ホルスタウロスのお世話
朝早く俺はバケツを両手に自城にある牛舎を訪れていた。
牛舎と言っても城の中にある部屋の一つに牧草を敷き詰めて、その中でホルスタウロスを自由に住まわせているだけだ。
クロエの言った通りホルスタウロス達は非常に従順で、ここが住む部屋だと教えると、そこから一歩もでることはなく、昼寝したり草や野菜を食べたりして自由にすごしていた。
◇
俺はホルスタウロスの搾乳を終え、両手にミルクバケツを二つずつ、背中にでかいバケツを一つ背負いながら食堂へと向かう。
厨房……と言っていいほど綺麗なものではないが、そこにはホルスタウロスがエプロンをつけて朝食の準備を行っていた。
「あれ、こんなところにももう一頭いたのか」
俺はバケツを下ろして、乳を搾るために胸を触ろうとする、しかしそこには困り顔のクロエがいた。
「あれ?」
「あれではありませんよ、王様。あまりみだりに人の胸に触ったりしてはいけません」
「うわあああ、すいません!」
ようやく自分がホルスタウロスではなくクロエの乳搾りをしようとしてたことに気づいた。
「お乳の搾り過ぎですね。私の胸はそこまで大きくありませんよ」
そう言ってクスクスと笑うクロエ。これがオリオンやソフィーなら、間違いなく頭蓋骨陥没するくらいぶん殴られていただろう。
クロエは優しい笑みを浮かべ、まるで子供のいたずらに優しく注意するような、そんな慈悲深い母のような雰囲気を感じる。
どこかのポンコツシスターに見習わせたいものだ。
「いや、ほんとすいません」
「ウフフ、困った王様。臣下に敬語なんて使わなくても良いのですよ」
「いや、それでも」
「目上を敬うことは大切ですが、身内に対しては必要ないんですよ」
「まいったな、前にも同じこと言われた気がする」
「難しいのでしたら、私のことをママと思ってもらって構いません。家族に敬語を使うタイプですか?」
「いや、使わないけど」
「でしたら私のことはママと呼んでいただければ」
「無理ですよ。フレイアもいるのに」
「むぅ……じゃあ王様が私のおっぱい絞ろうとしたこと皆に言っちゃいますよ」
それは困る。いろいろ終わってしまう。ただでさえスケベとレッテルを貼られているのに、乳搾り魔なんてあだ名がついた日には全員甲冑姿のフルアーマー形態で城内を歩くようになるんじゃないかと思う。
「では、マーマ、さんはい」
クロエはやたら嬉しそうに促してくる。
からかっているわけではなく自然と人を甘やかしたがるタイプなのだろう。
これは完全に男をダメにするタイプの女性だ。
「さんはい、マーマ」
「ま、ま」
聞こえないぞ~と耳に手をあてている。その目はやたらと嬉しそうだ。
「ママ」
母親をママなんて呼んだことないから、恥ずかしさで悶え死にそうだ。
「はいはいママ、ママ」
「不潔不潔ですわ!」
厨房の横をビキニ姿のR戦士とビキニ姿のポンコツ神官が呆れ顔と怒った声をあげながら通りすがっていく。一番聞かれてはいけない二人に聞かれてしまった気がする。
俺がやっちまったと両手で顔をおさえているとクロエは俺の手をとり満面の笑顔で
「はい、よくできました。ママですよ」
にっこりと微笑みを浮かべる。
うん天使、大天使クロエルとかそんな名前付いてると思う。
恐らくガブリエルとどっちが慈悲深いか対決したとか神話に残ってそう。
そんなバカなことを考えていると、火がかかっている鍋からポタージュの良い匂いが漂ってきた。
クロエは料理がとても上手く、少ない素材をバリエーション豊富に調理してくれる為、雇って良かったと痛感した。
やっぱ料理ができるって偉大だわ。
クロエは鍋を焦がさぬよう鼻歌まじりにポタージュをかきまぜ、搾りたて新鮮のミルクを加えていく。
「今日もいっぱい搾れましたね、王様」
「ホルスタウロスのミルクは貴重って嘘だよ。毎日搾っても搾ってもなくならないよ」
「それはホルスタウロスが恋をしているからなんですよ」
「恋?」
「ええ、ホルスタウロスは皆王様が好きで好きでしょうがないから、毎日軽い興奮状態なんです。その状態が一番体内でミルクを作りやすいんです」
「ほ、ほ~」
「それにこの城に来てからはオスのミノタウロスに襲われる心配がありませんから、ストレスがなくなったのも大きいですね」
クロエは鍋の火をとめると、朝食に使う発酵させたパン生地を、石のかまどに入れる。
「パンって自作できるんだな」
「ええ、美味しいミルクと新鮮な卵を使ってますからフワフワですよ」
焼き上がったパンの一つをクロエが割ると、白い湯気が上がり、ふわっと焼きたてパンの良い匂いが広がる。
そこに自家製クリームを塗りつけて、クロエは俺に手渡す。
「クリームパンです」
