43、渡来人はつらいよ
「お、やっぱり来たね」
夕方になって姿を見せたターリク君に、計画通りと笑みを漏らす私を見て何故かリシュー君とメネから深いため息が零れる。
『また悪代官の顔に…』
「仕方ないよ。これがカナエだし」
後の方でそんなことを言ってますが聞こえません。
手早く人数分の木製のカップを取り出しお茶の支度をしてターリク君の到着を待つ。
「…美味かった。感謝する」
「気に入っていただけて何よりです」
サンドイッチが入っていた籠と敷布を笑顔で受け取る私の前にペンダントが差し出される。
「こいつがその籠…布巾の下にあったんで返す」
「ありがとうございます、探していたんです。そんなところに入り込んでいたんですね」
嬉々として受け取る私に、しばし間を置いてからターリク君が問いかける。
「そいつは…珍しい物だな」
視線で渡したペンダントを示すターリク君に、はいと頷く。
「こういった細工は私も初めて見ました」
言いながらロケット部分を開いて中の写真をみせる。
「縁あって私の下に来ましたが、元は百年以上前にこの世界にやって来た渡来人の物だそうです」
「…渡来人」
そう呟くターリク君に近くの岩に座るよう促す。
メネが言うにはこのロケットペンダントを見つけた折に、中にあった写真と手紙、それにアレクセイ君の鑑定で自分たちと同じ世界から来たことが分かって、どうしてこんな物がとちょっとした騒ぎになったそうだ。
だが手紙を読んでクソ邪神によって同じようにこの世界に連れて来られた男の物だと知って、その内容に同情を禁じえなかったそうだ。
で、ターリク君が代表して持ち主である私に経緯を聞きに来たという訳だ。
もちろん、籠の中にペンダントを入れておいたのはワザとだ。
因みにヴォロド君もメッチャ一緒に来たがったが、そこは『使い物にならない』と全員に判断されて留守番となった。
「どうぞ」
「ああ、すまん…それで渡来人って話だが」
ターリク君にお茶を渡しながら問いかけに答えるべく口を開く。
「私が知る限り百年程前と60年前に此処とは違った別の世界から渡来人がやって来たとか。そのどなたも幸せとは程遠い一生を送られたことは残念でなりませんが」
「…どういうことだ?」
怪訝な顔をするターリク君に逆に聞いてみる。
「渡来人のことをあまりご存じないようですね」
「ああ…良ければ教えてもらえないか?」
ターリク君の申し出に頷くとエルフの里長やメネから聞いた話をしてやる。
「…授けられた武器や魔道具が…すべて盗品だと」
愕然となるターリク君に、ええと頷いてから言葉を継ぐ。
「それで捕らえられ犯罪奴隷に落とされた方がほとんどですね。知らなかったとは言えそれらは国の宝とも呼ぶべき逸品ばかりです。今も行方が分からぬ物が数多くあり、持ち主の国が懸賞金をかけて探しています」
「…そうか」
力なく言葉を返すとターリク君はチラリと自らの懐に目をやった。
スマホ越しに聞いている仲間のことを気にかけているのだろう。
「盗品を持っていなくとも渡来人と知られれば『保護』という名目で捕らえられて飼い殺しにされてしまうそうですけど」
「何故だっ」
少しばかり気色ばむターリク君に静かな声で言葉を返す。
「渡来人は異なる世界から来た者ゆえ、その世界の優れた知識を持っていると考えられているからです。実際に60年前にラーゼンの街造りに協力させられた渡来人は、故郷にあった道具を参考にして数多くの魔道具を作り出しましたから。でも…」
小さく息をついてからオリバーさんの最期を教える。
「利用されるだけ利用された後で、その活躍を妬んだ同僚に殺されてしまいました。ですが…私はその件には領主が関わっていると考えています。王家の命令で奴隷から解放することにしましたが、そうなるとせっかくの利権を失うことになってしまいますから」
奴隷の身分で死んだのならオリバーさんの手柄は彼の所有者である領主の物のままだ。
王家に取られる前にと強硬手段に出た可能性が高い。
「…確かにな」
私の話に苦々し気な顔で頷くターリク君。
「平民の命など金貨一枚の価値も無いと思っている貴族は多いのです。彼らからしたら異なる世界から来た者の命などそれより下の扱いなのでしょう」
私の話にターリク君から深いため息が漏れ出る。
そんなターリク君に此方から提案する。
「ところでまだ魔石をお持ちですか?」
