44、 No place to run
「美味かった。だが貴重な食料をすまない」
綺麗に空になった皿を返してくれながらアレクセイ君が頭を下げる。
「お気になさらず。まだ余裕がありますから」
笑いながら手を振ると食後のお茶を振る舞う。
「其方にアイテムボックスのスキル持ちかマジックバッグはありますか?」
「何故そんなことを?」
私の質問に質問で返してきたね、ターリク君。
「いえ、あるならもう少し食料を融通できると思いまして」
「あまり容量は大きく無いがマジックバッグならある」
そう言ってアレクセイ君がミオリちゃんが持っている肩掛けカバンに視線を送る。
本当のことは言わないのは当然だが、こっそり鑑定をかけてその容量が2トントラック並みなのは判明済みだ。
「では此処にある物を全部置いて行っても大丈夫そうですね」
「あ?どういうことだ」
怪訝な顔をするターリク君の前でニッと笑って見せる。
すると何故だか5人全員が思いっきり身を引いた。
失礼な。
「あなた方を助けたのは同郷のよしみで見捨てておけなかったからです」
「同郷だとっ」
唖然となるアレクセイ君たち。
「私はあなた方と同じ世界。日本からこの世界にやって来ました」
「日本人っ?」
驚くミオリちゃんに向かい、ええと頷く。
「ですが手助けは此処まで、これから先は自分たちで何とかしてくださいね。指名手配犯と一緒だと私たちも討伐対象になりますから」
「指名手配?」
訳が分からないと言った顔をするアレクセイ君たちの前にミンウのギルドで貰って来た手配書を広げる。
「こ、これは…」
「この神託を下したのはすべての元凶である邪神ですけどね」
「邪神…あいつかっ」
どうやら心当たりがある過ぎるらしく、すぐにターリク君が真相に気付く。
「エルデが殺されて観察対象が俺らだけになったんで試練でも与えたつもりかっ!」
昨日の通信でエルデ君が死んだ経緯は発表済だ。
だが神託のことにはまったく触れなかった。
相変わらずのクソだな。
「はい、正解。このままだと討伐を待つばかりですけど…既に追手が近くまで来てますしね」
私の話に絶句する彼らに3つの選択肢を示す。
「あなた方がこれから取れる道…1つはこのまま魔の森を逃げ回る事。彼女のギフトである『直感のペンダント』があれば可能でしょう。でもかなり厳しい生活を送ることにはなりますね」
「…他の2つは?」
眉間に皺を寄せたままアレクセイ君が聞いてきた。
「2つ目は大人しく捕まって犯罪奴隷になる。渡来人と判れば命だけは保証されますから。まあ、常に権力者の監視下に置かれるので自由は無くなりますけど」
私の話に誰もが険しい顔で黙り込む。
「最後は邪神に反旗を翻して神託は間違いだったと世界に広めることが出来れば自由になれます。けれど腐っても神の眷属を相手にするんですからかなりの危険を伴いますが」
「はっ、どれもロクでもないな」
ご不満ですかと問えば、当たり前だとターリク君が吐き捨てるように答える。
「他に方法があるならそれにされては?あなた方の人生です、あなた方自身で決めなければ何も始まりませんから」
「違いないが…手厳しいな」
嘲るように笑ってからターリク君はアレクセイ君に向き直る。
「どうやら俺らは完全にあいつに嵌められたようだぜ」
「…そうだな」
苦い顔で頷き考え込むアレクセイ君。
「で、でもあの神様は私たちをこの世界に連れて来て救ってくれたわっ。今度だって試練を与えてもきっと救ってくれるはずよっ」
そんな彼からに向かいミオリちゃんが必死な声で邪神を擁護すると、そうかもしれないがとヴォロド君も考え込む。
「嵐は夜まで続きますからその間にしっかり話し合って今後の方針を決めて下さい。それによっては私たちが手助け出来ることもあるでしょうから」
そう言って私とリシュー君は一旦テントへと戻ることにする。
「さて、彼らはどうするかな」
「僕としては邪神から離れて安全なところで暮らして欲しいな。お腹が空いたり良く眠れなかったりするのは辛いから」
切実なリシュー君の言に私も同意する。
「すべてを捨てる気概があれば道も開けると思うけど」
ギフトを持ち主に返し、新たに裸一貫で生きる覚悟があるなら手助けも出来るが。
