ヤニと一目惚れ
ロマンチックな雰囲気を書きたい。タバコは苦手です。
名前も知らない人。その人が視界に入った瞬間、電撃が走り周りの人はモヤがかかったかのようにボヤけて見える。接待で疲弊しきっていた体は嘘のように軽くなっていた。
歌舞伎町。今日は取引先の接待がここの居酒屋であり、いつもなら絶対に来る機会はない。
時計を確認するともう夜11時を回っていた。お酒も人一倍強いわけでもないのに、今日は運悪く大のお酒好きの課長と。飲む以外の選択肢があるはずもなく、頭がフラフラする。
コンビニで酔い覚ましのドリンクを買って一気に流し込む。捨てようとしたがゴミ箱はパンパン。仕方なくカバンの中に入れてグーグルマップを開いた。
こんなギラギラとしてどこもかしこもうるさい場所にわざわざ来たのに取引も大幅に進んだわけでもない。今から電車に乗って帰るとしても家に着くのは12時過ぎになることは確定。酔いも冷めきってないのにしつこいキャッチには絡まれるわもう散々だ。
徐に喫煙所を調べては早足でそこへ向かった。
「夜でもこんなに人がいるのか…」
新宿駅西口喫煙所。溢れるほど人はいないものの、自分がいつも会社帰りに使っている喫煙所と比べると格段に多い。
狭い空間にトータル10人程だろうか。屋外にあるから空気がいいとレビューには書いてあったが、よく考えれば空気がいいもなにもタバコの匂いしかしない。
常備してあるタバコを取り出し、慣れた手つきで火をつける。
ふわっと一瞬。キツくもないのに印象的なムスク系の匂いがそっと鼻に触れた。
ガヤガヤとして耳障りだったはずの雑音は消え、運命だったかのように向けられた視線の先に、
彼女はいた。
大きく巻かれた黒髪が肩に落ち、吊り上がった目尻とまつ毛は気高さを描きながら、その奥の瞳に潜む静けさが胸を打つ。朱色の唇は今にも溶けそうに鮮やかに、火のついたタバコを咥えた。片耳で揺れるパールは、月光をすくったしずくのように孤独に輝いていた。
ひと目で、抗えなかった。
一目惚れだったんだ。




