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洗い上手

 あの三人がいかに手を焼いて風呂に入れたかを物語っていた。

 俺は泡まみれのホルスタウロスを一度浴場に並ばせてから一頭一頭にお湯をかけて汚れと泡を洗い流していく。

 つるりとした肌と、立派な胸とお尻が垣間見えて、俺の理性がかなりやばい。

 もうモンスターとかそんな些末なこと放っておいて抱き付きたくなる。

 が、そんな俺を現実に引き戻させるのは脱衣所から見えるポンコツ三姉妹の目だった。


「あれはかなりエロいこと考えてるな」

「不潔! 不潔です!」

「世の中にはモンスターでないと興奮できない人間もいるらしいけど」

「不潔! 不潔です!」


 ソフィー、お前最近それしか言ってないな。

 なんかアホな人形みたいで嫌いじゃないけど。


 体を綺麗に洗い流すと、皆ぷるぷると体を振って水しぶきを弾き飛ばす。

 このへんは動物っぽいなと思いながら、一頭一頭誘導して風呂の中に入れていく。

 こんな追従型のゲームあったような気がすると思いながら、十六頭のホルスタウロスを風呂の中に入れ、残った一頭はうたせ湯の方に移動させる。

 高級品ではあるのだが、石鹸を使い手で泡立てる。


 彼女達のミルクの売り上げがあれば、石鹸もブラシも買えるだろうし。

 その分を還元するのは当然だろう。


「今回は手で洗うことになるけどいいかな」 

「モォー」


 喜んでるみたいだから、そのままでいくか。



 それから順次洗っていっているがさすがに数が多い。このままでは一日作業になりそうだ。

 なんとか自分で覚えさせられないかなと思う。

 試しにホルスタウロスにタオルを持たせて洗い方を教えてみる。


「ここをこうゴシゴシって」


 腕を洗う動作をしてみせると、同じようにゴシゴシとタオルを上下に動かして洗い出した。


「おっ、賢いな」


 この調子で全員に教えていけば、風呂にいれるだけで勝手に洗うようになるんじゃないか?

