引っ越しⅡ
俺は男子寮を後にして、女子寮の前で途方に暮れていた。
「ふぅ……どうすんだこれ……」
どうやら俺の荷物は既に運び込まれた後のようで、引っ越し屋の兄ちゃんが玄関先で「運びこみ終わりやしたー、またよろしくお願いしやすー」と元気な声と、排ガスをまき散らしながら帰って行ったのだが、当の本人女子寮のオートロックがわからず中へ入れず。
「なんで引っ越し屋が知ってるのに、俺は知らないんだよ!」
その場で地団駄を踏む。
だが、女子寮だろうが俺には強い味方がいる。電話帳から白銀揚羽を選び出しコールをかける。が。
「揚羽は今忙しくて電話に出れませんピーっと言う音の後ピーーー……」
「あ、あの揚羽さん、女子寮のオートロックの番号メールでもいいんで教えてください」
揚羽の間抜けな留守電にメッセージを残し途方に暮れる。
「あいついつ帰ってくんだろ」と口に出してからはや一時間。揚羽から折り返し連絡がくる様子はない。
なんとか女子寮に侵入する方法はないものかと思い、俺は女子寮をぐるりと回ってみると、三階の一室の窓が開いている。
洗濯物がたなびき、黒いヒモ下着が見える。
そこで俺はピンときた。あの部屋揚羽の部屋じゃね? と。
「あいつ確か三階だって言ってたよな……」
それにあの派手な下着、間違いないんじゃないだろうか。三階くらいならよじ登れないこともない。
もしかしたら黒川という可能性もなくはないのだが、まぁ黒川はわりかし常識人なので事情を説明すれば多分わかってくれるだろう。
よし、登るか。
そう決めて、俺は手持ちの鞄を肩にかけて女子寮をよじ登っていく。なんか凄い悪いことしてるみたいで気が引けるのだが。
翌日女子寮にスパイダー男が侵入、緊急逮捕とか嫌な情報が新聞紙面に載らないことを祈る。
わりかしあっさりとよじ登ることに成功し、窓の開いている部屋のベランダに手をかける。そのまま柵を掴んで懸垂の要領で体を上に登らせる。
その時強い風が吹き、たなびいていた黒い下着がヒラリと空を舞う。
やばいと思い、目の前を舞っている黒い下着を掴もうとしたその瞬間。
「おぉスィート!!」
どこぞのエロ爺が俺の頭を踏み台にして、空を舞う黒ヒモパンを掴む。
俺は目の前でパンツを頭に被ろうとしているエロ爺を思いっきり蹴り飛ばす。
「なにやっとんじゃい、このエロ爺!」
「ほげーーーっ!!」
エロ爺は吹っ飛んで星となった。
爺は吹っ飛ばされると同時にパンツを手放し、ヒラリヒラリと目の前を落下する。
態勢が悪く手を伸ばせないので、俺は噛んで風に持っていかれることを防いだ。
ふー危なかった。パンツを守った英雄として後世に語り継がれてもおかしくないなと思い顔を上げると、そこには会いたかったマイエンジェルが口をパクパクさせながら俺を指さしていた。
どうしたんだいエンジェル、そんな下着ドロがベランダにひっかかってるみたいな顔をして。
「ふぃがうんだ(違うんだ)」
「それ、わたしの……」
一条はパンツをくわえてベランダにぶら下がる100点の変質者を見て涙目になっている。
どうやら揚羽の部屋だと思っていたが、ここは一条の部屋だったらしい。
「ふぉふぉついてふぉしい(落ち着いてほしい)」
一条は無言で俺に近づくと、そのまま俺の顔面を踏みつける。
「黒か……」
一条のスカートから覗くパンツの色を冷静に口に出すと、容赦なくガスガスと頭を踏みつけられる。
あの落ちます一条さんマジで落ちます。死なないと思いますけど骨折くらいするかもしれません。
その時隣の窓が開き、このクソ寒い中タンクトップにホットパンツ姿の黒川が顔を出す。
どうやら隣でガソゴソしてるのが気になったらしい。
「……なにやってんのカジ?」
「ふぉーどひひところに!(丁度いいところに)」
黒川は俺がパンツ咥えてベランダで懸垂しつつ、一条に頭を踏みつけられている姿を見てスマホを取り出す。
「あーもしもしポリスメン? 変質者がベランダにいるのすぐ来て」
「ふぇいさつはやめて!(警察はやめて!)」
一条の部屋で正座させられる俺。それを愉快な動物が捕まったように見る黒川と、オドオドしている一条。
散々誤解という旨を伝え、なんとかポリスメンは回避することができたが嫌疑はまだ晴れたわけはなかった。
