ep.88 そして愛弟子は宿敵と共に旅に出る?
ファイレナがサリフィンの肩に拳をぶつけた。
「あんた、やっぱりさすがだよ。あの暴竜を説得するなんてさ」
「いや、私は大したことは言ってない。これは何よりも君がやり遂げたことだ」
サリフィンはファイレナに顔を向けた。
「私がやり遂げたこと?」
「うん。私が人間化の魔法をかけたのは、倒しきれないというのもあるけど、もうひとつは、グリオハンに、人間が抱く不安や恐怖といったものを、思い知らせてやろうと思ったからなんだ」
「戒めってやつ?」
「そうだね。でも、君は彼を旅に連れ出し、その過程でそれ以上の経験をさせた」
サリフィンが再びグリオハンに目をやる。
「彼は圧倒的強者ゆえに、他者から憎悪という感情しか向けられたことがなかった。だけど、彼は知ったんだ。助け合わないと生きていけない人間だから持ち得る、信頼や感謝、それに尊敬や賞賛という感情をね。それは彼にとって刺激的な経験だったろう」
「たしかに、いつからか、あいつに人間性のようなものを感じるようになったな」
「それだよ。彼を見て、一目で変わったなと感じた。グリオハンが暴竜足り得たのは、その暴虐性ゆえだ。その暴虐性が影を潜めていたんだ。ドラゴンを人間に変えたって言っても、私は姿かたちを変えただけ」
サリフィンはファイレナの肩に手をやった。
「本当にドラゴンを人間にしたのは他でもない君だ。そういう意味では暴竜を打ち倒したのは君なんだよ、ファイレナ。さすがは私の一番にして唯一の弟子だ」
サリフィンの見せる笑顔は、師でありながら、姉のようであり、また、親しい友のようであり、ファイレナにとって唯一無二のものだった。
この笑顔を見るために旅をしたのだ。死も覚悟しながら。
「師匠……」
ファイレナがサリフィンの胸に顔をもたれた。また涙が溢れてくる。
サリフィンが優しく抱きしめる。
「おそらく、ドラゴンに戻っても、かつてのような悪事は働くまいよ。ただまぁ……安全策は取ったほうがいい。もうしばらくは人間でいてもらおう」
◇◆◇◆◇◆◇
結局、グリオハンはドラゴンには戻らなかった。自分の意思でいつでもドラゴンに戻れるというサリフィンの確約を得た上で、戯れにしばらくまだ人間のままでいることにしたのだ。
あとのふたり。
シオについては、希望通りにサリフィンは彼女を自身の庇護下に入れることに同意した。〈見えざる手〉はいなくなったが、〈影の道〉の残党は残っており、今後もシオの命が狙われるかもわからない。
シオは希望が叶って小躍りしていた。
しかし、サリフィンにとっては、ファイレナ以上に扱い易い小間使いが手に入ったに過ぎなかった。
アーダンには、サリフィン秘蔵の品々が譲られることが約束された。ジェイドウッドの森の賢者本人からのものだ。蒐集家のアーダンにとって、計り知れない利益を生む約束だ。
一方、サリフィンにとってそれらの品々は、ただの廃棄に困った粗大ゴミでしかなかった。
ただ、ウィンウィンなら何も問題はない。
◇◆◇◆◇◆◇
サリフィン復活から数日が経ち、そろそろ四人それぞれが新たな生活へ向かって行こうというときだった。
すでにサリフィン復活の記念碑となった祠の前に、ファイレナは呼び出された。
「ファイレナ。次の冒険だよ」
「意味がわかんないよ、師匠。もう、冒険は終わりだよ。あんたは蘇ったんだし」
「ちっちっち。それがね、まだ終わっちゃいないんだよ、ファイレナ。君には蘇生の秘術の次に探し出してほしいものがあるんだ」
「はぁ?」
「幸い、他の三人もまだ村にいる。彼等に協力してもらえばいいよ。ただし、何を目的にしているのかは、絶対に三人に言っちゃ駄目だよ。特にグリオハンには」
「秘密に? 一体、何を探してこいって言うわけ?」
サリフィンは咳払いをして、少し言いにくそうにもじもじしてから口を開いた。
「グリオハンを元に戻す方法だ」
「はぁ⁉」
「しーっ! 声がでかいよ!」
「あんた、術解けないの⁉ 術者は解けるんじゃないのかよ!」
「まぁまぁ、落ち着いて聞いてよ」
サリフィンはファイレナの肩に手を回す。
「術者じゃないと術を解けないっていうのは本当だよ。でもね、しばらく死んでた影響で、あの複雑な術式の細部が思い出せないんだよ。だから、見つけてきてくんない?」
「じゃあ、まさか、グリオハンをああやって説得したのも」
「いやー、あれは、うまくいってよかった!」
「あんたは本当に本当に最低だな!」
「あっははは。君にそうやって小言を言われるのも久しぶりだな。ファイレナ。本当にありがとう」
ファイレナが口汚く罵り、サリフィンは笑って誤魔化す。
賢者は蘇った。しかし、愛弟子とその宿敵の旅はどうやらまだ終わってはいないらしい。




