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試験管ボーイ  作者: 森中満
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19日目

19日目




時間は人と人を繋げる。

ー人と人を引き離しもするだろう?




 彼と、その恋人は5日も会っていない。彼の風邪が全く治るそぶりを見せないからだ。ここ3日くらい38度から熱が下がらず、たえずひどく咳き込んでいる。それに加えて、彼は右足首を骨折していた。彼の細く白い血色の悪い足首にはそれと同じくらい白い包帯がぐるぐると巻かれていて、傍目から見てもその様は痛々しかった。

 僕と母がこの家にまだいた頃のこの家のかかりつけの恰幅の良い男性の医者の電話番号は電話帳に載っておらず、僕自身もう番号は忘れてしまっていたから、仕方なく訪問診療してくれる医者を探して、電話で呼んだのだ。

 彼の主治医につながれば良かったが、なぜか繋がらなかった。もちろん僕が車で、町一番の大学病院まで連れて行くこともできたのだけれど、彼はこの家から出ることをひどく嫌がったのだ。彼の子供をひとりきりにしたくないのかもしれない。


「そろそろもう一回医者を呼びましょうか。何かよくないものを併発しているのかもしれない。」

「いいよ。医者は嫌いなんだ。大体、僕は元医者でもあるんだよ。自分の体のことは自分が一番よく分かっているし。君には本当に世話になりたくないんだ。」


彼はげほげほと咳き込みながらきっぱりとそう言い切った。「本当に」の部分に力を込めて。『医者の早死』とも言うことを彼が知らないはずはないのだが。とにかく後3日熱が下がらなかったら、無理矢理にでも彼の主治医を呼ぼうと思う。彼は母と同じくらい体調を崩しやすかったはずだから、母にも主治医がいたように彼にもきちんと主治医がいるはずだ。


僕に義理は、ないはずだけれど。


初めてこの家を訪れた時は何も変わっていないかのように感じられたが、この家に住み始めて早くも半月経ち、細かなところで色々と僕たちがこの家を出て行ってから変わっていることに気がついた。


 彼の主治医が変わっていたことはそのうちの変化の一つだ。僕が階段下で転んだ彼を見つけて、主治医を呼ぼうと思い、この家の固定電話を初めて探したときに気がついた。灰色の大きな固定電話のそばに見覚えのある小さな手書きの電話帳が置いてあったのだ。

 僕は母が倒れると、その電話帳を開き今も変わらず僕の足元にある木製の箱の上に立って、子供の背には高すぎたカウンターの上の電話から母の主治医に連絡していた。しまいには11桁の電話番号も覚えてしまい、その電話帳を開くこともなくなったが。そんな小さな赤い表紙の手帳を開き彼の主治医の電話番号をパラパラと探していると、あるページの中ほどに母の主治医だった人の電話番号の上に彼の主治医の名前が並んでいた。



**主治医

×××-××××-××××

△△主治医

□□□-□□□□-□□□□



だがそのうちの一方、僕の母の直筆の方には二本傍線が引かれて、紺色の彼の字で新しい名前が書き込まれていた。その時に気がついたのだ。彼の主治医が変わっていたことに。そういえばこの医者にも僕が熱を出した時や、彼が風邪を引いたとき、よくお世話になった。もうあれから10年以上も経っている。僕たちがまだこの家にいた頃、50代くらいにみえたから亡くなっていてもおかしくはない。実際、医者よりも若かった母もすでに他界している。


人間がいなくなるのは一瞬だ。


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