結界石に込めた魔力はそう多くは無いので、リシュー君の時のように完全に遮断するまでには至らない。
なので彼らの手元にあるスマホは健在だ。
彼らの下にスマホがある限り、此方の動向は邪神に筒抜けとなる。
スマホを手放す…邪神と決別できなければお話にならない。
『それは難しいわね。アレクセイちゃんたちは今までアイツが与えたスキルやギフトのおかげで生き延びられたって心底から感謝して暮らしてきたもの。それをいきなり敵認定してギフトを手放せってのは無理じゃないかしら』
メネの言葉に小さく息を吐き出す。
彼らにとってクソ邪神は救いの神であり、魔の森での辛い旅の中での心の拠りどころでもあったはず。
それを私の話だけで覆すのは難しいだろうが。
『今も二派に分かれて揉めてるわ。ターリクちゃんはアイツと手を切ってさっさと逃げた方が良いって言っていて、ヴォロドちゃんはそれに賛成しつつあるかしら』
「…盗み聞きは良くないと思うけど」
眉間に皺を寄せる私に、だってとメネが言い返す。
『気になるじゃない。これであの子たちの一生が決まると言ってもいいんですもの』
「確かにそうだけど」
クソ邪神の手のひらの上で踊らされ続けるか、そこから飛び出して自由を得るかの此処が正念場だ。
どの道を選ぶかは彼ら次第だが出来れば最良の判断を下してもらいたいものだが。
「それでどうなりそう?」
身を乗り出して尋ねるリシュー君。
こっちに来た時のことを考えればとても他人事とは思えないのだろう。
『ミオリちゃんは断固反対ね、完全にアイツに心酔してるわ。アレクセイちゃんは中立。セドちゃんは良く分かってなくて周囲の険悪な雰囲気にオロオロしてるわ』
「まあ、まだ本当に子供だからね。夫婦喧嘩している親を見て不安になってる幼児そのものってところかな」
そう言って小さく息をつく私の前で、あらぁっとメネが声を上げた。
『言ってくれるわねぇ』
「何が?」
『ミオリちゃんよ。カナエちゃんの言ってることが本当とは思えない、私たちを騙してギフトを取り上げるつもりなんだって。早く倒した方がいいとまで言い出したわ』
「そんな…」
愕然とするリシュー君の横で深く息を吐いた。
もしかしたらと危惧していたことが現実となって新たな溜息が漏れ出る。
「完全に目の敵にされたね。まあ、今まで女は自分一人で周囲から気にかけて貰っていたのに私たちが現れて立場が無くなったと感じて排除に動いたってとこか」
私の言にメネも同意の頷きを返す。
『いるわねぇ、そういう子。居心地の良い環境を壊す相手を敵認定して追い出そうとするのよね』
メネの言葉に同意の頷きを返すとリシュー君へと向き直る。
「取り敢えず撤退の準備だけはしておこう。襲撃される可能性が無いわけじゃないから」
「…うん、分かった」
残念そうなリシュー君の背を慰めるように軽く叩いてから収納から買い込んだ食料を取り出す。
これだけの食料とラーゼンで買った魔道具を置いて行けば当座は何とかなるだろう。
そこから先は彼らだけで頑張るしかないが…そうならないことを祈るばかりだ。
『最悪の事態だわっ』
そう言って突然メネが宙に飛び上がった。
『ずっと揉めてたのに急に私たちと戦うことに決まっちゃったのよ』
「急に?…それは随分と不自然な流れだね」
訝る私の側でメネがプンプンと怒っている。
『私たちはアイツの敵…神敵だから討ち果たさないといけないんですって。食料をまだ持っていそうだし、装備も奪えればこの先が楽になるとか言ってるわよっ』
「いきなり強盗にジョブチェンジか。それにしても正義ってのは怖いね」
「どういうこと?」
不思議そうなリシュー君に前に聞いた話を教える。
「本気で人を殴れるのは悪人では無く自分を正義と思う人。その時に神の名を口にする者ほど容赦なく相手を叩き潰そうとするんだって」
私の言に、そうねぇとメネもため息混じりに言葉を継ぐ。
『正義って大義名分に酔ってる奴って正しくないと判断した相手を簡単に攻撃するのよ。「神国である我が国に敵対する者たちを殲滅せよ」って誠之助の上司や同僚が良く言ってたわ。そうなるとまったく話が通じないのよねぇ』
揃ってため息を吐く私とメネの側にリシュー君が寄って来た。
「…戦わなきゃダメかな」
