29 最高のカード!
昼休みが終わった。
お待ちかね、
「メーン・イヴェント」、
午後は、いよいよ、三年生の登場だ。
第一試合は、
<A組対C組>
今大会、最高のカードである。
体育館は、満員であった。
二階の来賓席には、智子の母親の姿も、見える。
お店の多忙な時間を、やりくりして、
心ならずも、
娘の、
高校生活最後となってしまった、
バスケットボールの試合を、観戦しに、やってきたのだ。
海先生と団先生は、教職員用の席に、
隣り合わせで、
お茶を飲み、柿ピーをつまみながら、座っていた。
二人の表情には、ピリッとした、緊張がただよっている。
C組とA組が、
それぞれベンチ前で、
本番へ向けて、コンセントレーションを、高めている。
準備体操、
ボールを使ってのハンドリングや輪になってのパス練習、
作戦の確認などを行っていた。
A組の、バスケットボールの精鋭たち。
対する
智子率いる、C組の混成チーム。
いったい、どんなゲームを、見せてくれるのだろう。
観客はかたずをのんで、試合開始を、今か今かと待っている。
C組のベンチには、
ゲームウエアを身に着けた、犬城優希の姿も、見えた。
身体を、
小刻みに、震わせ、
黒目勝ちの瞳の奥に、
熾き火を思わせるような、
熱いものを、たたえていた。
リーダーの智子は、即座に考えを、あらためた。
ただの一度も、
練習に、参加しなかった優希を、
先発メンバーから、外そう、
ペナルティーを、与えようと、決めていた。
だが・・・やめることにした。
彼女の眼の中に、
殺気を、ともなった闘争心が、感じられたからだ。
こんな優希を見るのは、初めてだった。
自分の直感に、賭けてみることにした。
バスケットボールの指導書に、曰く、
[直観とは、
・・・指導の基礎工事・・・
その一部を成すものなり]
ベンチに、腰かけている優希。
彼女の閉じられた右手には、
鏡の破片が、
しっかり、握られていた。
「集合!」
ホイッスルの音。
主審から声がかかった。
両軍ベンチから、
先発メンバーが、小気味よくダッシュした。
場内のざわめきが止み、シーンと静まりかえる。
コート中央に、主審をはさんで、
智子率いるC組と、
精鋭を擁するA組が、
向かい合った。
「礼!」
審判のかけ声にしたがって、両チームの選手が、たがいに一礼。
「主将、どうぞ、お手やわらかに」
バスケットボール部では、
智子のパートナーである、薫が、言った。
しかし、A組の誰かから、
こんな声も、聴こえてきた、
「いただきまーす!」
早くも、
優勝トロフィーや副賞を、ゲットしたつもりでいる。
「ユイのやつだな!」
智子にはピンときた。
ユイは、オールマイティーで、
才能豊かな選手だったが、
どこかおっちょこちょい、
要所で、ポカミスが出てしまうタイプであった。
憎めないキャラではあるが。
主審が、センターサークルで、ジャンプボールを投げる。
智子と薫が、
向かいあう形で、ジャンパーをつとめる。
注目の試合開始。
最高地点に達したボールが、落ちてくる。
智子は、
高々とジャンプして、
自軍のポイント・ガードであるサヤカへ、
ボールをコントロールする。
そのボールを、
A組のユイが、狙いすましてカット。
ディフェンスを、ひょいひょいとかわし、
薫へ、バックパス。
さらに薫から、
切り返しの速いパスをキャッチ。
C組ディフェンスの間隙を、縫って、
お手本のような、
ムダのないフォームで、
レイアップシュートを決めた。
A組は、
智子に強力なディフェンスを、
二枚つけ、
ファールと紙一重で、
動きを封じ、
速攻の連続で、
ゴールを奪取していった。
頭脳派・薫の立てた作戦だった。
がっぷり四つに、組んでも、
素人集団の凸凹チームに、
負けない自信は、あったが、
周到に、策を、練ったのだ。
智子に、
変に調子を出されて、
ゲームを引っかきまわされるのは、面白くない。
どんな小さなリスクをも・・・避ける。
ゲームプランの、鉄則である。
できれば、四十分のあいだ、沈黙していて、欲しかった。
長いこと、一緒にプレイしてきているので、
主将については、
詳細知りつくしていた。
月吉智子、
彼女はまぎれもなく、天才肌のプレイヤーである。
このタイプはノリだすと、もう手がつけられない!
