23 泣きセンベイ
群生しているハスの葉が、
涙で、
ぼやけてゆがんで見える。
智子は、コンビニで買った、
<揚げしょう油センベイ>を食べ、
泣き続けていた。
校内放送で呼び出され、
職員室に入っていくと、
海先生の付きそいで、
校長室へ、通された。
校長の口から、
「美術部の生徒の不祥事にともない、
水晶学園は、今後一年、
対外行事の参加を、
自粛する方針を決定した」
と告げられた。
つまり、国体や、
三大大会のラストをかざる、
女子バスケットボールの、
ウインターカップ予選への出場も、
辞退せざるを得なくなってしまったということだ。
この決定は、
智子にとって、死刑宣告に、ひとしかった。
涙があふれ、号泣し、校長室を飛び出した。
海先生が、あわてて、後を追いかけたが、
彼女の脚力には、
とうてい、かなうものではない。
泣きながら食べるセンベイは、
すでに、三袋をかぞえた。
泣きセンベイは、なぜかウマい。
好物のスナック菓子を食べ、
大つぶの涙を、とめどなくこぼす。
不忍の池の柵を、
ぶっ叩き、蹴とばし、うなった!
ひと息つき、
これまた、三本目のレッドブルを、ガブガブ飲む。
曇り空から、雨粒が、落ちてきた。
傘がない・・・
雨は、冷たかった。
自身の哀れさに、
雨の冷たさに、
運のなさに、
涙の量が増す。
センベイを食べ、レッドブルを飲む。
どのくらい、泣いていたのだろう?
もはや・・・雨の冷たさも・・・感じない。
雨は、
止んだのだろうか?
そんなことはない。
あい変わらず、池には雨が落ち、
ハスの葉を、勢いよく、叩いている。
「?」マークが浮かぶ。
ふと、空を見上げる。
頭上にさされた傘が、
雨から、
自分を守ってくれていた。
ふり返る。
そこには、優希がいた。
二本の傘を広げ、
慈しむような微笑を・・・浮かべている。
「ト・モ・コ・・・かぜひくよ」
「優希!」
感動がこみあげ、
体温が上昇し、
寒さが吹き飛んだ。
友達・・・その存在のありがたさが、
身にしみた。
智子は、友人の胸に、顔をうずめて泣いた。
「うん、うん、」
優希は、
悲劇の主人公の、
頭に手をやり、うなずく。
「海先生から、
事情をきいたよ。
とんだ、災難よね」
智子は、まわりの視線など、気にせずに、
子供に退行して、
思うぞんぶん、友人の胸の中で、泣きまくった。
優希は・・・意外に・・・巨乳だった。
「きょうは、学校をさぼって、
ドカンと、一日はじけまくろうか!!」
まじめな優希の口から出た、
すこぶる粋な提案である。
智子は、一も二もなく、乗った。
優希専用のキャッシュカードで、
ウィンドブレーカーとキャップを買った。
キャップを、目深にかぶり、
即席の、変装の、できあがり。
学園方面から離脱。
新宿へ、向かった。
まずは、軽く腹ごしらえ、マックにレッツ・ゴー!
きょうは、二人とも、フィレオフィッシュのセットである。
飲みものは、ホットコーヒー。
智子のプレート上には、
フィレオフィッシュ、Lサイズのポテトとコーヒー、
ホット・アップルパイ、 アイスクリーム、
メガマック×2個が、ひしめきあっていた。
バスケ部の主将は、むしゃくしゃすると、
食べることで、ストレスを発散する。
二つある、
ストレス解消法のうちの、
パートⅠ〈ワン〉の発動である。
彼女の手持ちのカードでは、
ポピュラーな方であった。
涙は、十二分に、出しきった。
つぎは、胃袋を満たす番だ。
まずは、Lサイズのコーヒーに、口をつける。
温かいコーヒーを、流しこむ、
のどを通りぬけ、
食道を伝っていく心地よさ。
かすかに口に残る、ほんのりしたニガみが、なんともいえない。
「ふーう」
ひと息つく。
呼吸が胸式から、腹式になった。
落ちつきが、担保される。
宣戦布告とばかり、
メガマックへ、手を伸ばした。
思いきりよくかぶりつく!
