精霊樹 八
「お前だって聞いているだろ。エルフの者達と、クラルル王国の関係がきな臭いことぐらい……」
「それが……?」
「わからないか?」
「だからどうしたの……?」
要は敵国が何か行動しているから、先に何をしているのか突き止め、相手の得になるようだったら邪魔して、結果だけ掻っ攫おうということ。
ここでこちらが得た情報としては、クラルル王国と、エルフとの関係に早速ヒビが入りそうになっていることと、ハーフエルフが目標でない限り関わりあう必要がないということ。こちらの依頼が人攫いだとすれば、相手は立派な情報収集。
しかし疑問が残る。赤い大地となれば、そう簡単に依頼を出せる相手ではない。それに足の傷程度で「負け」と認めたのは何故なのか。
赤い大地……それに青い空。それぞれ安易な名前のような気はするが、それでも著名な傭兵ギルドであり、二つとも仲は良いとも悪いとも言われている。そしてこれが二つの傭兵ギルドが存在している理由で最も大きいのだが、この二つは所謂暗殺者達のギルドでもある。
青い空傭兵団と、赤い大地傭兵団。それぞれに特徴があることは当然のこと。今回情報収集に来たと言っている相手の所属している赤い大地は規模がとても大きく、比例して情報網も広い。人手が多い故か、それぞれに専門の者がいることも特徴。それにプライドが高いからなのか、相手を信頼しているからなのか、国からの依頼が多いようだった。
そしてニナが一目で見抜かれた青い空傭兵団。こちらは何でも屋と称されることも多い。依頼主は様々であり、依頼も様々。それぞれに特化した人材ではなく、全てのことに精通した者が多い。規模としては小さいかもしれないが、求められる人材が人材のため能力がインフレしているとも言われている。
両者共に暗殺や、諜報に通じている傭兵団である。
さて、依頼を出す上で|マシ〈・・〉な方は赤い大地の方。こちらはどちらかと言えば他職業との兼業のような存在である。対して純粋な影の者である青い空へ依頼を出すことは素性、金額からしてかなり難しいだろう。
「その程度で赤い大地の人を動かすの……? 何事も無ければ国の暗殺者達でもやれるのに……」
影の存在に掛かる金は総じて高い。何か得になりそうな物があるからといって、高価な報酬の者を付けるのも可笑しな話である。
「それに、何故その程度の傷で任務が難しくなるの……?」
「それ以上は言えん」
気になることは言ってはくれないらしい。とは言え赤い大地傭兵団を使う程の何かが、この森にあることは確かならしい。
「そういうお前は何故この森に来た」
「ハーフエルフが生まれたことぐらいわかってるでしょ……」
「ああ、大変珍しいことに未だにハーフエルフが生きていることも知っている」
ニナは短剣をくるくる回しながら、ここに来た理由を答えた。
「希少な種族って高く売れる……」
「人身売買という訳か」
フードを被った相手は何かを考えるように顎に手を当てた。ニナも暇そうに短剣を回しながらも、目線は外さない。なんとなくだが、相手もまた、ニナの気配を探っていることがわかった。
「直接的な関係は無いように思えるが、クラルル王国の奴についてお前は何か感じるか?」
「感じたとして話すの……? 同業のよしみだから話すけど、関係はないと思う……」
頭にふっと湧いた、宿屋で準備する商人に化けた何者か。そのことを知らせる気は無い。おそらくあれがクラルル王国の兵士。そして狙いはこちらと同じハーフエルフ。遠回りになるが、相手も、ニナも、同じ存在を狙っている。
───この人は敵
ニナはそう断定した。相手が雇われた国もまた、ハーフエルフが生まれた確実な証拠を手に入れたのだろう。相手にとって得になる明確なものがわかっている。それならば赤い大地が雇われるのも別に不自然ではない。
「そうか……なら商売敵という訳か」
それは相手も一緒だった。違うと言っても、違っていないと断定される。この業界では日常茶飯事。
