47 大団円まであと少し
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公リュウセイは、転生した異世界で、宰相の娘エリスを助けた。
彼女を狙っていたのは婚約者だったはずの男、ナグム=サハムだった。
下劣な本性を現したサハムに、リュウセイは怒りの拳を叩きこむのだった――
俺は自分の腕に書いた、変装の文字を消した。ボシュっと火に水をかけたような音がして、元の姿を取り戻す。
フェレス本人も、フード付きのマントを脱ぎ、こちらに投げてよこした。俺が着ていた服は、元々貫頭衣なので、裾が短くなってしまう。肌の露出が増えてしまうため、羽織れるものがあるのは、ありがたかった。
変身が解けた俺を見て、サハムは歯噛みして凄んだ。
「逆賊! 貴様ァ、よくも僕の前に顔を出せたな!」
「ずいぶんな言いがかりだな。俺はやましいことなんて、なにもしてないぜ?」
「うるさい! おい、衛兵! こいつを捕らえろ……いや殺せ!」
その声を受けて、鎧を着こんだオッサンどもが、ビクッと背筋を正した。
「お言葉ですがサハム様、我々は一度、ヤツの奇妙な魔法に負けておりまして……」
「そんなことは知っている! どうするべきか自分で考えろと言っているんだ、マヌケめ!」
――おい、どうするんだ。
――同時にかかれば、なんとかなるか?
――なら、お前が行けよ。
俺は深く溜息をついた。衛兵のオッサンたちに同情してしまったからだ。
「無茶な上司を持つと大変っすねえ……」
「お前のせいで大変なんだよ、お前!」
イヤミに聞こえてしまったのか、キレたオッサンたちが殺到してくる。
その足元に、俺はそっと一枚の紙を滑り込ませた。書かれた文字は「急斜面」。
「うわーっ!? 廊下の端に向かって落ちていくぞ!?」
「だからイヤだったんだよぉーっ!」
「ルーンマスター相手に近寄れる訳ないじゃないかーっ!」
オッサンたちは断末魔の叫びを残し、視界の外へと消えて行った。
一方、サハムは平然とその場に立っていた。その姿勢には微塵も乱れた様子が無い。オッサンたちより鎧の重さだけ身軽とは言え、大口を叩くだけの身体能力を持っているようだ。
サハムは、キザったらしく茶髪をかき上げると、恰好をつけてこう言った。
「ほほう、報告通りだな。お前は通常のルーン魔法とは異なる術を使うが、単純に言って心が弱い。敵は己の身内でもないというのに、殺す度胸はないんだな」
「……なんだよ、その言い方。すげえ頭に来たんだけど」
さっきからコイツの言い草は、持っていないものを自慢している子供のようで腹が立つ。
身内――幼くして親に捨てられた俺の、一番弱くて痛みやすい部分をえぐる言葉だ。そんな俺の心情を知る由もなく、サハムは上から目線を崩さない。
「どこの馬の骨か知らないが、僕の手を汚すには及ばない。圧倒的な火力で、消し炭にしてやろう」
「やってみせろよ!」
するとサハムは胸から短い竹筒のようなものを取り出した。エリスが、ひっと息を飲むのが聞こえてきた。
「それは竜招きの笛!? そんなものを使えば街がどうなるか、分かっておるのか!?」
「大丈夫さ、この街はもう僕の街だ。誰にも手出しはできやしない」
……竜招きの笛? 竜という単語に、なんとなく引っかかるものがあったが、俺はなにも言わなかった。
サハムが笛を鳴らす。遠くから「ギャオオオオッ!」という鳴き声が聞こえてくる。エリスが俺にしがみついて泣いた。
「リュウセイ、どうしよう!? このままではお主が、いいや、街全部がドラゴンに焼かれてしまう!」
「竜ってアレのこと?」
俺が指さした先、サハムの背後の窓から見える青空に、一点の赤いシミのような点がある。それはどんどん大きくなり、監獄塔の壁をブチ抜いて、あっという間に俺たちの視界の大半を占めた。
塔の下、街のあちこちから悲鳴が聞こえてくる。現れたのは、巨大な赤いドラゴンだった。
「見ろ、レッドドラゴンだ! この日のために街の近くに呼んでおいたのさ。さあ、このゴミどもを焼き殺せ!」
「よっ。久しぶり」
「ギャッ!?」
俺が声をかけると、竜はその場で飛び上がって、天井に頭をぶつけた。
なんという偶然。この竜は、俺が転生した初日に、うっかり殺して生き返らせた竜だった。……正確には、殺したのはこの竜にとどまらなかったのだが、そこは考えないことにしよう。全ては過去のことだ。
とにかく! 俺はこの竜を一度殺しているし、竜も殺されたことを覚えているのだ。
俺は最高級の笑顔で語りかける。
「ドラゴンくん、今日はなんの用? 俺に会いに来たの?」
「ギャッ……ギャオッ……」
「どうした!? 早くぶち殺せ、簡単な命令だろう!?」
「ギャウゥ……」
俺とサハムの板挟みになり、竜はおどおど視線を泳がせた。
――もう、ひと押しか。俺はおもむろに紙を取り出すと、優しい口調で語りかけた。
「悲しいなあ、ドラゴンくん。まさか俺とキミの仲で、殺し合いをするのかい? 偶然とは言え右目が治って、喜んでくれてると信じていたんだけどなあ。悲しいなあ」
「ア……ア……」
ここで一転、悪い笑顔になって話しかける!
「さあて。それじゃあ今日は、なんて文字を書こうかなあ?」
「フギャアアアーッ!」
「あっ、おい、どこへ行く!?」
トラウマのスイッチが入ったのか、竜は涙を流しながらイヤイヤと首を振り、身をひるがえして逃げて行った。
……後には、ぽかんとした顔のサハムだけが残された。
「なんで? なんでレッドドラゴンが逃げ出すんだ? お前は一体なんなんだ?」
「ただの文字書きさ。それより切り札ってのは他にあるのか? なければ、お前をボコボコに殴って裸で吊るしたいんだけど」
「チィッ!? 仕方ない、僕自ら相手してやる。おじ上、ここは共に戦いましょう!」
サハムは竜招きの笛をしまうと、事の成り行きを眺めていたギルドマスターに話しかけた。俺は抗議の声を上げる。
「おい、ジイさん! コイツを守るだなんて野暮なことは言いっこなしだぜ」
「――ワシは……ワシの身内は守らねば……」
しかし負けじと、エリスも声を上げた。
「白虎のおじ上、妾からもお願いじゃ。いま助けて欲しいとは申さぬ、ただ、これ以上は黙って見ていてくださらぬか」
「お嬢様……ワシはお嬢様を害するつもりは……」
「おじ上! あなたらしくもない、なにを弱気になっているのです」
煮え切らない態度のギルドマスターに、サハムが声を荒げる。その時だった。図々しくも憎めない、あの声が聞こえてきたのは。
「そうだぞ、白虎の。こんなバカをかばうだなんて、お前らしくもない悪手じゃないか」
「ぐえっ!」
廊下の端で転がっていた護衛のオッサンが、潰されたカエルのような声を出した。
オッサンを踏み台にした張本人は、天井すれすれまで跳び上がり、空中で一回転して「急斜面」の文字を飛び越えた。
「待たせたな青年。楽しそうだから俺も混ぜてくれよ」
「父上!」
「お父様!」
……全く、やっと来たか。
よっ、と片目をつむって娘たちに挨拶してみせたのは、さっき死んだと報告のあった宰相バハロフだった。




