10 リシュアン
「お疲れさまでした」
「ああ、気を付けて帰るんだよ」
「カナエ姉ぇ」
「またねー」
ドーラさんの横で幼い2人が手を振る。
彼らはガンズさんとドーラさんの子供で4歳になる双子だ。
そもそも新たに店員を募集したのはドーラさんがそれまでシッター任せだった2人の育児をそろそろ自分でやりたいと思ったからだ。
人族の姉とドワーフの弟で成長が早い人族の姉の方が体が大きいので、よく弟をおんぶしている仲の良い姉弟だ。
私のこともカナエ姉ぇと慕ってくれている。
この世界にはハーフと呼ばれる存在はいない。
両親の種族が違う場合、子供は必ずどちらかの種の特徴を持って生まれて来る。
だから見掛けが違う彼らでもちゃんと実の姉弟なのだ。
「また明日ね」
ドーラさんの子供たちに手を振り返して家路を急ぐ。
今、私が住んでいるのは店から少し離れた奥の小路にある小屋だ。
前の住人が裏庭を畑にしていたので広めの敷地がある。
小屋はボロいがそれが決め手になって借りることにした。
此処なら迷彩機能が付いた『家』をこっそり出しておいても問題ないからだ。
「随分と暖かくなったね」
薄闇に染まり出した空を見上げて思わず呟く。
こっちに来た時は秋の初めだったが、季節は巡って春になろうとしている。
「ただいま」
小屋の入口から入って裏にある勝手口経由で『家』へと帰る。
「おかえりなさいませ」
人工的な声が私を迎える。
そう、ついに『家』が話すようになったのだ。
まだ挨拶程度しか出来ないが、そのうち流暢に話し出すだろう。
邪神から死亡判定を受けてから、考えるところがあって冒険者登録をした。
店が休みの日に鑑定を使って希少薬草の採取をしてランクを上げ、低層ならダンジョンに入れる許可を得てからは見つからないようにして深層部で無双している。
それで手に入れた魔石をどんどんタブレットに貢いで行き、ついに先日『家』が話すようになった。
当然、私のレベルも上がって今は56だ。
「もう少しレベルが上がったら魔の森に戻るか」
そう呟いて夕食と風呂を済ますと日課としている作業に入る。
「今日は…薬を増やしておくかな」
取り出した『何でもコピー袋』にエリクサーに進化してしてしまった痛み止めを5つ入れる。
この袋、一度に一種類しかコピー出来ないが数は違った。
同じ物なら入れた数だけ増やせるのだ。
しかもアイテムバッグと同じように袋の口より大きな物でも吸い込まれるように入って行く仕様だ。
「うー、体が重い」
ゴッソリ無くなったМPと引き換えに10個になった痛み止めを棚にしまう。
こうして備品の充実を図っている。
邪神の通信によると他のお仲間たちは今のところ全員無事に生き残っている。
エルデ君は魔族の集落で奥さんのメンヘラに悩まされながら新婚生活中。
リシュー君は相変わらずドジっ子を繰り返しながら森の中を彷徨っていて、アレクセイ君一行は少しづつだが人里に近付いている。
「見てろっ、とことんあのクソ邪神の邪魔をしてやる」
そう息巻いてから『安眠』と『疲労回復』機能が付いたベッドに横になる。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
『家』の声を聞きながら私は眠りの世界へと向かった。
「さて、行きますか」
里帰りということでドーラさんから長めの休暇をもらい、私はモルナの街を出た。
「この辺りでいいかな」
街から少し離れたところで『転移の羅針盤』を取り出す。
東のダンジョンの最深部の宝箱にあった望んだ場所に転移できる魔道具だ。
目的地への座標数値の入力を間違うと思ってもみない場所に飛ばされる危険はあるが便利な道具だ。
発動した次の瞬間には森の端へと立っていた。
「ほんと毎回ちゃんと着くかヒヤヒヤする」
そう愚痴ると周囲に張った結界を強化しながら新たな魔道具を取り出した。
「お次は『探索の瞳』っと」
こっちは西の最深部で見つけた名前通りに物の在りかを探り出すことの出来る玉だ。
どちらも発動にかなりの魔力を持って行かれるが、今の私のМP値はエルフ並みなので大丈夫。
この2つを手に入れることが出来たので魔の森へ行くのを決めた。
でなければあれだけ広大な場所で探し物をする気にはさすがになれない。
「まずは『魔杖リオンサート』だね」
