引っ越し
俺たちは黒川に言われた通り女子寮すぐ近くの男子寮へと向かう。
確かにパトカーが山のように来ており、まさか立てこもり事件でもあったのではないだろうかと思う。
だが、その訳はすぐにわかった。
「だ、ダーリンあれ……」
揚羽が指さす先を見ると、そこには男子寮の屋根に引っかかるようにして男の遺体がぶら下がっている。
それは禿げた頭頂部に、青い顔をした俺たちがつい最近までトラブルを被っていた男。
「刑部……」
ぶら下がったまま白目をむいている刑部は明らかにこと切れており、この異常な死に様は殺人事件以外にありえないだろう。
頭に嫌な予感が浮かぶ。それはあの少年が抱えていた大きな布袋だ。丁度成人男性くらいの大きさで、刑部が今はいているような革靴がのぞいていたのだ。
翌日刑部死亡事件は開かれた全校集会で明らかにされる。
集会では亡くなったという事だけが告げられ、原因や動機に関しては明らかにされることはなかった。
学校側も逆にこっちが聞きたいという感じなのかもしれないが、刑部はつい先日一条とのラブホビラをばら撒かれた張本人でもある。いわば学校側の醜態の塊のような人物だ。動機だけなら自殺の可能性も考えられなくもない。
警察だけでなくマスコミも学校にやってきているので、質問には答えないように念を押される。
何もないが取り柄だったはずの学校はこの異常な事件に変な興奮状態にあった。
刑部の異常な死にざまは既に全校生徒で噂になっており、男子寮の屋根で宙吊りになっていたことから吊られた男などとも呼ばれていた。
現在男子寮に住む者は全員全校集会終了後、教頭に呼び出され今後の男子寮についての説明を聞かされる。
警察の捜査で刑部の死亡推定時刻には男子寮に誰でも侵入することができたというセキュリティの甘さが浮き彫りになり、学校は警察、教育委員会両方から睨まれているらしく、捜査終了後男子寮は取り壊しが決定となったらしい。
元から廃寮にする物件だったため、入居者は全員合わせても三人と少なく、入居者は捜査の邪魔にならぬようという建前で即時退去を求められたのだった。
昼休み、茂木と真凛、揚羽の三人はいなくなった勇咲の机を囲んで昼食をとっていた。
「大変なことになっちまったな」
「他の寮の人たちも大丈夫やったんかな」
「あの寮確か、あいつともう一人か二人くらいしかいなかったはず」
「大丈夫やといいけど」
「昨日の川島の件もあるけど、今はそれどころじゃないな」
「そうやね」
「ミサミサがどうかしたの?」
「いや、昨日百目鬼さんと商店街によって帰ったんだが、その時川島を見たんだよ」
「そうなんだ。あの子どうしたんだろ」
「まだ続きがあって、川島の奴コネクトのID0000ってのと連絡をとってたみたいで……」
三人がコネクトの謎のID0000について話していると話題の主が疲れた顔で帰って来た。
「疲れた……」
「お帰り」
俺は揚羽から差し出されたイチゴ牛乳をそのまま飲む。
真凛が、はっ? 何飲みさしシレっと渡してんの(真顔)みたいな顔をしているのはなぜなのか。
「どうだった?」
「とりあえず犯行が疑われている時間に男子寮内に誰でも入れたのが問題らしく、ここのセキュリティどうなってんだって警察と教育委員会から言われてるみたいで、学校側は他にボロが出る前に寮をとり潰したいらしい」
「マジかよ」
「警察の捜査が終わってからになるみたいだけど、入居者は即時退寮しろってさ」
「いきなりだな」
「元々廃寮予定の建物だから、学校側のさっさと潰しとけば良かったってオーラがすげー伝わって来た。後なんか刑部が空から降って来たみたいに屋根に激突したらしく、屋根の一部が破損してるらしい。勿論それも直す気ないってさ」
「ひっどい話。ダーリンなんも悪くないのに」
「つか、いきなり出てけって言われても困るだろ。どうすんだ?」
「俺にもわかんねぇ。とりあえず宿なしになった。学校側が最悪学校で泊まるかって言ってきたが、それは拒否った」
「そりゃ嫌だわな」
「う~ん、それやともうご両親に頼るしかないんちゃう?」
「残念、俺に両親はいないのでした」
「ご、ごめんね」
真凛は地雷を踏んだと思い慌てて謝るが、母親は別に死んでいるわけではないし、俺自身特に気にもしていない。