悲し気な様子に、大丈夫と笑みを向ける。
「相手をする必要はないよ。向こうがその気ならさっさと撤退するだけだもの」
私の言葉にリシュー君が嬉し気に頷く。
向こうはやる気満々のようだが、こっちはさすがに同郷人殺しをする気は無い。
という訳で言いたいことを言ったらオサラバしよう。
リシュー君と一緒にテントを出ると完全武装したアレクセイ君たちとかち合う。
「それがあなたたちが出した結論ですか?」
私の問いかけに彼らは無言のままだが、手にした武器はしっかりと此方に向けられている。
ならばと隣地にある結界石を収納する。
敵対する相手を守ってやる謂れはない。
結界がある私たちと違い、失ったアレクセイ君たちに激しい雨が降りかかる。
「…あ」
「俺たちは…」
シャワーのような豪雨でビショ濡れになった途端、我に返ったように全員がキョドり出す。
自分たちがしていることを認識してはいるが、何故そうなったか分からないと言った顔だ。
これはもしかして…。
「カナエっ」
考え込んでいた私の横でリシュー君が後を…アレクセイ君たちの方を指さす。
音もなくそこに佇むのは巨大な蛇のシルエット。
鑑定したら懐かしの最初に接近遭遇したSS級の魔物キンググレートスネークだった。
相変わらず黄色と紫の網目模様が綺麗だ。
「ま、魔物っ!?」
「嵐に乗じて近付いて来てたのかっ」
本来なら匂いに敏感な狼獣人のセド君や気配に敏いターリク君が事前に気付いたはずだが、この嵐でどちらも察知できなかったようだ。
そうこうしているうちにスネークが瞬速といった動きでミオリちゃんに襲い掛かる。
「きゃあっ」
「お姉ちゃんっ」
ミオリちゃんを庇って前に立ったセド君が一瞬で呑み込まれる。
「セドぉっ」
ヴォロド君が悲痛な叫びを上げるが、残ったのは彼が履いていた片方の靴だけ。
「い、いやぁぁっ。どうしてぇっ」
泣き叫びながら落ちた靴を拾って胸に抱くミオリちゃんに再びスネークが迫る。
「この野郎っ」
今度はターリク君が向かって行くが簡単に弾き飛ばされてしまう。
次いでアレクセイ君も『究極ハンマー・オーグ』で攻撃するが、さすがの国宝級武器でもSS級の魔物に致命傷を与えるまでには至らない。
多少は怯ませることは出来たが、それだけだ。
ヴォロド君はタンク役なので防御は得意でも攻撃は…出来ないことは無いが不得手だ。
それに今は泣き叫びながらセド君の名を呼んでいるミオリちゃんを守るので精一杯だし。
「クソっ!」
打つ手無く悔し気な悪態をつくターリク君だったが、再度攻撃を仕掛けるべく身構える。
しかしながら彼のギフトである『万能暗器』は暗殺用で、魔物…それもこれだけ大型のものには通用しない。
「邪魔なので退いて下さい」
「何だとっ」
私を睨んだターリク君だったが、すぐにその顔が唖然となる。
「結界っ…収納」
いつものように結界で囲むとスネークの動きがおかしくなる。
しばらくジタバタしていたがすぐに大人しくなり、最後にはデロンと長い舌を出して息絶えた。
「な、何をしたっ!?」
「結界に閉じ込めて中の酸素を収納しただけですが、何か?」
私の言葉に絶句するアレクセイ君たち。
「常にこんな調子なので今のところ魔物相手では無敗ですね。ああ、今のでちょうどレベルが80になりました」
そう鑑定結果を口にするとリシュー君以外の全員の顔色が悪くなる。
とんでもない相手に手を出したと今更ながら後悔しているようだ。
「収納っと」
地に転がっているスネークを収納すると、ではとアレクセイ君たちに向かい軽く会釈する。
「私たちはこれで失礼します。敵対関係になってしまったことは残念ですが健闘を祈ります。お達者で」
「待ってく…」
ターリク君が何か言う前にさっさと羅針盤を動かして転移する。
悪いが私たちも聖人君子では無い。
伸ばした手を弾いた相手にまた手を差し伸べる気はない。
テントを始めとした魔道具や食料を置いて来たので彼らなりに何とかするだろう。
読んでいただきありがとうございます。
次回「45話 アレクセイ一行のそれから」は金曜日に投稿予定です。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