 そうなるとこんな恥ずかしいことしなくてすむなと思っていると、突如ホルスタウロスがていっとタオルを投げ捨てた。


「おっ? どうした?」


 タオルを拾いあげて、もう一度渡してみるが、やはりていっと投げ捨ててしまう。


「なんだ、どうした?」


 あれあれ? っと困っていると、脱衣所が開く音がして、もう一頭のホルスタウロス……違う。

 クロエが浴場に入って来た。


「私も手伝いますよ王様」

「そりゃありがたい」

「何かお困りですか?」


 ついさっきまで機嫌よく洗われてくれてたのに、急に機嫌が悪くなったことを説明する。


「それは多分王様に洗ってほしいんですよ、きっと」

「ほんと?」

「ええ、きっと」


 俺は洗っている最中だったホルスタウロスに向き直り、もう一度洗いなおしてみる。

 すると今度は嬉し気に目を細めながらモゥモゥと小さく鳴き声をあげる。


「甘えんぼさんばっかりなんですよ」

「なるほど……」


 でもこれってもしかして、ずっとこの子らを洗ってあげる必要があるのではと思う。

 覚悟を決めて、俺は十七頭のホルスタウロスを全員洗いきったのだった。



「つ、疲れた」


 さすがに十七頭分は多く、気づけば洗うのに三時間以上かかっていた。

 浴室に尻をついて座り込んでいると、数人のホルスタウロスが俺の手を引いていく。


「ん? どうしたんだ?」


 引かれるままついていくと、そのまま背中を押されドボンと湯の中に沈められる。


「ぶはっ、なんだ?」


 いきなり湯船に放り込まれて驚いた。

 なんだ、機嫌でもそこねたのだろうかと思ったが、どうやら一緒に風呂に入りたかっただけらしい。

 全員で俺を囲みながらモゥモゥと鳴いている。

 なんだろう、なんとなくありがとうと言われている気がした。


「それにしてもこの湯、こんなに白かったかな?」


 見ると湯船は乳白色にそまっており、ほのかに甘い香りがする。

 それで察しがついた。

 そりゃ全員同じお風呂に入れてたらミルク風呂にもなるか。


「クロエ、ここミルク風呂になってるよ」

「あら、本当ですか?」


 クロエもお湯が真っ白になっていることを確認すると、まぁまぁと感嘆の声をあげる。


「ホルスタウロスのお乳でミルク風呂なんて、多分とっても大金持ちでもやったことないと思いますよ」

「そうなの?」

「これだけ真っ白になるにはたっくさんのお乳が必要ですから」

「へー」


 まぁ効能としては美容にいいとかそんなところだろう。


「クロエも入ったら?」

「よろしいんですか?」

「うん、俺もう出ようと思うし」

「せっかくはいったところじゃないですか。もう少しゆっくりしていきましょう」


 そう言うと、クロエは惜しげもなく着ていた下着を脱ぎ捨て、体を洗って同じ風呂に入ってくる。

 そのあまりにも堂々とした姿に鼻筋が熱くなってきた。

 これは全てお湯のせいと自分で自分を誤魔化す。

 ただ、ここでクロエを見ず背中を向けていたら、マンガ、アニメのへたれ主人公と同じである。

 俺は王なんだからとふんぞり返って逆にガン見してやろうと決める。


「ジロジロ」

「やですわ、王様。あまりおばさんの体を凝視されては」


 あまりのガン見にクスリと笑うクロエ。これが大人の余裕であり包容力である。

 さすがにヒロインにお母さんはないんじゃないかと思ってたが、そんな偏見捨ててしまえと脳内俺が理性俺にあっさりと勝利し、いつかフレイアにパパって呼んでもらうかと勝手に決める。

 脳内妄想が宇宙の彼方にとんでいったが、父親が死んだとは決まっていない。

 全くでもって不謹慎な話だった。


「あの、クロエって旦那さんどうしたの? フレイアと二人で旅をしてたみたいだけど」


 クロエは少し困った表情をした後、ゆっくりと口を開く。


「あまり面白い話ではないのですが、少しだけお話しますと。私の体とフレイアちゃんの体に魔紋の呪いがあるのはご存知だと思います」

「うん」

「その魔紋は放っておくとモンスターになってしまうんです。そんな人たちを多く受け入れている場所があって。そこは呪われし者の谷なんて物騒な名前がついていますが、実際はモンスターから毒を受けたり、呪いを受けた余命の短い人たちが集う場所でした」

「呪われし谷……」

「はい……私が悪いんです。私が呪われし谷の出身と隠して夫と子を成したことが……。彼は私との行為によって呪いが移されたと思い、怒り、まだ出産していないフレイアちゃんごと私を殺そうとしました」

