15
「どうした、リザードマンになれよ」
「いや、君の相手ならこのままでいいよ」
「舐めてるのか?」
明確な挑発が返ってきて、成堂がピクリと反応する。ショウイチはニッと口の端を上げた。
「このままじゃ死ぬって思ったら流石に変身するけど、臆病者のパンチじゃ死ぬことはないだろうしね」
「言うじゃねぇか、覚悟しろよ」
ドスを効かせた声と共に、成堂がショウイチの懐に潜る。体重を乗せた拳がガードの上から襲い掛かってきて、ショウイチの体が吹き飛んだ。
間髪入れず、踵落としが降ってくる。転がってそれを躱し、立ち上がろうとした所を、鋭い前蹴りが捉えた。
顎を蹴り上げられてショウイチの体から力が抜ける。再び体が倒れる前に意識を手繰り寄せて、なんとか堪えた。
ショウイチの口からドボドボと血が流れ出す。中はザクロのようになっているだろう。
「まだ余裕って言えるのか?」
「まぁね。そうやって脅しているうちは殺されないだろうし」
チッと舌打ちをして、成堂はショウイチに襲いかかった。
迎え撃つために、ショウイチが右ストレートを放つ。成堂はそれを潜って躱した。
低いタックルの姿勢。飛び込んでくる顔に、ショウイチは膝を合わせる。成堂が左手でその膝を払い、空いた右手でショウイチの軸足を掴んだ。
綺麗に決まった体当たりで、ショウイチが地面に倒れる。コンクリートに背中と頭が叩きつけられて、肺から押し出された空気が濁った音を立てた。
成堂が馬乗りになって、ショウイチに拳を振り下ろす。
「お前がそんなに死にたいなら殺してやるよ! そうしたら、リザードマンになって俺を殺すんだろ!」
左右のコンビネーションが頭蓋を叩く。骨と骨がぶつかる音がリズミカルに響いた。
やがて、成堂の拳が止まり、上がった呼吸の音だけが響く。
「ブフッ……殺すんじゃないの?」
血の泡を吹きながら、ショウイチが笑う。
「なんで、抵抗しないんだ」
「君を殺す理由が僕にはない」
「俺にはあるぞ、お前を殺す理由が」
「だったら早く殺しなよ」
大の字になって、全てを投げ出しているショウイチに、成堂は拳を振り上げる。
だが、それはすぐに下ろされなかった。
「何なんだ、お前は」
「それは僕が知りたいよ。僕だって望んでこんな力を手に入れたわけじゃない」
「なんだと?」
「こんな事に巻き込まれるぐらいなら、元の方が良かったよ。こんな力、僕には要らない」
「やめろ、お前がそんなことを言うな」
振り上げた成堂の拳が、わなわなと震える。
「お前がその力を否定したら、どうなる? それは、俺が望んでも手に入らなかった力なんだぞ」
「いくら望んでも、君にもこんなものは必要ない。現に僕を殺せないだろ、君は」
「やめろ、やめろ! 上から物を言うんじゃねぇ!」
振り下ろした成堂の拳が、コンクリートの地面を叩いた。
じわりと血が滲む。
ショウイチは満身創痍で、その上に成堂が馬乗りになっているにもかかわらず、2人の表情はまるで真逆だった。
「楽しいか?」
「あ?」
「こうやって、君が望む力を持ってる僕を、君が一方的に殴って、楽しいか?」
ショウイチの言葉に、成堂は歯ぎしりを返すしかなかった。
「俺の感情は関係ないんだよ。ただ俺は、強くなければならない。そのために生まれたんだ」
「人を殺すのが強いなら、が、うっ!?」
ビクッとショウイチの体が跳ねて、表情が歪んだ。
脳の後ろにあった重たい違和感が、じわりと形を帯びて脳に警鐘を鳴らす。
タックルの時頭を叩きつけられたダメージが、今になって命に至った。
致命傷。
気づかぬうちに変貌していたショウイチの右腕が、成堂の心臓を貫く。
「ぐっ、がはっ」
吐き出された血が、驚きに固まるショウイチの顔を濡らした。
「は、やったな。これでお前の勝ちだ」
「なんで、そんなに嬉しそうなんだよ」
「お前に殺されたら、お前の中で生きていけるんだろ? なら十分だ。強くなるには、一番手っ取り早い手段だからな」
「……わかったよ」
ショウイチが右腕を引き抜く。その手に握られた、未だ動いている心臓を、口の中に押し込んだ。
「はは、ありがとな」
成堂の体がぐらりと揺れて、倒れる。もう動かないであろうそれを払って、ショウイチは立ち上がった。
「……君は」
そこまで言いかけて、ショウイチは胸に手を当てる。
「俺は」
その体が、みるみるうちに鱗に覆われていった。制服が破れ、散り散りになる。
「行くか」
そう言い残して、リザードマンはその場を去った。
全ての決着のために。




