ヤニと手のひら返し
やっとここで名前出てきた
1週間が経った。俺は新宿に行くこともなく、いつも通りの日々を過ごしていた。
もう一度話したい、という気持ちを押し殺していた。見ず知らずの人に会いに行って、話しかけてくるなんて相手からしたら恐怖以外の何者でもないだろう。頭から離れないのは事実だが、やはりここは大人として…
「おい高崎。今日の接待、前と同じ場所に変更だってよ」
先輩の赤崎さんが缶コーヒーを差し入れにくれた。
「前と同じ場所ってどこですか?」
「お前が次の日頭痛い頭痛いって嘆いて挙句の果てにオーバードーズしてたとこ。あとお前顔に出やすいんだから気をつけろよ?じゃないと取れる契約も取れないぞっと」
そう言い残してまたどこかへと行ってしまった。風のような人だ。先輩は俺が取引先と話しているところ、つまり仕事モードに入っている時を見たことがないから言っているんだ。営業先では嫌な顔一つしていないはち切れんばかりの笑顔なはず。だって終わった後は表情筋がいつも悲鳴を上げているから。
「新宿か…」
また気持ち悪くなるまで飲まなきゃいけないのだろうが、それよりも期待と嬉しさが勝っていた。
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「うっぷ…」
接待が終わった後、俺はすぐさま近くのコンビニのトイレまで走った。
吐いた後の酸っぱいような苦いようなあの独特な後味を流し込むように酔い覚ましのドリンクを飲み、数分するとやっと気分が良くなってきた。
だがここまでなった甲斐はあったと言える。なぜなら契約が取れたからだ。しかも今日は前と比べて1時間も早く切り上がった。納得いかないというか、悪い部分は歌舞伎町一番街にある居酒屋だったという点だけだろうか。ギラギラとうざいくらい光るネオン、これが夜の街だと言わんばかりの人の活気、目も耳も表情筋も痛い。
「そこのイケてるお兄さん!仕事終わりにLIAMはどうだい?初回指名無料だよ!」
キャッチとはすごい。赤の他人にも肩を組んでくるんだから。
正直ため息しか出ない。しつこいキャッチを振り払う気力もない。間に合ってます、と絞り出した声は人の流れと共に消える。
「女の子たちだけでも見てってよ!ね!お兄さんの気にいる子がいるの間違いなし!日本中から集めた選りすぐりの女の子たちばっかり!」
決まり文句を並べて、赤の他人に縋りよって恥ずかしくないのか。
「だから間にあ……………….行きます」
手のひらくるくるで、大人として恥ずかしくないのか。




