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試験管ボーイ  作者: 森中満
10/22

10日目-2

全部で15段の階段をゆっくりと上がり、ところどころすいばりが立った古びた廊下を2人で歩く。熱っぽく上気した人の体温に急に懐かしさを覚える。


「……僕の妻だった人もこんな風に君に運んでもらっていたね。」


そうだ。体の弱かった母、特にここに越してきてからは1週間のうち数日は微熱に苦しんでいた。ベージュのエプロンを着けてひとりで台所に立つ母に微熱が出ていると分かったら、僕が幼いながらに母を支えて、母のシングルベッドの上に運んでいたのだ。あの頃はそんなことが何度もあったっけ。


「そんなこともありましたね。」


彼がそんな昔話をするなんて。僕らのことなんて眼中にないものだとばかり思っていた。事実、当時は本当に興味も関心も無かったのだと思う。無かったはずだ。だから僕は少し驚いてしまったのだ。こんなこと話すつもりでは無かったのだけれど。


「母は、あなたのことを忘れたことなんてありませんでしたよ。絶対に。寝る前には僕に絵本を読み聞かせながら僕の中にあなたの面影を見て、丁寧に切りそろえられた前髪の下に瞼を伏せる。朝起きてからも日の光を背にしておはようを言う僕の中にあなたを見ていた。学校から帰ってただいまを言う僕とのやりとりにあなたとのやりとりを重ねていた。1日が24時間だとしたら、24時間。ずっと。」


「そう。」


彼は下を向いてしまっていて、彼の表情は長い前髪の下に隠されている。昔から変わらない決して背が低くはない彼でも裾を引きずりそうなくらい長い白衣に、ようやく昇ってきた太陽の真っ白な日の光がこちらへ向かって反射していても不思議と眩しさは感じなかった。


いつもよりも心なしか長い廊下を歩きながら思う。僕の母はあなたにとってどのような存在だったのだろう?そして……僕は……。


気がついたら僕と彼は扉の前に立っていて、僕の大切な問いは喉の奥へと消えてしまった。

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