「あ、ああ。それなりにあるが」
「でしたら少しばかり買い取らせていただけませんでしょうか」
私の申し出にターリク君はしばし考えてから頷いた。
「今の手持ちはこんなところだが」
並べられた3つの魔石はどれもA級の物だ。
S級やSS級の魔物は遭遇する前にミオリちゃんの『直感のペンダント』の力で回避していたからだろう。
「そうですね、此方クラスだと…全部で6千エルンでしょうか」
いかがですと問えば、構わないとすぐにターリク君が答える。
即答したのはこの世界の相場と言うか金銭感覚が分からないからだろう。
「白金貨の手持ちが少ないので黒金貨や金貨、銀貨と銅貨も混ざりますがよろしいですか?」
「ああ、それで頼む」
了承するターリク君の前にお金を並べながら何気ない口調で話を振る。
「最近はお酒やパンの値が上がりましたね。前は上級のお酒は5エルン程でしたが今は6エルンと50ルンに、パンは一つ10ルンだったのが20ルンですもの。国土の8割が穀倉地帯であるサラン国の不作の影響がこれほど大きいとは思いませんでした」
工作員だった彼なら僅かなヒントでかなりの情報を得られるだろう。
「…そうか。だとすると他の物も値が上がっているのか?」
「ええ、食料品もそうですが衣類も釣られたように上昇傾向ですね。前は10エルンもあれば日常着なら靴も含めて一揃え買えましたが、今は2エルンほど足さないと無理ですから」
そんな感じでこの世界のことを教えて行く。
私たちとの話に利が大きいと分かれば今以上に接触が増えるだろう。
それを足掛かりに懐柔して行くつもりだが、さて彼らはどう出るか。
「いろいろと世話になった」
話に区切りがついたところでターリク君が立ちあがった。
「いえ、此方も魔石を分けていただいて助かりましたから」
そう笑顔を返すと収納から紙袋を取り出す。
「お茶請けにでもどうぞ」
差し出された袋の中身がドライフルーツ入りのクッキーだと知ってターリク君に僅かだが笑みが浮かぶ。
帰りを待っているミオリちゃんやセド君の良い土産になると考えたのだろう。
いいお兄ちゃんだな。
礼を言って帰って行ったターリク君を見送る私の下にメネが飛んで来た。
『ちょっと、ちょっと、ちょっと』
どこかで聞いたフレーズと共に私の肩の上に腰を下ろす。
「何かあった?」
『大ありよ。追手が来てるわよ』
「国の?」
『冒険者の方よ、地の利があるから移動速度が速いのよ』
どうやら近くの街のパーティーが此方に迫って来ているようだ。
『でも嵐が来るから足止めを食らうでしょうけど』
そう言われて空を見れば確かに雲の流れが早い。
「いつ頃?どれくらいの規模のが?」
私の問いに、そうねぇとメネはちょっと考えてから答えを紡ぐ。
『明日の朝あたりかしら。雨と風が凄いらしいから…小さな台風並みね』
「そうなるとアレクセイ君たちも危ないか」
聞けば今いるところは切った丸太を組んで屋根の部分に大振りの葉を重ねた簡単な小屋だそうだ。
常に移動するので手の込んだものを作る必要がないのは分かるが、それだと台風クラスの風雨には耐えられないだろう。
取り敢えず彼らの受け入れ準備をして待つことにする。
翌日の早朝からメネが言った通りに酷い嵐になった。
叩きつけるような雨と横殴りの風が凄い。
木々が躍るように激しく揺れている。
『こっちに向かって来てるわよぉ』
しばらくするとメネが指示した場所に5つの人影が現れる。
誰もがびしょ濡れで小柄なミオリちゃんは必死にアレクセイ君に捕まっている。
でないと本当に飛ばされそうだ。
彼らの人相風体はほぼ手配書通り。
アレクセイ君はドワーフにしては背が高く170㎝ほど、セド君は160cmくらいで狼と言うよりは柴犬っぽい印象で、ミオリちゃんは155㎝前後かな。
ミオリちゃんはローブ姿だが、他の人達はみな皮鎧を着ている。
しかし半年に渡る魔の森生活で装備や服がだいぶくたびれていて苦労が偲ばれる。
「突然すまない」
代表してターリク君がテントから顔を出した私に声をかけて来た。
「拠点にしていた小屋が風で横倒しになってな。この二人だけでもテントに入れてもらえないだろうか」
そう言ってミオリちゃんとセド君へと視線を向ける。
「構いませんが…それより結界石を使いましょう」
雨の中に出るとテントの隣地に小さな魔石を置く。
「展開っ」