まぁなんといってもちょっと前に下着ドロのレッテル張られてたし。
「んで、オートロックわからなくて待てど暮らせど揚羽からは連絡来ないから、三階に揚羽の部屋っぽいのがあるからあそこから忍び込むかと」
「……はい」
「それ友達でも普通に犯罪だよ」
「弁解のしようもありません……」
「ま、そのへんは揚羽帰ってきたらわかるとしても、一条に謝っときなさいよ」
「はい、大変ご迷惑をおかけしました」
俺は正座したまま深々と頭を下げ、床に額をつける。
すると俺の頭は再び踏んづけられる。
前の下着ドロのときもこんなことあったような気がする。
しかし今回は足が増えている。
「おい黒川、お前に踏まれる覚えはないぞ」
「なんか楽しそうだから」
「なんで……女子寮にいるの?」
「それにつきましては、かくかくしかじかで」
学校に来ていない一条に、刑部の死はふせたまま男子寮が急遽廃寮になることを伝える。
「それについてはあってるよ。あたしも聞いてる」
「そう、なの?」
「急遽出ていくことになったので、女子寮に間借りさせてもらうけど、落ち着いたら出ていこうと思っているので」
「そうなの?」
「さすがに女子寮にいるのは、こっちも肩身が狭いので」
「ああそういうこと。揚羽喜ぶのに」
「なんで揚羽ちゃんが?」
「こいつ揚羽の彼氏だよ。ここに引っ張りっこんだのも揚羽だし」
「セイセイセイ、彼氏というのには語弊がある」
「違うの? 鼻や前歯が揚羽とられたって怒ってたけど」
「決してとったわけではないし、つき合ってるという事実もない」
「えっ、じゃああの巨乳眼鏡?」
「ちゃんと百目鬼さんと呼んで差し上げろ」
「あの子いきなりキャラ濃くなったよね。今までいるかいないかわからないくらい薄かったのに」
「酷い奴だ」
その時ピロリンと電子音が鳴り、黒川はスマホを取り出して部屋を出ていく。
その間俺と一条は二人っきりに。
気まずい。あれほど、マイエンジェルと言っておきながら二人になると何を口にしていいかわからない。
その沈黙を破ったのは一条からだった。
「あの……」
「はい」
「あまり、関わらないで……」
「……はい」
まともな会話が関わらないでというのはなかなかに泣ける。
しかしながら今までのことを鑑みれば、避けられるのも当然と言えるだろう。
少し怯えているようにも見えるのが更に凹むのである。
俺はこれ以上ここにいても迷惑をかけるだけだと思い、もう一度一条に謝ってから部屋を出ようとする。
が、長時間正座していた為、足元がふらつき、よろけてしまう。
そして壁に手をつこうと思い手を伸ばすと、丁度隣の部屋への扉に手がかかり扉は俺の体重に耐えられず開かれる。
「そこはダメ!」
一条が慌てて体当たりするように突っ込んでくるが、時すでに遅し。俺は隣の部屋に転がり込んでしまった。
「いった……」
ビターンと顔から倒れ込んだ俺は鼻をさすりながら体を起こす。
何やら一条が慌てていた気がするが、そう思い辺りを見渡すとそこにはゲームの山、山、山。
自分も自称ゲーマーだと思っていたが、このゲームの山にはさすがにかなわない。
並んでいるゲームの山を見ると、ジャンルに偏りがあるようで、どうにも過激なアクション、主にお前年齢指定引っかかってるだろというZ指定のゲームが非常に多い。
「コールオブデイにバトルエリア、オーバークロックにこっちはゾンビものか……」
そしてふと気づく部屋の違和感。
ぐるりと見渡してみると、そこにはモデルガンやナイフ、ガスマスクに手錠、拘束具、どこで仕入れたのか悪の秘密組織みたいな軍服に、ハーネスやインカムまである。
それにあっちは刀か。いや、あれメタルギアーズの電電が使ってた超振動ブレードだな。
「…………一条、お前ってもしかしてミリオタ?」
「ちが、ちが……そういうゲーム好きな……だけ」
そういや灰色世界の一条も、SFみたいな格好してたな。
もしかしてあれサイボーグ忍びとかからきてるのかもしれない。
一条は涙目になりながら、壁にかけられているナイフを手につかむ。
あの、マイエンジェル、さすがに君の眼光でナイフを手に持つと、わりかし笑えないくらい冗談きっついよ?