両頬をふくらませ、もぐもぐ食べる。
ファーストフードには、
フレッシュベーカリーにない、良さがある。
<早い・安い・温かい>
あっという間に、メガマックを、制覇。
目の前の、優希お嬢さまは、
コーヒーやポテトには、目もくれずに、
フィッシュバーガーの、ブルーの包み紙を、
例によって、たいへん丁寧に、開き、
バンズから、
フィッシュフライの部分だけを、
抜きだし、
タルタルソースを、
ティッシュで拭きとるや、
威勢よく、ガブリと・・・噛みついた。
わずか、ふた口で・・・フライ完食。
長い舌を、
器用に使い、
くちびるのまわりや、
指先を、ペロペロ舐める。
長く伸びたツメは、鋭くトガっていた。
あっけにとられる智子。
友人のプレートの隅には、
中身のないバンズが、
きれいに重なり合っていた。
優希の視線は、
智子のまだ手つかずの、フィッシュバーガーに、注がれている。
「よかったら、食べる?」
フィレオフィッシュを、差し出した。
優希はニッコリしながら受け取る。
「お返しにどうぞ」
と言い、
中身のないバンズを、
丁重に、差し出してよこした。
「ふざけないでよ。笑えないジョークだよ」
と言いつつ、
ちょっぴり、シュールな展開に、笑ってしまう。
先ほどと同じように、
優希はフライ部分だけを、タルタル抜きで食べた。
智子は眉をしかめ、
目の前の友人の、作法を、
いぶかしそうに、詮索する。
はたして、意図されたユーモアなのか?
それとも、
優希がときおり見せる、天然ボケなのか?
しかしだ・・・
仮に・・・ユーモアとしても、
犬城家の、気品ある、
お嬢さまらしからぬ、いただけないジョークではある。
自分が、
つい、今しがたまで、
泣いていた事実など、
どこかへ、消し飛んでいた。
指先を、
舌で清めている、
目の前の友人に、
説教のひとつでも、
してやろうかという思いに・・・かられる。
のど元まで、出かかったが、それを、ググッと飲みこんだ。
優希にマナーを説くなど、
釈迦に説法。
おそれ多いことだ。
優希の、意味不明なふるまいも、
食欲にはまったく影響なし。
プレート上のモノを、すべて平らげた智子。
・・・まぁ、腹六分目といったところだ。
二人は、腹ごなしに、ゲームセンターへ入った。
シューティング系のゲームを、得意とする智子。
一方の優希は、
リズム系のゲームに、能力を発揮した。
UFOキャッチャーは、
智子がクレーンを操作し、優希が横からナビゲート。
コンビネーション・プレイで、景品を、ざくざくゲットした。
いつの間にか集まった、
ギャラリーたちの注目をあびて、ちょっとしたスター気分。
景品を、気前よく、
ギャラリーたちに、おすそわけする。
たっぷりゲームで遊んだあとは、
せっかく新宿まで来たんだからという、
智子の提案・・・ゴリ押し?で、
西新宿の中古レコード街へ。
めざすは・・・むろん、
ドアーズ『ストレンジデイズ/まぼろしの世界』
リアジャケット写真付きアナログ盤LP。
前回の経験が生かされ、
ビギナー感は、すっかり、失せていた。
ふたりは、
迷わず、コーナーの棚まで進み、
コンビニで購入した、
すべり止め付き軍手を、それぞれが装着。
手つきよろしく、アルバムを、扱った。
表裏を、
スピーディーかつリズミカルに、チェックしていく。
優希もそばにいて、
同じようにチェックしている。
集中度の高い、
四つの瞳が、
リアジャケットに、狙いをすましていた。
合計8件の中古店めぐり。
時間は、大幅に、短縮されたが、
収穫はゼロ。
徒労に終わった。
ああ・・・『まぼろしの世界』。
ふたりは、
雨空の下、傘をさしたまま、
たがいの背中を合わせて、寄りかかる。
ため息をつき、同じ言葉を、シンクロさせた。
「お腹すいたー!」




