ID0000
女子寮へと引っ越すことになり荷造りを行うと、あっという間に引っ越し屋の兄ちゃんたちが俺のプラモやゲームの入った箱を運んで行ってしまう。
ここにいたのは一年半程度だったが慣れ親しんだ部屋の中にはなにもなくなりガランとしていた。
ほんの少しだけ寂しさを感じつつも、俺は手荷物を持って男子寮の外へと出る。
「いわくつきの物件になっちまったもんだな」
未だに黄色いテープの向こう側で警察たちは慌ただしくお勤めをしている。
恐らくこの事件は普通の警察では解決することができないだろう。不思議世界から落とされたら男子寮の上に落ちて死ぬって、そんなファンタジーだかミステリーだかよくわからん結末誰が想像できるんだ。
俺は茂木から預かった、川島のスマホにコンビニで買った充電器を挿し電源を起動させる。
「こいつアイコンぐっちゃぐちゃだな……」
表示された画面には山のようにアイコンが並んでおり、どれがなんのアプリなのかさっぱりわからない。
「コネクトは……と」
ようやくコネクトのアイコンを見つけ、タップして中を表示させる。
するとそこには生々しい刑部や鼻、前歯との援助的な交際的な文面が躍っている。
「次するときはもっと優しくするからね♡ 何が優しくするだ、鼻の奴ハートの絵文字なんか使って気持ち悪ぃな」
川島の返信内容はどれも淡白なものだったが、その中で天地に送っている文だけは長文が多く、キワドイ自撮り写真なんかも送り付けている。
逆に天地からの返信はそっけないものが多く、なぜか一条のことを聞いたり気遣ったりする文面が多い。
なんというか鼻たちは川島に熱を上げ、川島は天地に熱を上げ、天地は一条にというような図に見えてくる。
「なんでこいつ川島に一条のこと聞いてるんだろうな」
首を傾げながら、問題のID0000とのやりとりを表示させる。
美沙「お金が欲しい」
0000「お金ヲ用意しマシタ。あなたのお願いを達成しマシタ」
美沙「小銭とお札一枚ずつじゃなくてもっと沢山ほしい」
0000「エラー コード32378991」
美沙「天地くんと付き合いたい」
0000「エラー コード92981003」
美沙「もっと美人になりたい」
0000「エラー コード91990337」
美沙「二重になりたい」
0000「川島美沙を二重にしマシタ。あなたのお願いを達成しマシタ」
美沙「顔のホクロを消したい」
0000「川島美沙のホクロを消しました。あなたのお願いを達成しマシタ」
「なんだこれ……川島がなんか0000にお願いして、その度に0000から反応が返ってきてる」
このエラーとよくわかんないコードが並んでるのは達成されなかったってことか?
なんだろう、天地とつき合ったり、美人になりたいってのはエラーが出てるが、その下の二重とかホクロを消したいってのは受理されてるみたいだが。
抽象的な綺麗になりたいとかはダメで、具体的なものじゃないとダメってことか? それと自分に関わること以外はできないのかもしれない。
川島の願いと0000の回答を見ていくと、段々願いの内容がエスカレートしていってるのがわかる。
その中で決定的なものを見つける。
美沙「山田弘子がウザイ」
0000[山田弘子を■■■マシタ。あなたの願いを達成しマシタ]
美沙「山田弘子を殺さないで」
0000「山田弘子を延命しマシタ。あなたのお願いを達成しマシタ」
「…………」
山田弘子がウザイと送ると、0000の返してきた答えがあまりにも極端な排除方法で俺は口元を押さえる。
その直後びびったのか川島が願いを取り消す文を送っている。
そのおかげで山田は助かった?