「誰にも……言わないで」
「はい、言いません」
俺は両手をあげて、ナイフを握る一条に無抵抗アピールをする。なんなら腹をだして服従アピールをしてもいいくらいだ。
しかしこの状況でそんなことしたら普通に刺されそうなのでやらないが。
周りをよく見ると、モデルガンも多いが一番多いのは眼帯やアイマスクといった目を隠すものがとにかく多い。
やはりコンプレックスなのだろう。
「だ、大丈夫だ。FPSとかロボゲー好きとか普通だし、むしろバイオとか女子の方に人気あるくらいだしな。まぁ俺は新作PV見た瞬間怖くて購入を断念したが」
なんとか小粋なトークで場を持たせたいと思っているのだが、一条の殺人鬼的オーラは解消されない。
なにかまだ見られては困るものでも埋まってるんじゃないだろうか。
ならば彼女がはやまってしまう前に、この部屋から抜け出そう。
と思った瞬間、部屋の押入れが俺はもう限界だと開いた。
そこには色とりどり様々なアニメキャラのコスチュームがぶちまけられていた。
「…………」
「…………」
どうやらこのミリタリー系の趣味はフェイクらしい。いや、今はまっているのは事実かもしれないな。
「…………べ、別にいいと思うぞ、コスプレが趣味でも」
一条は持っていたナイフを自身の喉に向ける。
「やめろ、死ぬな、生きろ!」
「お願い死なせて!」
「たかだかコスプレ趣味がバレただけだろうが!」
「こんな顔で、こんな人殺しみたいな目でコスプレしてごめんなさい! 生きててごめんなさい!」
「大丈夫だ生きろ!」
なんだ生きろって。産まれて初めて使った。
「俺は良いと思う!」
めいいっぱい慰めの言葉をかけたつもりだったが、
一条はジワジワと目じりに涙を貯める。
「うわーーーーーあああああん」
ダメだ、俺じゃ好感度が足りない!
恐らくここにいるのがパー君ならなんとかなったかもしれないが、ただの下着泥棒じゃ彼女は泣き止まない。
俺は意を決して、ベランダに走り、一条のヒモパンを頭に被った。
「ほーら一条、俺も仲間さ、皆一皮むけば変態、怖くない」
俺の真横にコンバットナイフがビーンっと突き刺さる。
あと半歩ずれてたら普通に顔面に突き刺さってたぞ。
「うわあああああーん!」
「ダメか、自分より下の奴を見たら持ち直すかと思ったんだが」
「出て行って、お願い!」
「ほんとに、すまん」
俺は頭を深く下げ、申し訳ない気分になりながら彼女の部屋を出た。
「隠していたエロ本見つかった気分なのかな……。一条のコスプレとか、最高すぎるのにな……」
はぁと大きく息を吐くと、外でスマホをいじっていた黒川と出くわす。
なんだ、てっきり電話なのかと思ったのだが、どうやらメールのようだ。
「なに、中から泣き声聞こえるけど?」
「ちょっと悪いことしちまってな」
「何したの?」
「パンツ頭に被って、仲間だよって言ったら泣いた」
「そりゃ泣くわよ。あたしだって泣くわ」
完全にやらかしだな、これは……。
「ふーん。いいこと教えてあげよっか?」
「良いことって?」
黒川は親指と人差し指で丸を作る。
「そんな内容のわからない情報に金なんか出せんぞ」
「じゃあ最初だしサービスしとく。カジ、コネクト入れてる?」
「ああ、最近なにかと話題の……」
「じゃあさ、コネクトの宛先IDを0000にして願い事を入れてみなよ。そしたら叶うから」
「お前もやってるのかよ ID0000ってAIなんだろ?」
「そっ、でもそこに願いをかけるとたまに叶うって最近噂になってる」
「たまにかよ」
「十回に一回叶うかなってくらい」
「あんま叶わないな」
「まっ、信じる信じないは自由だから。それともう一つ良いこと教えてあげよっか?」
「なんだよ、まだあるのかよ」
「五百円」
「高いな」
「こっちは絶対後悔させないわよ」
「同級生からたかるなよ。くだらないことだったら怒るぞ」
俺は黒川に五百円玉を払う。
「まいど~、とりあえず一条に嫌われたくないなら、頭に被ったパンツ返してきた方がいいわよ」
「…………」
俺はそっと玄関に彼女のヒモパンをたたんでおいておいた。
黒川恐るべし。
「カジがバカなだけっしょ」
黒川はクスリと笑った後、親指で五百円玉を弾きながら部屋へと戻る。
俺の新居は、この黒川、一条、俺、揚羽の並びになっている三階なのだが、これ朝とかに出会ったら、お互いなんて挨拶すりゃいいんだろうな。
そう思ってると突如俺の背中にローラー付きのドロップキックが浴びせられる。
「いった!」
「イェーイ、ダーリン引っ越しおめでとう」
「おめでとうなのか?」
連絡のつかなかった揚羽が、真凛、茂木と一緒にスーパーのビニール袋をさげてやってきたのだ。
「なにそれ?」
「引っ越し祝いに決まってんじゃん」
「まだ中全然片付いてないんだが……」
「ウチらも手伝うよ」
「これで俺も大義名分が出来て、堂々と女子寮に入れるぜ!」
茂木は大喜びしているが、大丈夫か、ここ住人でもロックあけてくれなかったぞと思う。
「黒乃も呼んでー」
「あぁ……一条さんはいいです、さっき盛大にトラブったところですから」
「そうなの? てか、なぜに敬語」
はぁっと大きく息を吐いて、俺たちは新居の荷ほどきを行うのだった。