ランキングナンバー2であるリシュアン君のギフト名を呟く。
昨日の通信で知らずに猛毒キノコを食べて死にかけてると邪神が笑い転げていた。
治癒魔法が使えるとしても万が一があるのでコンタクトは早い方が良いだろう。
『探索の瞳』に反応があり、すぐにその地点の座標を羅針盤に入力する。
「此処のはずだけど…」
相変わらず鬱蒼とした森の中に立って辺りを見回す。
「ぅぅっ…」
小さな呻き声にそちらへと向かうと木の洞に隠れるようにして倒れている人影があった。
「見つけたっ」
洞から引っ張り出しながら念のため鑑定してみるとリシュアン君に間違いない。
しかも状態は『瀕死』だ。
ヤバいなんてもんじゃない。
此処に魔物が来たらたまらないので、まずは彼の周辺を結界で覆う。
それから痛み止め(エリクサー)と水筒を取り出した。
「ほら、これ飲んで」
水と一緒に口の中に突っ込めば、最初は咽たがすぐに水筒を抱え込むようにして一気飲みする。
「はひゅ…」
綺麗に水筒の水を飲み干すとリシュアン君から安堵の息が漏れた。
どうやら一命は取り留めたようだ。
「大丈夫?」
「あ、ありが…うわぁぁっ!」
言いながらこっちを見て固まったと思ったら、悲鳴のような声を上げて抱き着いてきた。
「ちょっ…」
「人だぁっ、やっと会えたぁっ」
そのまま幼い子供のようにワンワン泣き出した。
まあ、無理もないか。
半年近くたった一人でこの魔の森を彷徨っていたのだから。
常に命の危険に晒されて不安だったろうし、ずっと寂しかったろうから。
「落ち着いた?」
泣き止んだところでそう声をかけるとリシュアン君は顔を赤くしながらコクリと頷いた。
「取り敢えず自己紹介だね。私はカナエ、よろしくね」
「よ、よろしく。僕はリシュアン…リシューでいいよ」
ニッコリ笑って手を差し出すと、おずおずと握り返してきたが。
同時にグーっとリシュー君のお腹が鳴った。
「良かったら食べて」
再び真っ赤になってしまったリシュー君の前に収納からサンドイッチを取り出して渡す。
「こっちに来てから初めて見るちゃんとした食事だ」
感極まったように呟いてから物凄い勢いで食べ始めた。
後で聞いたらこっちに来てからは食べられそうな木の実や魔物がドロップした肉を焼いたりして何とか凌いでいたそうだ。
気の毒に。
「誰も取らないからもっとゆっくり…」
「うぐっ」
言い終わらないうちに喉に詰まらせて別の意味で顔を真っ赤にして胸を叩き出す。
「ほら、これ」
差し出した新たな水筒の水を慌てて流し込み事なきを得る。
「あ、ありがとう」
「お代わりあるからゆっくり食べなさい」
新たなサンドイッチを渡すと言われた通り今度はしっかり噛んで食べて行く。
うん、素直な良い子だ。
「ところで何で猛毒キノコなんて食べたの?」
「お腹が減ってて…それに毒があっても大抵は治癒魔法で治るから」
食事の合間に聞いたらそんな言葉が返ってきた。
「あれと同じ柄のキノコだよ」
少し離れた木の根元に生えている某ゲームで良く見る赤地に白い斑点のあるキノコを指さす。
なので鑑定してみたら『頓死茸…食べたら必ず死亡する。治癒魔法でも回復せず、唯一の治療法はエリクサーのみと言われている』とあった。
いや、本当に危なかった。
間に合って良かったよ。
4回お代わりをして満足したようなので食後のデザートにとチョコを出すと、また固まってしまった。
「こ、これ…チョコレート?」
「そうだけど」
「包装にあるの日本語だよねっ?カナエは何者なのっ?」
警戒の眼差しを向けるリシュー君に、それはと今までのことを掻い摘んで話してやる。
「で、クソ邪神の通信で君が猛毒キノコ食べて死にかけてるって知って此処にきたわけ」
私の話に愕然とした後で、そっかと小さく呟く。
「君はあいつが言ってた行方不明者なんだね」
「そういうこと。私はスマホを受け取ってないからクソ邪神も追跡できなかったみたいだね」
「スマホ…」
私の言に何か思い当たったのかリシュー君が悔しそうに口を開く。
「限定的だけどマップや写メ機能が付いてたし、ダウンロード済の音楽とか聴けたから持ち歩いてたけどそれがあいつの計略だったのか」
GPSで追跡していることのカモフラージュとしてそんな機能を付けていたのかと呆れる。
「ところでそのスマホは?」
私の問いに少し考えてから、確かとリシュー君は洞へと視線を向ける。
