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11 ロザリー


「さて、それじゃあそろそろ行きますか」

「何処へ?」

 首を傾げるリシュー君に此処に来た次の目的を告げる。


「ハイゴブリンに捕まってるロザリーちゃん…だっけ。彼女を救出しないとね」

 クソ邪神からの死亡報告はまだないので生きているはずだ。

かなり酷い目には遭ってはいるだろうが。


私の話に、そう言えばとリシュー君もその存在を思い出したようだ。


「気の毒には思ったけど…自分のことでいっぱいで」

 申し訳なさそうに俯くその肩にポンと手を置く。


「それは仕方ないよ。私だってダンジョンで魔道具を手に入れなかったら此処には来なかったし」

 苦笑を零すと『探索の瞳』を取り出して尋ねる。


「彼女の『完全回復のブレスレット』が在る場所の数値を提示」

 すると球内にその場所の座標数値が示される。

問いかけに正確に答えてくれる魔道具のおかげで本当に助かってる。


「此処から南へ200キロだね。そこまで転移するから私に捕まって」

「わ、分かった」

 キョドりながらも私の腕にしがみついたことを確認して『転移の羅針盤』を発動させる。


「ああ、それと」

「何?」

「2人一緒には初めてだから変なところに飛んだらゴメン」

「それを先に言ってよぉっ」

 悲鳴に似た声を上げるリシュー君と共に私たちは目的地に向かって転移した。



「これは…」

 転移した場所の光景に私もリシュー君も絶句する。


そこは戦場…いや、上位種であるグレートオーガによる狩場だった。


首が飛び腹に大穴を開けられて絶命してゆくハイゴブリンたち。

その死体が消えるのを待つことなく2頭のオーガが血が滴る魔石を取り出し貪り食らっている。


麒麟の白燐がそうだったように魔物にとって魔石は大切なエネルギー源だ。

相手を倒しその魔石を奪って食らうことで状態の維持や強化が出来る。

なのでこうして上位種が下位の魔物を襲うのはよくあることなのだ。


「弱肉強食と言えばそれまでだけど」

「うえっ」

 すぐに消えるとは言え、死体が散乱する惨状にリシュー君がたまらず嘔吐(えず)く。


「カナエはよく平気だね」

「さすがに気分は良くないよ。でも調理師免許持ってるんで鮮魚コーナーのバイトでずっと魚をさばいてたからね、血や内臓には抵抗が無いかな」

 私の言葉に、そういうもんとリシュー君が納得いかない顔で首を傾げる。


「それよりロザリーちゃんを探そう」

「うん、無事だといいけど」

 強化した結界にリシュー君が闇魔法の『隠形』を重ね掛けする。

これは『魔杖リオンサート』の力で、持ち主が得ていない属性の魔法でも魔力さえあれば使える万能杖ならではの技だ。


「これなら簡単には見つからないから」

「助かるよ」

 そのまま2人してオーガの横を通って洞窟の中へと入って行く。


「中はさらに凄いね」

 洞窟内でも激しい戦い…いや、オーガによる蹂躙は行われていて多くのゴブリンが殺されては魔石を奪われている。


「ううぅ…」

「しんどいなら外で待ってる?」

 必死に吐き気を抑え込んでるリシュー君にそう尋ねるが彼は大きく首を振った。


口を開いたらさっき食べたサンドイッチが出て来てしまうらしく無言だが、その意志は固そうだ。


「質の悪いホラーハウスだとでも思えばいいよ」

 まったく慰めになっていない私の言葉にも律儀に頷く辺り、彼の為人(ひととなり)がよく分かる。


最奥に行き着いたら、入口で見たオーガよりさらに大きい赤いオーガと…鑑定したらA級魔物のキラーオーガだった…ハイゴブリンキングが争っていた。

どちらも武器は無しの拳を使った殴り合いによる肉弾戦だ。


「いたっ」

 その場所のさらに奥、岩の窪みの向こうにピンク色の髪が見えた。