「酷いな……呪いって移るの?」

「いえ、呪いというのは本来その人物に術をかける為に存在するものなので、風邪のように接触で移ることはありません」

「それじゃあ別に悪いことないじゃん。むしろ呪いを解呪しようとしてあげるのが普通じゃないの?」

「そうだったら良かったんですけどね」


 クロエは力なさげに笑みを浮かべる。

 好きになった男に殺されかけるというのはどういう心境なのだろうか。

 お腹の中にまだ見ぬ自分の子供がいるというのに。

 まったくでもって理解できんし、したくもない。


「それでもやはり健常な方からすれば呪いというのは恐ろしいものです。それを理解せずに人を好きになった私がよくなかったんですよ」


 力のない笑み。クロエはいつも優しく笑っているけど、それはただ自分の感情を見せないようにしているだけじゃないだろうか。

 自分の感情が前に出てしまった時フレイアに心配をかけないように。


「……でもそれってクロエが可哀想じゃんか」


 虚をつかれた表情になって固まっているクロエ。

 今まで自分が悪いと、自身を責めつづけ、今になって初めて自分が可哀想と気づいたのだろうか。


「そんなこと言っていただけるなんて思ってもいませんでした」


 また力のない笑み。笑っているのに全てを諦めているようなそんな感じがする。

 それは一種の拒絶でもある。笑みの裏側を見ないで欲しい。そんな柔らかな、でも完璧な拒絶。これ以上の追い打ちも救いも全てを弾くものだ。


「クロエ、その悲しそうな笑顔やめよう。俺に何かできるかはわかんないけど、一応王だからさ。協力できることがあると思う」


 だから、拒まないでほしい。


「私は……弱い女なんです。誰かにすがらないと生きられない。父母に、夫に、娘に神に……私は誰かに甘えつづけているんです、今も昔も……。フレイアちゃんからは夫を許していることを怒られました。殺されそうになったのに。あの子は魔女学を学んでいるので仕打ちに対しての報復は絶対と考えるところがあるのでそれも原因なんですが」


 報復という意味合いよりも、恐らくそれは放っておくとまた殺しにやってくるとフレイアは考えたのではないだろうか。


「でも、いつか夫がやり直そうって言ってくれるんじゃないかと思って内心期待しているんです。またいつか私を甘えさせてくれるのではないかと」


 クロエは自分を恥じるように、白いお湯をすくい顔にかける。

 彼女がプリーストになったのも、心の弱さによるものだったようだ。

 甘えさせているように見えて、その実彼女の方が依存しているのか。


「フレイアちゃんが産まれてもう十年以上経ちますが、一度も夫が会いに来てくれたことはありません……」


 クロエはただ小さな幸せが欲しかっただけなのだろう。

 例え貧しくても夫と娘がいてくれる。ただそれだけの家庭しあわせを求めていた。

 娘が産まれる前に一人になってしまった女性の寂しさ、悲しさはわからない。

 でも、きっとクロエには耐えがたいものだっただろう。

 だからお腹の中にいるフレイアにすがった。

 二度と帰って来ない夫を笑顔で待つ為、他の男性にすがることを許さなかった。

 理性と精神の弱さが矛盾した女性。

 恐らく死んでしまいたいと思ったこともあるだろう。だが、フレイアの存在がそれを許さなかった。


 フレイア、お前ほんと産まれてきてよかったな。


「今から酷いこと言うから先に謝っとく。ごめんな」

「えっ?」

「多分だが夫は帰ってこない」

「…………」


 クロエの顔は初めて痛みをこらえるような、辛い面持ちになった。


「それに俺はこの世界の神にあったことがあるけど、そいつは精神の辛さを解き放ってくれるような大それた神じゃなくて、ただの胡散臭いドラゴンだったよ。だからクロエ、君の心を救ってはくれない」


 そう言い切ると、クロエの目は既に泣きそうになっていた。


「なぜ、そのような酷いことを……」


 なぜ心を折ろうとしてくるのかと。


「俺はここに来る前、異世界で学生をしていた。同じ格好した奴らが集められて同じようにただ黙々と勉強して、大人になった後苦労しないようにと言われ、わけのわからない数式や言語を覚えさせられた。正直生きてる気がしなかった。でも、この世界に来てからは必死だ。初めて命を奪った。初めて金を稼ぐことを覚えた。初めて仲間ってやつが出来た。この世界に来て良かったっていうつもりはないが、前にいた世界よりずっと生きてるって実感する」

