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担当不在

 ディーとアデラは先日のシーウォーム討伐の話と、同盟軍の規模調査を兼ねて菓子おり片手にライノス港にある、同盟軍本拠地カルロス城を訪れていた。

 領地事態は大きくないものの、歴史を感じさせる立派な石造りの城で二人は馬車に乗ったまま城門をくぐると、ねじり鉢巻きに褌いっちょの戦士達が巨大な魚の解体を行っている最中だった。


「そいやっさっ!」

「そいやっそいやっ!」


 掛け声を上げながら男達が飛び跳ね、魚の頭を巨大なノコギリで切りおとしていく。


「あの褌というのは、いささか目のやり場に困るな」


 ディーが恥ずかし気に視線をそらすが、アデラは穴があくくらい凝視ししている。


「我々には無い文化です、今度アマゾネスたちに流行らせてみましょう」

「やめろ、王が喜ぶだけだ」

「なら尚更やめるわけにはいきません」


 ディーはしまった地雷踏んだと思いながらも、今度水際で止めようと決める。

 城内に入り、二人は謁見の間に通されると、筋肉質な体で掘りの深い顔に、いくつも傷を作った歴戦の戦士のような風貌をした男がやってきた。

 その隣に似たような風貌をしているが、勇咲と同じぐらいの若い青年の姿が見える。


「近くを通りかかったもので、先日のお礼を兼ねまして伺わせていただきました」

「これはこれはご丁寧に。私が同盟軍ブルードラゴン、リーダーのニコライ・カルロスです。こちらは息子のマキシマムです」

「よろしく、筋肉には自信があります」

「筋肉?」


 ディーとアデラは疑問符を頭の上に浮かべながらも、カルロスとマキシマムから差し出されたごつい手を握り返し、握手をかわす。


「どうですか?」

「はい?」

「この私の筋肉です」


 カルロスはムキっとたくましい上腕二頭筋フロントバイセップスを見せつける。

 マキシマムは後ろを向き、両腕を肩まで上げて筋肉を膨らませる背面上腕二頭筋バックダブルバイセップスを見せつける。


「え、ええ、素晴らしいと思います」

「それは良かった」


 何がいいのかさっぱりわからないが、ディーとアデラはカルロスたちが自身の肉体に自信があるということはよくわかった。

 今回ディーたちがここにやってきた目的は、先日のシーウォーム討伐の報酬を貰うこととは別に、同盟軍の内部情勢を探ることにあった。

 手早く報酬の話を終わらせると、お互いで情報収集を開始する。

 カルロス自身もナルシスとの戦争にかかりっきりで、外の情報がほしかったのだ。


「ありがとうございます、貴方たちのおかげで漁にでることが出来ます。たんぱく質をとれて筋肉も喜んでいますよ」

「そ、それは良かった。我々も湾に面している領地を持っているので、漁にでたかったのです」

「となると、やはりあなた達がボインスキー軍を倒したというのは本当なのですね?」

「ええ、つい先日です」

「では、ナルシス軍を警戒されているのでしょう」


 カルロスはディーの目論見をあっさりと看過すると、疲れた笑みを頬に浮かべた。


「ええ、率直に状況はどうですか?」

「あまりよくはありません。戦争が始まって、まだ二週間程度。それなのに兵糧は尽きつつあり、全くナルシス軍を崩せそうにない為、士気は下がりっぱなしですし、おまけに筋肉の張りもよくありません」

「それもこれもギルドのバカたちが、同盟軍ウチが金のない王を養ってるみたいな言い方をするから、転移したての王や、力も筋肉もない王が食料目当てにやってきたせいだ。おかげであんな爆弾どめき抱えるはめになるし」


 マキシマムは現状にかなりの不満を持っているようで、言い方は辛辣だ。


「よさないか、そんな筋肉の話をしたところで今はしょうがないだろう」

「くそっ……せめて俺に力か筋肉があれば」


 ディーはここに王かフレイアがいないことを心底悔やんだ。突っ込み不在のボケ連発はある種の地獄でもある。

 ここでアデラが口を開く。新たな突っ込み役誕生なのかと一瞬ディーは期待した。


「その程度の筋肉で何を言っているのか。我が王の夜の筋肉は――」

「おいやめろ! 何言ってるんだ!!」


 ダメだこいつ、いきなり踏み外してきやがった。

 冷静なディーだったが、声を荒げてアデラを無理やり黙らせる。

 そして何事もなかったかのように話を続ける。


「我々の情報では、ナルシス王が同盟軍の百目鬼王に求婚していると聞いていますが」

「ん? 求婚しているのはあっていますが、ミス百目鬼は王ではありませんよ?」

「えっ? しかし彼女はロヴェルタというチャリオットを……」

「確かにミスロヴェルタはミス百目鬼に従っています。ですが、彼女はチャリオットではない」

「では、彼女はただの冒険者? ですか」

「そうですね、ギルドで確認されればわかると思いますが、百目鬼という王は存在しません」

「そうなのですか……我々の勘違いでした」

「ナルシス王がミス百目鬼に求婚しているのは事実です。我々同盟軍内でも、彼女を差し出すべきかどうか話し合いが行われていますが、差し出した後ナルシス軍に襲われれば元も子も筋肉もありません」