目標を立て、それに沿い、
こつこつと努力していくタイプではなく、
生まれながらに、
バスケットボール・ゲームの、
カンどころを熟知している、
天性の、右脳型プレイヤーなのだ。
ミュージシャンにたとえると、
絶対音感の持ちぬし、といえるかもしれない。
薫は、
理解を超える実例を、
何度も、眼前に、突きつけられては、
智子の持つ、
能力の不思議さに・・・首をひねらされた。
インターハイ予選に臨む練習のときのことだ・・・
団監督が、
予選突破の秘策として、
新しく導入する、
高校生には、高度で複雑な連係プレイを、
ボードを使って、説明した。
チームメイトは、ひどくムズカシイ〈数学的ともいえる〉動きを、
竹刀を持った仁王立ちの監督の、
厳しい罵声に、耐え、
ほとんど、無限とも思える回数を、
反復練習して、
ようやく身につけていくのだが・・・
智子は違った。
座学は、からっきしだったが、
いざ、身体を動かすと、
複雑怪奇な連係プレイの、
<特に、難かしい動きを、
要求される、自身のパートを>
いとも、簡単に、やってのけた。
チームメイトが、あっけにとられるくらい、すんなりと。
しかも緊張を、強いられる試合の場で、
練習以上に、
首尾よく、実践してしまう。
主将の動きに、導かれるようにして、
複雑な連係を、
ゲームの中で、
他のレギュラー選手たちも、
操り人形のようにでは、あったが、
どうにかこうにか、こなすことができた。
実際に、
自分たちのパートの動きを、
自家薬籠中のモノにするまでには、
さらなる日数を、要した。
次元が、まるで違う。
驚嘆すべき能力、というほかない。
欠点は、
あきらめが、早いこと。
ネバリ強い面も、あるにはあるが、
コンスタントに、発揮されるには、至らなかった。
一緒にゲームをしていて、
闘争の炎が,
鎮火していく場面を、
何回か・・・経験していた。
そうなると、
監督やチームメイトが、
いくら気合いを入れても、どうにもならなかった。
まるで別人になってしまう。
智子対策は、出鼻をくじくこと、
エンジンが駆動する前に、
ぶっ叩いておくことに、尽きる。
味方として、
参謀役として、
心をくだくのは、
監督にも、
耳にタコができるほど、言われていることだが、
少々の身勝手は、
多めに見て、
智子の気分を良くして、プレイさせてやる、ことだった。
彼女にノリが出てくれば、
自然と、いい流れになるし、
チームが、ビシッと一本に、まとまるのであった。
インターハイ予選決勝のときも、
信じられないような、シュートの連続で、
ギリギリの接戦を、もぎ取った。
あのときの智子は、
何か、神懸っている、としか思えなかった。
潜在脳力の違いを、
まざまざと、見せつけられた、感じだった。
彼女の場合、
ノリさえ出てくれば、
そういう状態にまで、上がるコトは、
稀ではなく、
普通++ぐらい・・・であった。
持てる者と・・・持たざる者・・・
残酷なまでに、一線が引かれている。
それが・・・才能という名の・・・魔物なのである。
A組は、
第1Qを、
速攻につぐ速攻で、ゲット。
敵のリーダーの動きを、
封じることにも、成功した。
C組は、
ポイントガードのサヤカが、
しばし、いいタイミングで、
シュートにつながるようなパスを、出したが、
相手のディフェンス・テクニックは、
その上を、いった。
二枚の烈しいマークが、
智子を、平凡な選手に、落としめ、
彼女に、放たれるパスを、分断する。
インターセプトの鮮かさは、
C組の選手たちに、息を呑ませた。
まるで、心の中を、読まれているかのようだった。
それも、ある意味、しかたがない。
フェイントが、未熟なため、
訓練を積んだプレイヤーの目には、
簡単に、先が、読めてしまうのだ。
哀しいかな・・・経験の差、というやつだ。
C組 6対27 A組
第2Q 開始のホイッスル。
「智子ぉー、優希ちゃーん、がんばって!」
二階席の、智子の母親から、
大きな声援が、かかった。
手を振り応える、智子と優希。
「智子ぉー!負けたら、晩ごはん抜きだからね」
「うるさいなァ、もーう!」
智子のリアクションに、顔をほころばせる優希。
智子の速いスローイン。
味方のポイントガード、サヤカがキャッチ。
そのボールを、
横から、スッと出てきた、薫の手が、
強い力で、上から、叩き落とした。
不規則なバウンドを繰り返し、
ボールは、コート中央に立つ、
優希の足もとに、転がってきた。
ボールをひろった優希は、
ゴール近くまで、トコトコ歩く。
相手チームの選手たちは、
キツネにつままれたような表情で、
彼女を、見ている。
優希は、ゴール前で、踏み切って、ジャンプした。
ヒラヒラ空中に舞い上がり、
ダンクシュートを決めた。
「・・・・・・!?」
観客は、
拍手をすべきか、迷った。
コート上では、
A組の精鋭たちと、
C組の四人が、
止まったような時間の中で、ポカンとしている。
ホイッスルが吹かれ、
「ファール!」
が宣告された。
カタチの良いアゴに指をあて、
首を、かしげている優希。
智子がそばに寄ってきた。
「優希!
ボールを持ったまま、トコトコ歩いてどーするのさ。
三歩以上歩けば、トラヴェリング。
ドリブルしなけりゃ、ファールを取られるって!」
「ああ、そっか。忘れてた」
優希の悪びれないリアクションに、
智子の頬がゆるむ。
「まっ、いっか。
しかし、あのダンクには、花マルを進呈!
