28 球技大会当日
体育の日の、
今日は、
抜けるような青天にめぐまれた。
球技大会を、知らせる花火が、
威勢よく、ポン!ポーン!とあがった。
横断幕が張られ、
【水晶学園高校球技大会】
と墨書きされていた。
ブラスバンドが、
今風のアレンジをほどこした校歌を、
カッコ良く演奏している。
選手たち、応援団の顔は、晴れやか。
保護者も、ハンディー・キャメラなどを持ち、大勢がつめかけていた。
校長先生やPTA代表のあいさつに続いて、
壇上に上がるのは、
月吉智子。
生徒を代表して、選手宣誓を行った。
簡潔できびきびした、気持ちのいい、宣誓だった。
午前中は、体育館と校庭を使って、
一、二年生の試合が行われる。
いわば前哨戦のようなものだ。
見物する方もリラックスモード。
各ブロックへ行って、応援する。
試合そのものよりも、
応援団の方に、熱気が、こもっていたりするのだ。
代表選手は、九割が、女子生徒である。
男子の姿を見るのはマレで、
天然記念物のような彼らは、
気恥ずかしそうに、ボールを追いかけていた。
水晶学園の女性上位は、しばらくのあいだ、揺るぎそうにない。
智子主将は、
体育館と校庭を、急がしそうに行き来しては、
バスケットボール部の、次代を担う、
可愛い後輩たちに、ゲキを飛ばす。
主将の姿をみとめると、後輩たちは、プレイにいっそう身を入れた。
猪瀬が、『まんが喫茶』を出たのは、
午前十時を、少しまわった頃だった。
暗いところから、
いきなり、さえぎる雲のない、太陽の下へ出る・・・
・・・まぶしさに、頭が、クラクラした。
球技大会で、犬城優希の姿を、
もう一度、この目で、しっかり見てやろうと・・・決心したのだ。
持ち前の行動力と、
いくばくかの好奇心が・・・恐れを・・・ついに克服した。
狭くて薄暗い『まんが喫茶』に、
終日こもっていると、
焦燥感で、気が滅入ってくる。
もう・・・おかしくなる寸前・・・であった。
ここは、イカれちまう前に、行動を起こすべきだ、と考えたのだ。
鹿間とは違い・・・
猪瀬には、
旺盛な生命力が備わっていた。
猪瀬の頭の鍋では・・・
<?????????>
・・・疑問符想念・・・が、
沸々と煮えたぎっていた。
〈犬城優希もどき・・・彼女は・・・いったい・・・何者なのだ?〉
〈考えるだけで・・・アタマが・・・痛くなってきやがる!〉
〈じかに、話しかけて・・・化けの皮を・・・ひん剥いてやるぜ!〉
三年生が登場するのは、午後である。
そこで、床屋へ寄ることにした。
ボサボサになった髪を、カットして、さっぱりしようと思ったのだ。
床屋というよりは、
催眠術屋にこそ、ふさわしいと思われる、
赤・青・白の模様がクルクル回る、
円筒状の看板が目印の、
行きつけの店に入る。
お客の姿はなく、
すぐに、散髪に取りかかった。
大鏡に映った、自分の顔を、じっくり見る。
顔色が悪く、少しムクんでいた。
不健康な生活は、
てきめん、外見に現われる。
床屋の主人の熟練したハサミ使いで、
猪瀬のヘアーがカットされ、整えられていく。
髪を切るときの、チョキチョキ音は、気持ちがいい、
精神衛生を、向上させてくれる、サウンドである。
髪を洗うため、
椅子に腰かけたまま、前屈姿勢をとる。
床屋ならではの、けったいな体勢だ。
シャンプーが終了。
タオルで拭いて、ドライヤーで乾かす。
次いで、ヒゲ剃りの開始。
頬やアゴ、鼻の下に、
泡立てたミルク色のシャボンが、塗られていく。
シャボンの温かさ、
ハケの肌ざわりの心地好さが、
眠気を誘う。
硬さを増し、
大人街道驀進中のヒゲを、
きたえ抜かれた、カミソリテクニックで、剃っていく店主。
しばし、ウトウトしてしまう・・・猪瀬。
ドライヤーで、髪形を整え、フィニッシュ。
店主が、週刊誌サイズの鏡を、
後頭部にかざし、
前方の大鏡と、
合わせ鏡にして、
仕上がりぐあいを、本人に確認してもらう。
うなずいて、OKを出す、猪瀬。
手ボウキを使って、服に付いた、髪の毛をサッサとはらう。
「お兄さんは、アレルギー体質だったかな?
それとも、思われニキビかい?
発疹してるね」
床屋の主人が、
渡してよこした鏡で、
自分の顔のアップを、しげしげと眺める。
言われたとおりだった。
口のまわりや、
鼻の頭から、
顔全体にかけて、
うっすらと、斑点が、広がっている。
けっこう、目だつ。
明太子になった気分だ・・・
コーラとジャンクフードの生活が続いたせいかな。
鏡を、床屋の主人に、返そうとした時に、
強烈な発作が、猪瀬を襲った。
ガクン!ガクン!
身体を、激しく、上下させた。
両手で、覆い隠すように、顔を押さえ、
呻き声を、上げる!
鏡が、リノリウムの床に落ちて、
砕け、
破片が、飛び散った!
猪瀬は、腰かけたまま、
身体を、前方に、折り曲げ、
いきむような声をあげた。
必死で、なにかに耐えている、
そのために、
費される・・・膨大なエネルギー。
「どうしたの、ぐあいでもわるいのかい?」
床屋の主人が、猪瀬の肩に、手をかける。
猪瀬は、ガバッと、起き上がった。
左右のひじ掛けを、力いっぱいにつかみ、
身体を、突っ張らせて、硬くする。
同時に、
震度7クラスの痙攣を、発症した!
電気椅子で処刑される、
死刑囚のような、
もの凄い、裏声を上げ、
全身を、激震させた!
忽然と、
顔の斑点が、
赤い色を濃くし、
固まり、
浮き出し、
立体化した。
斑点の内側から、
皮膚を、
突き破って、
回虫が、
いっせいに、
ピロピロと、びっくり箱みたいに、飛びだした。
顔を基点に、
三十匹以上の、
白い回虫が、
粘液をぬらつかせ、
奇っ怪なダンスを踊る。
「どわぁーっ!!」
両手で、顔を、押さえ、
うなり声を発し、
椅子の上で、のたうちまわる、猪瀬。
指のあいだから、
回虫が、
続々と、涌き出てくる、
クチャクチャ、音を立てて、
気色の悪い動きを、繰り返していた。
斑点は、
顔から首、さらに下へ、
みるみる広がっていった。
またたく間に、
濃い赤に、
変態し、
硬度を、増した。
硬い濃赤色のカベを、
ぶち破って、
回虫が、
首から腕、手首にかけて、
次々と、生まれ出ては、
ぬめり光った、白い軟体の身を、
クネクネ動かし、
ダンスを踊り、
自己主張を強め、
生存の場を、広げていく。
やがて、宿主の、全身にまで、
その勢力を、拡大させていった。
まるで・・・うどん星人のような・・・猪瀬。
しばらくすると、彼の身体は、
無数の回虫に、
浸食され尽くしてしまった。