 アデラが何か口走ろうとしたので、ディーは無理やり口をおさえた。


「な、なんとか停戦協定に持ち込みたいところですね」

「ええ、ですので彼女はそのカギになっています。年若い少女をアテにするしかないのが己の無力さを感じ入るところです」

「ナルシス軍の補給拠点であるボインスキー城を落としても向こうに影響はなさそうですか?」

「ええ、奴らは他にまだいくつか補給ルートを持っているので、奴らが何もしなくても支援を受け続けられるようになっています」

「補給路を断つというのは?」

「残念ながら我々は海側に追い詰められる形で、奴らは内陸側に位置しています。我々の拠点から回り込むとなると、大きくナルシス領を迂回して補給路を塞ぐ必要があります。我々にそこまで移動して戦闘を行う余力はなく、今はもう立てこもる他ありません」

「我々が補給路の一部を断つ、と言ったら?」


 ディーの提案にカルロスは大きく首を振る。


「やめておいた方がいいでしょう。奴らの補給路が一体何本あるかわかりませんし、補給を行っているのはナルシス王の息がかかった商会の人間です。彼らを怒らせれば、今後あなた達も動きにくくなるでしょう。それにナルシス軍はまだ後ろに何者かの影がチラつくのです」

「まだ背後組織が?」

「ええ、奴ら中規模ギルドでありながら突然数が増えたように思えるのです。それに個人の能力が最初戦っているときは我々と大差ない程度だったのに、ある日突然歴戦の兵だけで形成されたような強力な部隊がおしよせたりと……」

「どこかの王が兵を貸している……と?」

「わからない」

「それはラインハルト城に訴えればペナルティを与えることができるのでは?」

「確証もないことですので……。それに今はもう、その強力な部隊は見えません」

「最初数回の戦闘だけ出没し、同盟軍に打撃を与えた後は雲隠れ……もし仮に同盟軍が盛り返したとしても、またその部隊がやってきそうですね」

「ええ、我々がとれる道は勝利ではなく、停戦協定に持っていくのが精いっぱいです」

「それも受け入れてくれるかというところですね」

「最悪、私の首で、この戦いを止めることを考えています」


 マキシマムがカルロスの言葉を遮るように声を上げる。


「そんなことする必要なんかねぇぜ親父。いざとなったらあの女をくれてやればいい。そうすれば……」

「黙っていろマキシマム。少女の命を犠牲に自分が助かろうなどと己の筋肉に恥ずかしくないのか!」

「すまねぇ……」

「私の安首一つでナルシス王が戦争を止めてくれるかはわからないが。事はじきに動くでしょう。」

「…………」

「遅くないうちにこの戦争は終わります。その後にナルシス軍があなた達のチャリオットを攻撃する可能性は十分にありえます。火避けと筋肉は十分必要でしょう」


 ディーは頭の中に捕虜にしているボインスキーが浮かぶ。


「なんとか仲間と愚息には助かってほしいものです。もし同盟軍が解散し、路頭に迷うことがあれば、どうか梶王に受け入れをお願いしたい。できることならミス百目鬼も……彼女に非は何もない。火種を押し付けるようになりますが、できれば彼女のこともお頼み申したい」


 カルロスは深く頭を下げる。


「王には話をしておきましょう。王でないのなら匿うことも可能です」

「ありがたい」


 その後少しの雑談を交え、ディーたちは大量の小魚たんぱくしつを土産に渡され、カルロス城を出た。

 帰りの馬車の中でアデラとディーは遠ざかるカルロス城を見やる。


「セバス卿がカルロス王は責任感の強い男だと言っていました」

「それは間違いないでしょう。我々の知っている愚鈍な男という生き物ではなく、彼らにも親や仲間の情があるのだと理解できました」

「百目鬼のことも気にかけていましたしね。彼女に魔物討伐を命じたりするのは、彼女がここで生きていけるようにする為の優しさかもしれない」

「ワーウルフは我が子を尖刃の谷へと落とすと言います。親心に近いものでしょう」

「優しさと厳しさは表裏一体……ですね」

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