「ありがとう」
これは食わなくてもわかる、間違いない美味いと。
俺が焼きたてクリームパンを頬張ると、パンの暖かさと、クリームの甘さが口の中に広がる。
ああ、美味い。最高だ。暖かなパンに溶けるクリーム。ふっくらとしてやわらかなパンは噛まずとも舌に触れるだけで香ばしい匂いを残して溶けていく。
極上のクリームパンなどというと大げさかもしれないが、所詮クリームパンなどとなめてかかると頬が落ちることは間違いないだろう。
「これはお金とれると思う」
「そうですか?」
俺の食っている姿が面白かったのかクロエはクスクスと笑う。
「じゃあ温泉に人が呼び込めたら販売しましょうか」
「ああ、このクリームパンとホルスタウロスのミルクは看板商品になるだろうな」
二人で話し合っていると、リリィが鼻をすんすんと鳴らしながらやってきた。
「美味しそうな匂いがするにゃ」
「猫がパンの匂いにつられてやってきたな」
「はい、リリィちゃんもどうぞ」
「いただくにゃ」
リリィはパンにかじりつくと幸せそうににゃ~と呻る。
ぺろりと平らげると自分の手をペロペロとなめる。
この仕草は実に猫っぽいなと思う。
「美味しかったにゃ」
「おそまつ様です」
フフフッと聖母のように笑うクロエ。
するとリリィがまたすんすんと鼻を鳴らす。
「どうかしたのか?」
「ん~なんかミルクっぽい変な臭いがするにゃ」
「あぁもしかして俺かも、さっき乳搾りしてきたところだし」
「それでかにゃ?」
リリィが俺に鼻を近づけると、眉を寄せる。
「王様ちょっと臭うにゃ」
「そうか?」
自分の腕を鼻に近づけてみると、確かにちょっと泥っぽいというか汗ぽいそんな臭いがする。
「うっ、確かに。おかしいな温泉がでてから毎日風呂入ってるんだけどな」
「多分それ王様の臭いじゃないにゃ。牛さんたちの臭いが移ったにゃ」
「あーなるほど。あの子ら風呂に入れてないからな」
「普段は水浴びとかしますから。放置すると臭いが酷くなりますよ」
確かに。胸はいつも綺麗に拭いているのだが。それ以外のところが問題だな。
「誰かに風呂いれてもらうか」
「王様が洗ってあげないのにゃ?」
「男が洗うとさすがに問題あるだろ」
「気にし過ぎだと思うにゃ」
ここは暇そうなオリオンとソフィー、フレイアにでも頼むか。
朝食後、俺はオリオンたちにホルスタウロスをお風呂にいれるように頼んだ。
「毎日入れてやった方がいいんだろうけど、数が多いからちょっとなぁ」
なんてことを思いながら城の中庭で薪割りに精をだす俺。
カン、カンと小刻み良い音とともに薪が割れていく。
だが、しばらくして。
「モォオオオオッ!」
「あっ、こらちょっと待ちなさい!」
「待て、逃げるな!」
ドタドタと城の中から嫌な音が聞こえる。
「モォォォォォッ!」
ホルスタウロスが鳴き声を上げ、体中泡まみれで外に飛び出してきたのだった。
そしてその後ろを透けたシャツ一枚で走ってくるオリオン、ソフィー、フレイア。
それを見てさすがに面食らう。
「フレイア……お前……もうそっち側に転んだのか?」
そっち側とは通称オリオン、ソフィーのポンコツ組のことである。
「ちょっと王様そっち行ったんで捕まえてください!」
「咲、こいつらめっちゃ逃げる!」
デッキブラシ片手に持ったポンコツ組と怯えるホルスタウロスたち。
全員急いで俺の後ろに回り込むと、悲し気にモゥモゥと鳴き声をあげる。
「なんで洗うだけでこんなに怯えてるんだよ!」
「それは……ちょっと間違えて熱い風呂に落としちゃったり」
「ま、まぁ思いっきり尻尾ふんずけちゃっただけよ」
「モンスターのくせに綺麗な肌してたからブラシでガシガシやっただけです!」
……お前ら。
こいつらがやらかしているところが容易に浮かんでしまった。
「あたしらがやるとほんとに嫌がるんだって。部屋から連れ出すのにもめっちゃ苦労したもん」
「ええ。私達の言うことは聞いてくれません」
「もうあんたやったら?」
「それはまずいだろ。絵的に……」
しかし怯えきっているホルスタウロスを見ているとそういうわけにもいくまい。
一つため息をついて、手招きをする。
するとアヒルの子のようにトテトテとホルスタウロス全員が後ろをついてくる。
「おぉ、魔物使いだ」
そんな大そうなもんじゃないと思いつつ、風呂場へと到着。
風呂場はサイモンズが改修工事を何度も行っているので、それなりに立派なものが四つ。
巨大な石風呂と木製風呂、それにお湯を引いてシャワーのようにした、うたせ湯に露天風呂と、恐らく大規模チャリオットでも見られないくらい充実したお風呂が揃っていた。
過激表現の修正を行っています。
前後の文でおかしくなっている可能性があります。