声と共に魔石を中心にドーム状の結界が張られる。
メネの話を聞いて昨日、急いで手持ちの魔石に『結界魔法』を付与しておいた。
この嵐の中でもちゃんと起動してくれて良かったよ。
「早くこの中に」
「すまん、助かる」
私が手招くとターリク君を先頭に全員が飛び込むように中へとやって来た。
結界の中は当然のことながら雨も風も入って来ず、外の嵐が嘘のように静かだ。
遮断の効果で壁は薄黒くしてあるのでプライバシーも守れる。
アレクセイ君たちが一息ついたところでテントに向かって声をかけた。
「リー、風魔法で彼らの服を乾かしてあげて」
「はい、姉さん」
私の呼びかけにテントからリシュー君が出て来た。
その途端、男たちの眼が一斉にリシュー君に向けられる。
今のリシュー君は浮世離れした美人さんだから仕方ないが、紅一点のミオリちゃんが複雑な顔で鼻の下を伸ばしている姿を見ているのに気付いた方がいいと思う。
そんな彼女は綺麗と言うよりは可愛い系かな。
全体的にちまっとしていて仔リスを連想させる。
「…絵本で見たお姫様みたいにきれいだね」
無邪気にストレートな誉め言葉を呟くセド君。
見掛けは14くらいだが発言からみて彼の実年齢は一桁だな。
「あ、あ、ありがとう」
服を乾かすために近付いたリシュー君に真っ赤になって礼を言うヴォロド君。
「後も乾かしますから背を向けて下さい」
そんなヴォロド君の態度にまったく気づくことなくサクサクと作業をこなして行くリシュー君。
その様にアレクセイ君たちから深いため息が漏れた。
せっかく咲いた恋の花だが枯れることは必至だな。
「此処なら雨風を凌げると思います。緊急用の結界石を持っていて良かったです」
そう笑う私に向かいアレクセイ君が深々と頭を下げる。
「助けてもらい感謝に絶えない」
「いえ、大事になる前で良かったです」
緩く首を振ると収納から敷布と折り畳みのテーブルを出す。
「そいつは俺らでやる」
ターリク君が受け取ってセットしている間に私はカップを出して皆に暖かいお茶を渡して行く。
「この時間だと朝食はまだですよね?」
「いや、そこまで甘えるわけには…」
「うん、食べてないよ。お腹空いた」
アレクセイ君が断りを入れる前にセド君が正直に申告する。
「せ、セドっ」
慌てるアレクセイ君に、大丈夫ですと笑みを向けた。
「私たちもまだですから一緒に食べましょう」
そう言って昨日作ったかまどに『火種石』で火を点け、収納から取り出した大型フライパンで厚切りベーコンと卵を焼いて行く。
動くお城の主が作っていたのと同じメニューだが、これにサラダと野菜たっぷりスープを付ける。
栄養バランスは大切。
バケット風パンを食べやすい厚さに切って大皿に盛ったら準備完了だ。
「どうぞお食べ下さい」
言うが早いかセド君がベーコンに噛り付く。
「美味しーいっ」
「お代わりあるからたくさん食べてね」
「うん、ありがと。お姉ちゃん」
ニコニコと笑いながら食事を続けるセド君。
ホント可愛いな。
遠慮していたアレクセイ君たちも一口食べたら止まらなくなったようで、惚れ惚れするほど元気よくがっついてくれている。
これは第二弾を用意した方がいいな。
今度は太いソーセージを焼き、次いでスクランブルエッグを作る。
それを空いた皿に追加して回ると恐縮しながらも完食してくれた。
「凄い食欲だね」
私の側にやって来てコソっと感心の弁を述べるリシュー君。
「最初に会った時の君もあんな感じだったけどね」
「うん、それは認める」
素直に頷くと軽く肩を竦めながら言葉を継ぐ。
「先に食べといて良かったな」
こうなることを見越して私とリシュー君は彼らが此処に来る前に朝食は済ませておいたのだ。
なので今はパンとスープ半分と卵が少々…何処ぞの貴族令嬢並みの量だけを食べている。
それに影響されているのか分からないが、ミオリちゃんがあまり食べていないことが少し気になる。
まだ体調が回復しきっていないだけならいいんだが。
何はともあれ、食事が終わったら懐柔作戦続行と行こうか。
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次回「44話 No place to run」は火曜日に投稿予定です。
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