「帰りたいとは思わないのですか?」

「そりゃ思うよ。帰って両親に甘えて、美味い飯食って、あったかい布団で寝たい。でも、いくつもしがらみができた今では、おいそれと帰りたいとは思わない」

「お強いのですね……私にはどうすれば」

「俺も偉そうなことは言えない。でも、今のクロエは全力で後ろむいてるから過去を振り切れない」


 楽しかった。良かった思い出がいつまでも頭の中に残り、前を向くことができていないのだ。


「時に振り返ることも必要だ。でも、母親なら娘の見ている前で後ろを向きになっちゃいけない。子は親を見て育つ」


 この親子が助かるにはまず生きたいという意思が必要なんだ。

 諦めてる人間は誰にも救えない。


「ですが、私には支えがないと生きていくことが……」

「クロエ、娘や元旦那をやり直しの言い訳にするのはやめよう。君に必要なのはやり直すことじゃなくて新しく始めることだ」

「始める……」


 昔を捨てるわけじゃない。でも今を見ないで過去はないんだ。


「でも……呪いが」

「呪われてるからなんなんだよ! 俺が解呪の方法探してやる。クロエはもう俺達の仲間だ。俺が勝手に呪いで死ぬなんてこと許さない! 俺が全力で救ってやる!」


 根拠のないこと力強く言い切っちゃったぞ俺。

 そう思いつつも、今の彼女が過去を振り切るには新たな救いが必要だろう。

 俺がそれになれるかはわからないが、言い切った通り、俺は簡単に呪いでクロエを殺すつもりなんてサラサラない。


「お、王様。あまり力強く言わないでくださいまし。先ほど言った通り私は弱い女です。ですから、そのように希望を見せられると、すぐにフラフラと寄って行って縋りたくなってしまうのです」


 クロエは恥じるように顔を赤らめ、俺の方を見る。


「クロエが前を見れるようになるなら全然構わん。どんと乗りかかって来い」


 自分でも適当なこと言ってんなと思いつつも、夫も神も救わないなら俺が救うしかないだろ。


「王様……」


 クロエ艶のある甘い声が露天風呂に小さく響く。



「でも呪いが移らないなら、なんでフレイアにも魔紋が?」

「あの子は騙されたんです。竜の血を触媒にした解呪の薬があると聞き、竜の血を手に入れようとしたのですが、穢れた竜の返り血を浴びてしまい呪われてしまったのです」 

「フレイアも母親を助けたかったんだな……」


 当然か。俺も母ちゃん助けられるならドラゴン倒す……かなぁ?

 ちょっと忘れかかっているが、平和な日本でドラゴンを倒さないと母ちゃん死ぬぞって言われても困るだろうな。

 でも、クロエくらい優しくて綺麗な母ちゃんが死んでしまうのは耐えられないだろう。

 いざって時は召喚石の出番だなと心に決める。


 ようやく俺は王ってのがなんなのかわかりかけてきた。

 王ってのは父なんだと思う。

 俺についてきてくれる仲間の父で、領民たち全員は家族なんだって。

 だから、父は家族の為に出来る限りのことをしてやるのが義務なんだ。

 だから俺はクロエもフレイアも守る。

 俺が王であるかぎり。


「まだ中身が釣り合ってないけど。段々と覚悟は決まって来た。俺はクロエもフレイアも守る」

「王様、ありがとうございます。あなたについてきて良かったと今切に思っています。私もこの命つきるまで王様に付き従いましょう」


 そう言ってクロエは湯の中を移動してきて、俺を後ろから抱き込む。


「モォ!」


 しかしとられたと勘違いしたホルスタウロスがばしゃばしゃと水しぶきをあげながら俺に体当たりする勢いで抱き付いてくる。


「うぼぁあ、ちょ、ちょっと待って! 順番に!」


 そんなことは聞く耳もたれず、しばらくして俺がのぼせていることに気づいて、ようやく風呂からひきずりだされたのだった。


 後日ホルスタウロスは自分でお風呂に入れるようになり、ホルスタウロス専用のミルク風呂が用意されたのだった。

 それでも週二回は俺が丁寧に体を洗うことが定例化し、その度に俺はのぼせるまで風呂にはいることになったのだった。



洗濯王           了

過激表現の修正を行っています。

前後の文でがおかしくなっている可能性があります。

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