私にもできない、高度なスキルなんだから」
ポジティブな智子は、友人のダンクを、称賛した。
「どういたしましてじゃ☆」
クルリと一回転ターン、
花のように、両手を、広げてみせる優希。
彼女の仕種は、
智子やチームメイトにいい雰囲気をもたらし、
C組に、負荷をかけていた、
おかしな緊張をも、払しょくしてくれた。
「(ファールのひとつやふたつ、
どーってことないじゃん、
とにかく、楽しもうよ・・・このゲームを!)」
てな具合に。
相手チームのリーダー薫は、
智子の輝きつつある顔や、
リラックスした雰囲気を、かもし出している、
他のC組代表を見て、
心の中で、舌打ちした。
「(マズイな!)」
智子専用のマーク二名に、
ディフェンスを、より強化するよう、指令を出した。
「ファールをとられても、ぜんぜん、かまわないから!」
念押しも、忘れなかった。
あい変わらず、持てる力を、すべて出し切り、
智子をスポイルしている、A組のディフェンス・コンビ。
C組は、
ポイントガードのサヤカが、機転を利かせた。
みんなに指示を出し、
急きょ、
優希の方へ、パスを集中させたのだ。
優希は、
走り高跳びで、披露した、
華麗なるジャンプで、
おもしろいように、シュートを決めていった。
ランニングシュート、レイアップシュート、ダンクシュートが、
連続して、ゴールネットを揺らし、くぐり抜ける。
海先生の、こわばった表情が、
ようやく平常にもどり、
ニコニコ潜水艦が、浮上した。
団先生も、自分の見こみに、
マチガイはなかったと、
大きくうなずき、頭をテカらせる。
サヤカから、
スローインを受けた優希は、
ドリブルしながらゴールへ疾走する。
対する、A組のユイは、
獲物を追う、ハンターと化し、
シャープに、空気を切り裂いて、
優希を仕留めようと、
自慢の俊足をとばす。
白熱のデッドヒート!
ユイが、追いついた・・・
ボールに、手を、伸ばす。
「いただきマンモス!」
その瞬間、優希の姿が、消えた。
ユイの顔が、
前後左右、
そして・・・真上を向く。
優希は、
糸を引くように、
垂直に、舞いあがり、
一回転しながら、シュートを放りこんだ。
両腕を真横に広げ、
ピタッと、着地を決める。
「ごちそうサマンサ!」
ユイを見て、さらっと、優希が言った。
「キィーーーッ・・・!!」
地団駄を踏んで、
悔しがる、ユイ!
第2Q終了。
C組 36対32 A組
優希の活躍により、ついに逆転。
C組代表の、意気は上がる。
ベンチ内には、活気が、潮のように満ちてくる。
A組の作戦は、ほころびつつあった。
なにしろ、相手のボールは、
ほとんど、智子には、集まらなくなっていた。
二枚のディフェンスは、意味を、失う。
C組は、
<優希にボールを回せ!>
というスローガンができたために、
試合はこびの、腰が、すわった。
智子は、
主役の座をうばわれたにしては、ゴキゲンだった。
試合の展開が、息を吹きかえしたこと、
親友の活躍が、
素晴らしく、
イイ刺激を与えてくれていることにより、
なんとも言えぬ、ワクワク感に、ひたっていた。
口元は、逆への字(V)。
第3Qを迎えた。
相手のパスボールをインターセプトした智子に、
早速二枚のマークがつく。
ボールを手にした智子は、
ドリブルとピボットを巧みに操り、
ディフェンスコンビを、翻弄する。
マーク二名は、
ボールをインターセプトしようと、
執拗に、手を、伸ばしてくるが、
そうは、問屋が卸さない。
リズミカルに、ぎりぎりの線で、かわしていく。
マーク一名の、目が光った。
「来るな!」
智子は察知した。
これまで何度も、
思いっきり、手や腕を、張られていたのだ。
相手のラフプレイが、繰りだされる!
素速い身のこなしで、かわしきった。
一か八か、
無理を承知で、
放つ・・・ロングシュート。
バランスを崩した体勢から、
放たれたボールは、
地肩の、とんでもない強さも手つだって、
バッグボードのストライクゾーンを、
遥かにはずし、二階席まで、スッコーン!と飛んでいった。
「いっけねーっ!」
ボールの軌道を見て、声を上げる、智子。
智子の母親に向かって、
うなりを上げて飛んでくる、暴走ボール。
<はっし!>
ウルトラ・ジャンプを繰り出し、
ボールに、とびついた優希。
目にも留まらぬ速さで、
二階席のフェンスを、
キックでターン!
ブーメラン軌道で、
美しく翻り、
ゴール真上へ、到達、
スーパー・鯱鉾・ダンクを決めた!!
「おやまァ!」
智子の母が、オドロキの声を、あげる。
海先生と団先生は、湯のみ茶碗でカンパイする。
A組の代表は、
まるで、
モーゼの紅海真っ二つ割りでも、
目撃したような表情だ。
観客は、大喜び、
拍手、喝采、雨あられ、おセンベイ。
体育館内のヴォルテージは、
最高潮に達した。