「だからなんなんだよ、この0000ってのは……機械の定型文みたいな返事ばっかり返してるけど」
俺が頭をかくと、後ろから声がかかる。
振り返るとそこにはカーキー色のコートにハットを被り、口ひげをたくわえた男性がいる。
「失礼、わたくしこういうものです」
名前欄に目黒と書かれている警察手帳を見せられ、一瞬緊張し、俺はゆっくりと怪しまれないように川島のスマホをポケットに入れて隠す。
制服姿じゃない警察もいたんだなと思う。
「すみません、事件のことでお聞きしたいのですが」
目黒が切り出すと、ありきたりなこの辺りで不審な人物は見なかったか? 最近おかしなことはなかったか? 刑部は恨まれるような人間だったか? などを聞かれ、俺はどれも特になく、最後のはあまり人望のある教師ではなかったが、さすがに殺したいとまで思う人間はいなかったと思うと答える。
目黒は手帳に全く役に立たない証言を書きながら、あのことを聞く。
「殺したい人間はいなかった……それでは、数日前校舎にビラがまかれていた事件をご存知ですかな?」
「あぁ一条と、刑部がラブホにはい……」
おっ? まさかこの警察、俺のエンジェルが刑部を殺したとか思ってるんじゃないだろうな。
「あんなのタチの悪い合成ですよ。傷つけられた女生徒が可哀想です」
「ふむ、その様子ですと、かなり広い範囲で知られている事件のようですな」
「俺としてはむしろそっちの方を解決してほしいですけどね」
「なるほど。それでは最後にコネクトというアプリをご存知ですかな? 今中高生を中心に普及しているコミュニケーションアプリだそうで」
「知ってます。高校生なら大体入れてると思いますよ」
「あまりわたしはアプリなどには弱いのですが、あれは相手のIDにメッセージを送信してリアルタイムにチャットのような会話ができるレスポンスの早いメールのようなものだそうで」
「はい、それが?」
「IDナンバー0000という人物はご存知ですか?」
俺はそのIDを聞いて、ぞわっと産毛が逆立つような思いだった。
なぜそのIDを警察が知っているのか。
「いえ、知りません」
「そうですか……」
「その……刑部先生がID0000だったんですか?」
「いえいえ違います。被害者とその0000とやりとりがあったみたいで」
刑部が0000と連絡をとっていた?
「ここの住人には一応全員に話を聞いたのですが、知らないのはあなただけでしたよ」
「えっ、0000をですか?」
「ええ、他の住人は全員0000の存在を知っていました」
「す、すみません、0000ってなんなんですか?」
「その様子だと本当にご存知ないみたいですな。話によると0000はコネクトと同じくらい知名度が高いと他の方は言っていましたが」
そんなバカな。今までID0000なんか聞いたことがないし、誰かが話題にしていることすら聞いたことがない。
「0000とはどうやらコネクトアプリの中にあるAIのようで、そこにメッセージを送るとAIが自動でメッセージを返してくれるようです。明日の天気や、交通情報なんかをメッセージに応じて返してくれるもののようですな」
「そ、そうなんですか……」
IPONにも標準で入ってる検索AIと同じやつだろう。ホームボタン二度押しするとすぐに出てくるやつだ。
「しかし被害者はまるで人と接するように0000とやりとりをしていましてね。警察としてはそこが不可解で……わたしからはこれだけです。ご協力感謝します」
目黒警部は小さく礼をして現場の方に戻っていくと、勝手に入り込んできた大きな眼鏡をかけた小学生をつまみ出す。
「こら高木! また一般人が入り込んできてるだろ!」
「す、すみません。あれぇ、また君かどっから入って来たんだ?」
「えへへ、おじさんにちょっと頼まれて~」
「ほんとに君がいるところ殺人事件ばっかりおきるよ」
小学生は若い警察官に連れられて退場していく。
「ID0000……」
俺はほんとにそんな機能あったか? と首を傾げ、スマホのググレ先生に聞いてみる。これで俺が高校生のくせに人気アプリの機能を一つも使いこなせていない化石学生なのかどうかはっきりする。
だが、俺は出てきた検索結果を見て顔をしかめる。
[コネクト ID0000 機能]と検索欄に入れて表示された結果は。
検索結果8件 コネクトワン株式会社 マンピョン電話帳 0000-XXXX
おおよそコネクトとは全く関係ない、どこぞの会社の電話番号が表示されるだけで、件のID0000については全く検索結果に出ない。
これだけ人気のアプリに付随している機能でググレ先生が全くひっかけてこないはずがない。
検索ワードを減らして試してみるも結果は同じだった。
結論……コネクトにID0000なんて機能はない。
「嫌な感じがするな……」
昨日まで知らなかったはずのものを翌日唐突に全員が知っている。そんな不気味さを感じる。
俺はふと見られているような気がして、辺りを見渡すがいるのは慌ただしく現場検証を行っている警察だけだ。
気のせいかと思い、ポケットに手を入れるとさっき隠した川島のスマホが出てくる。
スマホは着信を知らせるランプが点灯していて、画面を開くだけでメールが開かれた。
そこには遠くから今の俺を撮影した写真が添付されている。
「見てるってことですかね」
俺は撮影したと思しき場所を見やるが、そこには誰もいない。
アドレス欄にはローマ字でお前を殺すと書かれた、シュールな捨てアドレスが表示されている。
スマホがもう一度ランプを光らせると、もう一通メールが届く。
そこには揚羽、茂木、真凛三人の学校での写真が添付されていた。
それの意味することは言わずもがなだろう。
「まずいな……」




