46 正解はこちら!
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公リュウセイは、異世界で宰相の娘エリスを助けた。
しかしナグム=サハムという男の罠により、エリス襲撃犯として指名手配されてしまう。
反撃の糸口を探す最中、変装したリュウセイとエリスは、サハムと対面してしまう。
そこにエリスの父・宰相バハロフの死を告げる伝令が飛び込んできた――
「そんな……父上が……」
「落ち着いてエリス、きっとなにかの間違いよ」
エリスとアエスタが真っ青な顔で抱き合っている。だというのに、サハムはくっくっと笑い始めた。
その声はあまりに場違いで、居合わせた者全員の視線を釘付けにするには十分すぎた。ギルドマスターが、おそるおそる彼の肩に手を置く。
「サハムよ、どうしたというのだ。ああそうか! この伝令は、よく見ればお前の部下だ。さてはお前、ワシらを驚かせようとウソの伝令を……」
「十年ですよ、おじ上! この瞬間のために、僕は十年もかけたんですよ!」
口の端から泡を飛ばして、サハムは早口にまくしたてた。目は爛々と輝き、手はガシッと――いや、ギリッと肉を絞り上げる音が聞こえてきそうなほど強く、おじの手を握りしめている。
「ちょっと待て――じゃなかった、待ってください。話が見えないですよ!?」
エリスにくっついていた金髪の侍女が、割って入る。するとサハムは、偉そうに彼女を見下ろしながら説明を始めた。
「お前の主人は覚えていないか? まあ、あんな傲慢な性格では仕方ないか。おじ上は覚えておられるでしょう、僕とこの女が出会った日のことを!」
「この女とは、エリスお嬢様のことか?」
うめくように問いかけるギルドマスターに、サハムはうなずき返す。
「あの日、僕は怠け者の侍女を、物置に閉じ込めて罰していたんです。他の侍女が助けに入らないように、父上から頂いた短剣を持って、入り口で見張っていました。そこへ、おじ上がこの女を連れてきたんです」
「思い出したぞ」
震え声でエリスが告げた。
「妾が行ったとき、物置の中の侍女は弱々しい声で、出して欲しいと訴えておった。他の侍女たちは口々に、その者は熱があるのです、どうか出してやってくださいと申しておった。それなのに、この男ときたら『近寄る者は手打ちにしてくれる!』と短剣を振り回しておるものだから――申したのだ。斬りたければ、妾を斬れと」
「なんだ、覚えていたか! なら話は早い!」
サハムは一転、激しい憎しみの表情でエリスを睨みつけた。
「あの時、お前を斬らなかったこと、ずっと後悔していた! 父上にぶたれ、短剣を取り上げられた僕の気持ちが分かるか? 『心が弱いから、そのような過ちを犯すのだ』と言われた僕の気持ちが!? 僕は臆病者なんかじゃないのに!」
「……まさかとは思うが、妾を斬れなかったことが『過ち』だと解釈したのか?」
「それ以外のなにがあるッ!?」
パシン、と乾いた音が響いた。エリスがサハムの頬を、平手で打ったのだ。
バチンッと大きな音が響いた。サハムがエリスの顔を殴り返したのだ。倒れこんだ彼女に、俺たちは揃って駆け寄った。ただひとりギルドマスターだけが、事の成り行きを呆然と眺めていた。
サハムはツバを吐き捨てると、いまいましそうに呪いの言葉を吐いた。
「つくづく腹の立つ女め。だが、いいか。お前の父親は死んだ。生前、各方面から賄賂をもらっていた証拠はキッチリ揃えてある。お前はもう何の後ろ盾も無い。侍女も奴隷も連れていけない。たったひとつ、僕と結婚するという道しか無いんだ! さあ言え、私を娶ってくださいと!」
「言ったらどうなる?」
「断る!」
サハムは両手を広げ、うっとりした表情で叫んだ。
「なぜなら、それが僕の望みだからだ!」
「……こちらこそ願ってもない」
エリスは強気にも言い返して、立ち上がろうとする。頬を流れる涙を両手で拭って。
……不謹慎かも知れないが、俺はその姿が気高く、美しいと感じてしまった。
しかしサハムは、そう受け取らなかったようだ。
「んん? まだ自分の立場が分かっていないようだな。お前は犯罪者の娘、俺は豪商の息子にして冒険者ギルドの身内。住む世界が違うんだよ。ですよね、おじ上?」
「それは、その……」
ギルドマスターは脂汗を流している。
それをサハムは気にも留めず、腰に下げていた短剣を抜き放った。そしてエリスと手をつないでいた獣人の娘を、無理やり引き離す。エリスが抗議の声を上げた。
「なにをするのじゃ!?」
「うるさい! 言っただろう、この奴隷は処分すると。お前の目の前で殺してやるぜ、そのムカつく態度が悪いんだからな!」
「あの、ちょっといいですか?」
我慢できずに、俺は待ったをかけた。
「あン? なんだ奴隷」
「周りをよく見て欲しいんですけど」
俺に促されて、サハムはようやく周囲の状況を見渡した。
みんなが怒っていた。怒っていないのは、真っ青な顔をしたギルドマスターだけだった。
誠実なアエスタも、温厚なエリスも、目の前の悪党に強い怒りを抱いていた。
そして、それは金髪の侍女も同じだった。
彼女は、かぶっていたカツラを投げ捨てると、俺に向かってこう叫んだ。
「ケダモノ! そいつ、やっちまえです!」
「ああ、全く同感だ」
「なにを……ぐほッ?」
ドスンと鈍い音が響く。
俺――獣人の娘そっくりに変身していた文字書き――が、サハムの腹に容赦ないボディーブローをブチ込んだのだった。
「貴様、一体……」
「やれやれ。こういうのは花嫁の父親にやってもらうつもりだったんだけどな。俺が代理だ」




