光は淡く、都市の影が長く伸びる中、車列の間を静かに縫う。車内には無言の運転手のハンドルさばきとタイヤが路面を擦る微かな音だけが響いていた。


 後部座席に並んで座る美香は、窓の外をぼんやり眺めるばかりで、隣で百之助が淡々と語る言葉にはほとんど耳を傾けていない。

 朝の光がビルの谷間から差し込み、彼女の表情をほんのり照らす。この車が向かう先が福岡の港であろうと、連合会や抗争の話が現実味を持つことはない。バイトをばっくれてしまったことの罪悪感と、所属先からの失ったであろう信用を思うと、得体の知れない色男とのドライブが憂鬱で仕方がない。イケメン無罪で心を許してしまった自分が憎い。

 美香の荷物は両手の中の母の遺影と遺骨と位牌のみ。後は持ち出すことを禁じられた。処分は誰かしらあちらの者がやってくれるそうだ。母の遺品だけは処分しないように念をおした。

 同行を承諾したのは、威圧の他、日頃のしかかってくる絶望と孤独感からの逃避も含まれていた。ひとりぼっちで生きていくには、これからの人生があまりにも長く感じられていたせいだ。


 一方、百之助の目は前方の道路に据えられ、耳は車内に流れる自身の声のひとつひとつに注意を払っていた。


 筑港連合会――福岡港を中心に形成された地場組織であり、荷役や倉庫管理、港湾労働者の手配、金融まで、港に関わる利権の大半を掌握する巨大な連合体である。頂点に立つ大道寺龍三の威光によって、赤松一家、黒岩組、東雲会、辰巳組といった傘下の有力組織が互いに牽制し合いながら均衡を保っていた。赤松一家は荷揚げと物流の根幹を支配し、黒岩組は水際の警備と密輸監視を担当、東雲会は資金管理を通じて港と街の金を流通させ、辰巳組は荒事や実働部隊としての役割を負っていた。大道寺龍三の存在が失われれば、その均衡は瞬く間に崩れ、港全体を巻き込む争いが不可避である。


 百之助の言葉は穏やかで抑揚に乏しいが、その背後には揺るぎない忠誠心がある。美香が聞き流していようと、彼女を護る使命は揺らぐことがない。車が湾岸線を滑り、東京湾の向こうに空港のターミナルが見え始めても、百之助は視線を外さず、あらゆる角度から潜在的な危険を監視し続けた。


 美香にとっては、ただの憂鬱で長いドライブでしかなかった。だが百之助にとって、この道は護衛任務の第一章であり、福岡で待つ抗争の影と直面する前の、静かなる準備でもあった。


「モモ」

「はい。なんでしょうか、お嬢」

「無理やり連れてきたんだから、モモはあたしを一人にしないでよね」

「そのお約束はできかねます」

「それってどっち? できるの? できないの?」

「できません。お嬢に万が一の事があればこの命、すぐさま擲つ覚悟」

「だめよ。あたしのためにも、モモが死ぬことは許さない。だって、モモがあたしを無理やり引っ張り出したんだから、最期まで責任持ちなさいよね」

「御意」

「ぎょ……?」

「承知致しました。善処します」

「駄目。絶対って言って。あたしに従うって言い出したの、モモだよ」

「……それだけは」

 言い淀みながら、百之助は言葉を飲み込み、黙り込んだ。

「この命にかえて、貴女をお護りする。それが俺の使命です」

 十秒もない静けさの後、百之助は揺るぎない声で断言した。

「全然言うこと聞いてくれないじゃん。だるい」

「お疲れならば少しお休みになられると良いですよ」

 悪意や皮肉の要素は微塵もない百之助の様子に苛立ちながら、美香は口を噤んだ。

「俺がお傍にいる限り、貴女の安全はお約束いたします。貴女をお護りするのが俺の使命です。使命を果たすためにも、貴女より先に死ぬつもりは毛頭ございませんよ」

「どっちよもー。モモの言うこと訳わかんない」

「申し訳ございません」

 百之助は困ったように微笑む。その微笑に美香の気持ちの強ばりが少し解けた。

「てゆうか、ちょと待って? その言い方ってさ、もしかしなくても、あたしめっちゃ命狙われてるってこと?」

 百之助の笑みが張りついた仮面のように深くなる。

「ご心配召されるな。その為に俺がお傍におります」

「いやいやいや。待って待って。ふつーにヤバいって!! は? 無理無理無理」

「今更もう遅うございます。貴女はもう俺と来たのですから、後戻りはできませんよ」

「え。てか、後継とか無理。ムリムリ」

「やる前から無理と決めつけるのはよくないですよ。人間何事もやればできるものです」

「いや、そりゃ、結構未経験者歓迎って謳うとこあるけどさ、テレアポのバイトと、なんかよくわかんないでっかい組織の会長の仕事ってレベチすぎない?」

「どんな所にも先輩や教育係というものがらおります故ご心配召されるな」

「マジであたしができると思ってる?」

「俺は美香様を信じております。なんたって龍三様の血を引いているのですから」

「え? それ理由になる? 血を引いてるからって能力に影響ある?」

「大丈夫です。それに、必ずしも敵ばかりではありません」

「だからって味方ばかりでもないんでしょ!?」

「さすが、お嬢。わかってらっしゃる」

「嬉しくない!!」

「さ。到着です」

 美香の気づかないうちにいつの間にか車は駐車場に入っていた。

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