「あそこに置いてあるはず…」
言われて同じように洞を見ると銀色のスマホが鎮座していたが。
「あっ!」
それが見る間に灰となって崩れてしまった。
後には何も残っていない。
「どうやらリシュー君も死亡認定されたみたいだね」
「な、なんで?僕はこうして生きてるのに」
困惑するリシュー君に、たぶんと私の考えを伝える。
「君の周囲を結界で覆ったからだと思う」
「結界?」
「そう、私のスキルは『空間魔法』だから。こっちに来てすぐに安全確保のため自分の周りに結界を張ったの。それで私のことが認知できなくて送られたスマホが届くことは無かった。それと同じことが起こったんじゃないかな」
「…確かにそうかも」
私の話に大きく頷くリシュー君に、それでと今後のことを聞いてみる。
「君はこれからどうしたい?」
「ど、どうって」
「人里に出たいなら送って行くよ。君くらいのレベルなら冒険者として十分やって行けるし、領都や王都にゆけば魔法学校があるから魔法の研究も出来ると思うけど」
そう提案するとリシュー君は腕を組んで考え込む。
「カナエは?」
「私は今まで通りだよ、幸せになって大往生が目標だからね。でもその前にクソ邪神に一泡吹かせてやらなきゃ気が済まない」
その言葉にリシュー君の瞳に強い光が宿る。
「僕も協力する」
「え?」
「僕もあいつに遣り返したいっ。遊ばれて酷い目に合わされたままなんて嫌だっ!」
決意も露わに叫ぶ姿に私は深いため息をついた。
「せっかくクソ邪神の監視から逃れて好き勝手できるのに。クソとは言え神を名乗ってるのが相手だから下手したら抹殺されるかもしれないよ」
「でもこのままやられっ放しなんて悔しいもの」
気持ちは分かるが…どうしたものかと悩んでいたら、くいっと袖を引っ張られた。
「それに…もう独りは嫌なんだ」
捨て犬みたいな目でこっちを見るんじゃない。
再度鑑定をかけたが浮かんでいる色は真夏の空のように澄んだ青。
どうやら初めて見た動くものを親だと思い込む雛鳥のように思いっきり懐かれたようだ。
こうなったら仕方ない。
「後悔しても知らないよ」
「ありがとう、カナエっ」
ぱぁっと顔を輝かせるリシュー君に、でもと言葉を紡ぐ。
「無理も無茶もしないこと、それと私の言うことには絶対服従。それが守れなかったら置いて行くからね」
「うん、約束する」
ブンブンと首を縦に振るリシュー君に気になっていたことを聞いてみる。
「ところで君はいくつ?」
「に、25歳」
「実年齢は?」
ジトっと見つめると、しばしの後に観念した様子で口を開く。
「13…でもすぐ14になるからっ」
「思っていた以上にお子ちゃまだったっ」
驚きの声を上げる私に、ムッとした様子でリシュー君が聞き返す。
「そう言うカナエはいくつなんだよっ」
「女に年を聞くのはマナー違反だよ。…でもまあ、君よりずっと大人なのは確かだね」
見かけは十代だが中身は立派なアラフォーとはさすがに自分でも詐欺だと思う。
それでいろいろ聞いたら元はフランス人で日本のアニメやゲームが大好きで、その文化や言葉を勉強している最中だったとか。
そうなったのは幼い頃から日本オタクの両親と一緒に毎年ジャパンエキスポに通うくらいアニメやマンガ、ゲームだけでなく、伝統芸能、音楽、スポーツ、武道、ファッションに触れていたからだそうだ。
「ああ、それでチョコにあった文字がすぐに日本語だって分かったんだね」
納得の頷きを返すと嬉々として自分のお気に入りを上げて行く。
「パリにある日本食スーパーには良く通ってたんだ。日本の食べ物はみんな美味しいけど一番好きなのはカニカマ。あれって凄い発明だよね、本物に負けない味がするんだもん。他にはカップ麺も大好きだよ」
「カップ麺ならストックにあるから後で食べるといいよ」
「ほんとっ!?カナエは女神さまだっ」
キラキラした目でこっち見んなっ。
どうやら頼もしい(?)仲間が出来たようだ。
クソ邪神に遣り返そう同盟、此処に爆誕。
ブックマークと評価、誤字報告をありがとうございます
好き勝手に書いているお話ですが、楽しんでいただけているようで嬉しいです。
今後もよろしくお願いいたします。
それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。




