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私がヤクザの孫?! 2

 スリムさが売りの安物のウッドラックの一番上に置かれた位牌と、線香立てとお鈴。そして骨壷。半分に折った線香を立て、小さな丸いお鈴を鳴らす。

 位牌のすぐ後ろに儚げな微笑を浮かべた母を見つめ、大道寺美香は両手を合わせる。

 手のひらのシワとシワを合わせて幸せ。美香が産まれる前に亡くなったという父の顔は知らないが、母はよく部屋の中からそう言いながら両手を合わせ、亡き夫へ祈りを込めていた。


 東京二十三区の端っこの安普請のアパートは風通しがいいが、隣の音通りも良すぎる。耳の悪い老人が今日も爆音でジャズを嗜んでいる。まあ、悪くはない。娯楽はスマホの小さな画面で観る動画くらいしかない美香からすれば、多少強引で偏っているとはいえ音楽が聴けるのは、密かで小さな楽しみである。それに夜は生活音くらいしか聞こえない。朝の音楽はトリオのジャズの時もあれば、ラテンミュージックだったりする。今日はボサノヴァだ。


 あと十五分したら家を出なければならない。今日は二駅先のスーパーマーケットの肉屋の派遣バイトだ。履歴書も要らないし高卒でも問題ない。


 朝食は納豆ご飯。五日に一度五合の米を炊き、小分けにして冷凍したものを細々と食べる。この派遣先は何度も行っているので、運が良ければ格安で惣菜が買えたり、破棄するものを極秘に貰えたりする。だから美香はここの依頼が一番好きだ。カラオケボックスや規則の厳しいファストフード店はクソだと思っている。


 あーあ。行きたくないな。心の中で独りごち、両手を広げたくらいの狭い台所の狭いシンクの前に立ち、加熱式タバコをくわえる。無駄だと怒られそうだが、母を亡くしてから口寂しさが堪えられなくなり、バイト仲間に倣って喫煙を始めた。


 自分が依存症になるなんて考えもしなかった。しかし無為な時間を紛らわすための虚無な習慣を心のどこかで嫌悪しつつ、頼ってしまうという負の連鎖がすっかり身についている。

 コンコンとハリボテみたいな玄関の扉が音を立てた。

 ジジイがボケたかと思いながらも仕方なしに対応するため加熱式タバコのデバイスを片手に扉を開けた。


「はいはーい」

 いくばくかのかったるさと無理やりな明るい声色で美香は応え、そのまま固まった。

「お嬢。お初にお目にかかります。俺は三田村百之助。お嬢の護衛を仕り、お迎えに上がりました」

 黒いカラーシャツに黒いネクタイに、黒いスーツ。黒髪を綺麗に撫でつけ後ろに一つに束ね、凛々しい眉に怜悧に輝く黒い瞳の切れ長の眼差し。鼻梁は高いがその下半分は黒いマスクで覆われている。三田村と名乗った男は壁のように美香の視界に映った。長身痩躯に見えるが威圧感がある。首の太さから鍛え上げられた肉体であることがうかがえる。

「みた、むら、もも、……え? 誰? 何? オジョー? え? マジで誰?」

「三田村百之助。只今より貴女だけに仕え、貴女だけを護り、貴女だけに従い、尽くす者」

「え、く、……黒ピ〇ミン?」

「く、くろ……、はい?」

「え?」

 二人の間に多くのクエスチョンマークが飛び交う幻想を美香は見た。


「ここで立ち話もなんですから」

 と、三田村は胸板の圧で美香を室内へ追いやり、後ろ手で扉を閉めた。

「それあたしが言うやつよね?」

「時に進言も必要かと」

「信玄餅あるの?」

「……はい?」

「いや、手土産でもあるのかと」

「つまらないものですが」

 三田村が思い出したかのように片手に下げていた紙袋を両手で差し出す。美香は胸板から上しか見ていなかったので、本当に手土産があるとは気づかなかった。

「あ、ほんとにあるんだ。博多通りもん……。おにーさん、博多から来たの?」

「はい。俺は黒田藩黒田流が忍びの末裔、三田村百之助。縁あってお嬢のご祖父上にお世話になりました。そして、非常に無念でなりませんが、昨晩、お嬢のお祖父上は凶弾に倒れ……」

 クッと喉を鳴らし、顔を伏せた。

「そしてその大道寺龍三様のご遺言により、跡継ぎである大道寺美香様、貴女様をお迎えに上がりました」

「あっ! ちょっと待って! バイトの時間! 遅刻する!」

 美香は現実離れした男の話から逃げ出したいのと、時間がないことを思い出し、大声を上げた。

「バイト? そんなもの必要ありません」

「だめなの! 何度かお世話になってるところだし、穴を開ける訳には行かないの! お惣菜もらえなくなっちゃう! あたしに夕飯食うなっていうの?」

「代わりは手配済みです。ご安心ください」

「はあ? あたしの代わりはいくらでもいるって? 所詮派遣バイトだから?」

「派遣バイトの代わりはいくらでもいるでしょう。しかし、お嬢の代わりなどありえません。筑港連合会会長の跡目は大道寺美香様ただ一人。そして俺の主も貴女をおいて他にありません」

 上半分しか見えないが、十中八九色男であろう三田村に言われ、うっかり胸が高鳴った。目で殺すタイプの色男だ。美香は確信する。マスクに人差し指をかけ引きずり下ろす。

「絶対君主に顔を隠したままなんて失礼でしょヤバーイケメンがすぎるっしょキタコレ人生のボーナスじゃん」

 マスクがない方が俄然男前だったことに、即座に本音がダダ漏れ、強く空いた方の拳を握った。

「お、お嬢は、俺の顔がお気に召されましたか?」

「はいもー超お気に召しましたとも!」

 三田村は美香の言葉に一瞬たじろぎ、右手で曖昧に覆い隠す。

「そ、それは、その、意外と申しますか、いや、畏れ多いと申しますか、い、いえ、えと、恐悦至極にございます……」

 三田村は狭い三和土に片膝をつき、頭を垂れた。

「イケメンが跪いた……やば……」

 美香はビンタの勢いで自らの口を両手で覆い天を仰ぐ。

「あ、いや、え。ちょっと待って?」

 美香はふと思い返す。

「筑港連合会会長の跡目って、ナニ?」


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