「いや、気にしなくていいよ。どこの家庭も円満なところだけじゃないってだけだしな。今時珍しくもない」
学校側から廃寮の件を俺の母親へ伝える為連絡を入れたらしいが、母親は「そんなこと言われても私は知りません」と言われて切られたらしい。
さすが俺の母親ブレないわ。
「ゴリ山がしばらく泊めてやろうか? って言ってきたけど音速で拒否ったわ。さすがにゴリ山に厄介になる気にはならん」
「そりゃそうだな。あいつ実は男色家って話があるしな」
えっ、なにそれ怖い。聞かなきゃ良かった。
「うーん、マジ困った」
俺は机の上でスライムみたいに溶けるしかなかった。
「てことでもっさんしばらく泊めてくんねー?」
「ウチは構わんが……いや、ダメだ。俺の親父出張から帰ってるわ」
「ああ、そりゃダメだな」
「えっ、茂木君のお父さんって怖いん?」
「いんにゃコイツの父ちゃんと母ちゃん、出張から帰ってくると子供が視界に入らないくらいベッタベタする」
「言ってくれるな」
「昔中学の時に泊まりに行ったときにでくわしてな。あのいたたまれなさはやばい」
「いい歳してお互いをちゃんづけで呼ぶからな……」
完全にお邪魔虫と化してしまうくらいなら、さすがに学校に泊まった方がマシだろう。
「お前よく今までグレずに生きて来たな」
「爆音で音楽鳴らしながらゲームすることにしてるからな」
「た、たくましいね……」
「ダーリン泊まれるならどこでもいいの?」
「まぁ多くは望まないが」
「じゃあ女子寮行けばいいんじゃない? あそこ部屋余ってるっしょ。卒業までならほぼタダみたいなもんだし」
「いや、それはさすがに」
と言うが早いか、揚羽はどこかに電話をかけだした。
「あっ、お爺ちゃん揚羽お願いがあるんだけど……ダイヤ? うん、いる。そうじゃなくてさ、急に寮を追い出されて凄く困ってる友達がいるんだけど、その子を女子寮に入れてあげたいの。お爺ちゃんから学校に言ってくれた方が早いかなって。うん、ありがと」
「お前の爺ちゃんそんなことできるの?」
「お爺ちゃんに頼めば多分宇宙でも行けると思う」
爺ちゃんやばない?
しばらくすると校内放送が鳴り響き、俺は職員室へと呼び出された。
「いけたんじゃない?」
「いくらなんでも早すぎるだろう」
そう思いながらも職員室に入るとゴリ山が額に変な汗をかきながら、特例でお前を女子寮に入れることが決まったと伝えられる。
揚羽の爺ちゃん凄すぎない?
ゴリ山が「やはり女子寮に泊まるというのは風紀的に問題があるから、先生の家に」と言い出して、恐らく99%親切で言ってくれてるのだと思うが、1%の疑念が払拭できないので俺は再び音速で断って教室に戻った
「……女子寮で暮らせって」
「やったね」
やったのだろうか。やっちまったじゃないのだろうか。
「いろいろ問題あると思うんだが」
「これでいつでも一緒一緒」
「えっ、部屋あるんだよな?」
「揚羽と一緒の部屋でいいじゃん」
「あっ、そういえば白銀さんって女子寮……」
真凛の顔が、この女謀ったな! と驚愕に彩られる。
「や、やっぱり男の子が女子寮に行くっていうのは問題あるんとちゃうかな?」
「えーなんでー」
「やっぱりウチらもいい年やし、間違いとか」
「起こらなくても起こすけど」
シレっと言う揚羽に嫌な汗をかく真凛。
「そ、そうや梶君ウチ来たらどう? ウチも部屋余ってるし、パパとママも帰ってこーへんし。気兼ねないと思うで」
「それの方が問題あるだろ」
「な、なんでよ」
真凛、なぜお前は涙目になっているんだ。
その後俺は茂木と真凛から昨日川島に会ったということと、彼女の様子がおかしく信じられないと思うが悪魔のような風貌に変身し逃げて行ったと。また彼女のものと思われるスマホを入手することができて、そこにはコネクトID0000なるものと連絡を取り、不穏なやりとりの履歴を見たことを聞く。
ただ今はバッテリーが切れてしまい、中を見ることができない。
バッテリーに関してはコンビニかどこかで充電器を買うことにして、それよりも悪魔的な風貌に変身したというのが気になる。
まさかそれが灰色世界にいた一条が言っていた侵入者なのかもしれない。