「まあ、お前もわかってるだろ? エンシェントルート達、龍種と同じ様に、調べ尽くされたエルフの住む森で産まれたイレギュラーなんぞ一つしか存在しない。ここに二つの立場の傭兵ギルドが関わった時点で目的は同じ。
ひょっとしたら程度の気持ちでお前も聞いたんだろう。でも、予想通りだった。
目的は同じなんだよ、クソインテリ野郎」
フードを被った者がそう言うと同時に、辺りに凄まじい光線と、轟音が響き渡った。まだかろうじて枝に止まっていた鳥が全て飛び出し、それは遠くにいたエルフの耳までも届く。
それ程までの強大な現象が、たった二人だけで起こされたと言われれば、冗談だと思ってしまうのも仕方がない。
それでも当の二人はさほど気にも止めていないようだった。
「なんだ、お前。ネームドかよ」
「そう言うあなたも人のことは言えないんじゃないの……」
細長い長剣と、これまた小型な短剣が交差する。
先ほどの爆音、互いの魔法によって作られたクレーターは何事も無かったかのように放置され、互いに互いの得物を当てあっている。軽量な武器同士の打ち合いは苛烈を極めている。
『白撃』
「ちっ、『黒撃』」
再び魔法が放たれ、間合いを開ける。フードの者は地面へ。ニナは空中へと。
二人が扱っているのは一般的に扱われている[撃]と言う基本魔法。
各属性によって分かれているこの攻撃は、威力はそこまで大きくは無いものの、扱いやすさ、コスト的に優秀であり、よく使われている魔法の一つ。効果は純粋な魔力属性で殴るといったもの。魔法が使える戦う者が息を吐くように扱う魔法とも言われている。
魔法使いが希少なこの世の中。攻撃のレパートリーが一つ増えるだけで、厄介が一つ増えるようなもの。
僅かに減った魔力を回復させるかのようにニナは息を吸った。それは相手も同じだったらしい。
手に持った短剣とはまた別の短剣を投擲。連続的に突き刺さった刃物だが、多少に刺さることはない。土埃が立つ勢いで移動した相手は、そのままニナの首を掻き切ろうとしてくる。
それに応対するニナの動きも凄まじいものだった。空中で動きが取れないと思われたその姿勢から、なんらかの方法で加速して地面に足をつけると同時に刀身の腹を滑らせて切り先を逸らす。
技術的にも、力量的にも同じと言わざるを得ない。
それは当然のこと。一発で決めようとした攻撃のせいで一撃目では轟音を出してしまったが、エルフに気付かれると厄介になるのはどちらも同じ。暗殺者として正面で戦うならば、戦局が硬直化してしまうのも仕方がない。しかし言い換えれば、誰もやって来る可能性がなければ決着が着くということになる。
さて、ここで一般的な定義から少しずれていることがある。影に生きるのが暗殺者だとして、例えば正面から騎士に勝つ必要性があるのだろうか。いや、ないだろう。そうなのだが、赤い大地と青い空。この二つの傭兵ギルドについては違う。
半分暗殺者のギルドと化している二つだが、表面上は普通の傭兵であることは公然の秘密。そこに所属している者が正面からの戦いに弱いように思えるだろうか? 赤い大地ならば騎士などに扮している者。青い空ならばそこら辺にいるギルド員。それら全員の技量は、一般的な兵士より飛び抜けていると言わざるを得ない。
膠着化した戦場。共に、戦闘力が高いネームド同士の戦闘。泥沼な戦いはいつまでも続くように思えた。
「っつ!!」
「感のいい者……」
抉り取られた地面。地面にある落ち葉が風によって舞い上がり、突き立てられた物体を彩る。速さを命としている暗殺者では扱わない巨大な大剣。
「面白そうだな」
たった一言。それだけ言った黒騎士。突き刺さった大剣に興味はないらしく、長剣を両手で構えた黒騎士はフードを被った相手を見る。
「遊ぼうぜ」
フードの者は面倒くさそうに腕を上げた。
「ニ対一か。俺様の方が不利だな」
顔も見えないのに、フードの者が薄く笑った気がした。
「だが、楽しくなってきた」
「何がだ!」
「待って……」
黒騎士が長剣を斜めに構えて走り出す。ニナは止めようとした。
その行動は、自分がしたことがある動きに似ていたから。