大回りして戦闘を避けながら彼女の下に駆けつける。


「うわぁっ!」

「っ…」

 その姿にリシュー君から悲鳴が上がり、私も思わず息を飲んだ。


彼女の胸から下はぐしゃぐしゃに潰れ、下半身は引き千切られたように無くなっていた。

それでも生きているのは『完全回復のブレスレット』の力だ。

今も強い光を放って持ち主を回復させようとしている。


驚きに固まる私たちの前で彼女の口が小さく動いた。


「…な…て…」

 その様に自然と足が動いて近付き問いかける。


「何?何が言いたい?」

 私の声が届いたのか虚ろな瞳が此方に向けられた。


「し…な…せて…」

 その言葉に私は唇を噛む。

ハイゴブリンの仔を産むだけの道具として生かされ続けた日々とその絶望に彼女は生きることを放棄してしまったのだ。

その証のように彼女の瞳には何も無い。

怒りも悲しみも無くただ深い虚無だけが宿っている。


それでも『完全回復のブレスレット』がある限り死ぬ事は出来ない。

どんなダメージであってもすぐに回復させられてしまうからだ。

鑑定して分かったが、この魔道具は一度装着したら持ち主には外せない。

誰かに取ってもらわない限りずっとこのままだ。


「クソがっ!」

 すべての元凶はあのクソ邪神だ。

奴の退屈しのぎの為だけに彼女はどんなに辛くとも逃げることも死ぬことも出来ず、こうして心を壊して生き続けるしかなかった。


ふうっと深く息を吐くと私は空っぽの瞳を見返した。


「分かった。貴女の望みを叶えよう」

 彼女の左手を持ち上げ、その腕に嵌っているブレスレットを外しにかかる。


「ちょっと待ってっ」

 そんな私をリシュー君が止める。


「ロザリーさんを助けてあげられるかも」

「…どういうこと?」

 心が壊れてしまった彼女を回復させても、さらに辛い目に合わせるだけではないのか。

此処で受けた非道な仕打ちは消えないのだから。


「成功するか分からないけど、やってみる価値はあると思う」

「…分かった。リシュー君を信じるよ」

 彼女から離れると、この度はその場所にリシュー君が座り込む。


「時間がかかると思うけど」

「大丈夫、何があっても守るから」

 そう笑うと周囲の結界をさらに強固にする。


私が見守る中、リシュー君は手にしていた『魔杖リオンサート』を掲げた。


「我が求む『改変』の術を此処に授けよ」

 その言葉が終わると同時に杖とブレスレットが目が開けられないくらい眩い光を放つ。


「ゴアァ!」

「グガっ」

 リシュー君の隠形もこの光を隠し果せはしなかったようで、キラーオーガとハイゴブリンキングが戦いを止めて揃って此方に向かって来た。


ガンガンと結界を殴り続けるが、それくらいでどうこうなるほど軟ではない。

だが正直、鬱陶しい。


「うるさい、邪魔をするなっ」

 双方同時に結界に閉じ込めると、すぐに収納で酸素を抜き取る。

しばらく足掻いていたが仲良く黒い煙となって魔石を残して消えて行った。


「やっと静かになった」

 2つの魔石を収納してから後ろを向くと、光の中でリシュー君が滝のような汗を流しているのが見えた。

かなり魔力を消耗する術のようだ。


どれくらい時間が経っただろうか。

漸くにして光が収まり出した。


「…何とか成功したよ」

 肩で大きく息をしながら振り返ったリシュー君の腕には裸の赤ん坊が抱かれていた。


「ピンクの髪…ってことは」

 まじまじと赤子を見つめる私にリシュー君が満面の笑みで答える。


「うん『完全回復のブレスレット』の機能を『再生』に改変したんだ。今のこの子はロザリーさんじゃなく新しい命だよ」

 さらりととんでもないことを言って笑うリシュー君。


「驚いた。こんなことも出来るんだね」

 収納から予備のバスタオル出して赤子を包みながら感心の眼差しを向ける。


試しに鑑定をかけてみたら。



〈 無し 〉

 

 0歳


 Lv. 1


 HP 50

 МP 100

 攻撃力 0

 防御力 0


〈スキル〉

 光魔法


〈称号〉

 無し


〈ギフト〉

 無し



名前もなければ称号に異世界人も無くなっている。

本当に生まれ変わったようだ。


「でもこっちは壊れちゃったな。無理やりの改変だったから」

 頭を掻きながら差し出したのはバラバラになったブレスレット。


「構わないよ、寧ろこんなものは無くなった方がいい」

 そう言ってから周囲を見回す。


「何?」

「彼女のスマホはどうなったかと思って」

 私の言に納得の頷きを返してリシュー君も周りに視線を走らせる。


「あれじゃない」

 指示(さししめ)された場所にあったスマホの形をした灰の塊。

どうやら彼女も無事にクソ邪神の監視から逃れられたようだ。


「これからどうするの?」

 赤子を抱いたままリシュー君が聞いてくる。


「数日なら良いけどクソ邪神と対立している私たちと一緒にいたら巻き込まれる危険があるからね。しっかりした里親を探そう」

「そうだね、それがいいと思う」

 大きく頷くリシュー君が、でもと疑問を口にする。


「どうやって里親を探すの?」

「それは任せて、宛てがあるから」

 ニッコリ笑うと収納から羅針盤を取り出す。


「まずは此処を出よう」

「うん、長居したい場所じゃないから」

 周囲ではまだオーガによる狩りが続いていて相変わらずグロい惨状が広がっている。


「目的地は…『ムルカ村』」 

 その言葉と共に私たちは魔の森から転移した。



「カナエちゃんじゃないか」 

 笑顔で迎えてくれたミリーさんに向かって頭を下げる。


「お久しぶりです。この前はお世話になりました。それで来て早々なんですが」

 そう言って後ろを見やるとミリーさんが笑顔のまま口を開く。


「いつの間に生んだんだい?抱いてるのが旦那かい?」

「あのですねっ」

 慌てて誤解を解こうとする私に、分かってるよとミリーさんは軽く手を振った。


「いくらなんでもこんなに早くに子供が生まれるはずないからね」

 どうやら揶揄(からか)われたようだ。

この世界での人族の妊娠期間は地球とほとんど変わらない。


前にムルカ村に来たのは半年前。

さすがにそんな短い時間では不可能だ。


「で?」

 家に招かれ一息ついたところでミリーさんが尋ねて来た。


「実は…此方は魔族のリシュアンさんで」

 紹介すると、よろしくお願いしますとペコリを頭を下げる。


「おや、随分と礼儀正しい子だね」

 感心するミリーさんの前でリシュー君が打ち合わせした内容の話をする。


魔法修行のため故郷を出て旅をしていたら、途中で捨てられていたこの子と出会った。

だが赤子を育てた経験はなく、困り果てていたところに私が声をかけ助けてくれた。

そんなことを伝えるとミリーさんは大きく首を振って嘆いた。


「こんな可愛い子を捨てるなんて。親にも事情があったんだろうが酷い話だよ」

「そうですね」

「うわっ」

 そんな話をしていたら突然赤子が泣き出した。


「ど、どうしたら」

 アタフタするリシュー君に、貸してみなとミリーさんが赤子を受け取り慣れた手つきであやし始めた。


「こりゃお腹が空いてる泣き方だね」

「よく分かりますね」

 感心する私に、そりゃあねと笑い返す。


「5人も育てりゃ自然と分かるようになるさ。まずはこの子に乳をやらないとね」

 そう言って赤子を抱いたまま立ち上がった。


「貰い乳に行ってくるから此処で待っておいで」

「はい、お願いします」

「お願いします」

 揃って頭を下げる私とリシュー君の前で、あいよと手を振るとミリーさんは部屋を出て行った。



その後、話し合いの末に乳を分けて貰った女性(ジェリーさんと言うそうだ)のところに赤子は引き取られることになった。


夫のトムさんと3歳になる長男と先月生まれた次男の4人家族の奥さんで、1人育てるのも2人育てるのも一緒さと豪快に笑っていた。

ここらじゃ子供は隣近所で助け合って育てるから心配ないよとはミリーさんの弁だ。


そのままムルカ村に一泊させてもらい、翌朝には旅立つことにした。


「長くいると別れが辛くなりますから」

 赤子の頭を撫でてやりながらそう言うと、ミリーさん達も納得してくれた。


「どうか受け取ってください」

 養育費の足しにと差し出したお金をずっと固辞していた一家だったが。


「私たちがこの子にしてやれるのはこれくらいですから」

 そう言ったら最後には受け取ってくれた。


こっそり鑑定をかけたがジェリーさん家族の誰もが青判定だったので大丈夫だろう。


ハンナと名付けられた赤子の幸せを願ってやまない。



明けましておめでとうございます。

本年も楽しいお話を書いて行きたいと思いますのでよろしくお願い致します。

これから相棒となったリシュー君との珍道中が始まりますので、乞う御期待♡

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