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ブレイクオンスルー  作者: カレーライスと福神漬(ふくじんづけ)
13/40

13 考査試験(こうさしけん)最終日

 そして、試験最終日しけんさいしゅうびを、むかえた。

 

 

 いつもの大噴水前だいふんすいまえで、

 スマートフォンを片手かたてに、友人を待つ智子。


 現在時刻げんざいじこくを、たしかめる。

 ふだんより、あきらかにおそい。

 時間には、正確せいかくな、タイプなのに。

 ラインで、メールを入れてみるが、リターンはなかった。

 

 しばらくして、ようやく優希が姿を見せた。

 

 片手かたてに通学バッグ、

 もう一方いっぽうの手には、バスケットケースを持っている。


今朝けさは、また、どーしたの?」

 けげんな顔をして、智子がたずねる。


「うん、まぁ、いろいろあってね」

 バスケットを開いてみせる。

 

 なかから、小さな黒ネコ、クリルがひょいと顔を出した。

「ミャオー♪」

 智子に、愛らしい鳴き声を、ひびかせた。


「わけを、聞かせてくれるかな?」

 クリルと優希を、交互こうごに、見ながら言った。


昨晩さくばんのことだけど、智子が、勉強会をおえて、

帰ったあとの、話になる。

わが家のキッチンに、ネズミが出たのよ!

それも、大きなぬしみたいのがね。

それを見たお母様かあさまが、大さわぎ。

さっそく、きょうを、

一斉いっせいネズミ退治たいじ、としたわけ。

朝から、消毒屋しょうどくやさんが、

バタバタやってきて、もうたいへん。   

それで、しかたなく、れて来たのよ」


「ペット用のホテルにあずけるとか、

選択肢せんたくしは、いくつかあったでしょうに」


「この子、人見知ひとみしりがはげしいし。

きょうにかぎって、

どうしても、私から・・・はなれようとしないのよ。

はじめて見たネズミが、よっぽどこわかったのね。

きのうから、ふるえっぱなし。

この子には、

ネコとしての本能ほんのうが、

DNAに、みこまれていなんだわ・・・きっと」


「あんた、クリルといっしょに、

試験しけんを受ける気なの?」

 あきれがおの智子。


「ほかに、方法が(ほうほう)、あって?」


「ふむ。うちにあずけてくれれば、かったような」


「言ったでしょう。人見知ひとみしりが、はげしいのよ」

 

 智子が、クリルの目の前で、

 指を、ひょこひょこ動かしみせる。

 母性本能ぼせいほんのうを、刺激しげきする、

 なんともいえない、

 可愛らしい鳴き声を、子ネコがげた。

 思わず、胸が、キューンとしてしまう。


「けっこう、人なつっこいと、おもうけどなァ」

 すっかり、母性顔ぼせいがおに、なっている智子。


「どうやらあなたは、例外れいがいみたい。

ほかの人はダメなのよ」


試験官しけんかんの先生に、見つかったら、

即退席そくたいせきさせられる。アウトだよ!」


「しかたないもん。足もとで、おともしてもらう」


 

 ベールをかけた、ペット用バスケットを、持った、

 優希が、

 しのび足で、教室に入る、

 智子も、人目ひとめをはばかるようにして、あとに続いた。

 

 

 試験科目は<英語>。

 科目かもくと、開始・終了の時間が、

 板書ばんしょされている。

 

 試験開始直前しけんかいしちょくぜんである。

 空気くうきが、ピーンと、はりつめている。

 

 試験のときだけ、二人の席は、離ればなれになる。

 中央やや後方に、優希の席がある。

 足もとには、クリルの入ったバスケットが、かれていた。

 少し離れた、窓よりの、さらにうしろのほうに、智子の席があった。

 クリルのようすを、ぬし以上に、心配している。

 

 

 海先生が、教壇きょうだんに、あがった。

 試験官は、ローテーション制だ。

「いまから、問題用紙と解答用紙を、順番にくばっていきます。

解答用紙に、ID番号、クラス、氏名を、記入きにゅうしたら、

時間がくるまで、両方りょうほうとも、ふせたままにしておいて下さい」


「それでは試験開始!」


 水をうったように、しんとした教室内に、

 見まわりに歩く、海先生のクツ音が、高くひびく。

 

 みけんにシワをよせ、

 長文ちょうぶんを、読解どっかいしている智子。

 

 スーツ姿の海先生の、

 ぽっこりした〈寄生虫を育てた〉おなかが、

 バルーンのように、

 彼女の横を、通りすぎていった。


「ミャアォ♪」

 クリルの鳴き声がきこえた。

 

 ハッとする、智子。

 とうの優希は、まったく気づかない。

 試験に、没頭ぼっとうしている。

 

〈おや!?〉

 という表情をうかべ、

 あたりを見まわす、海教官かいきょうかん


「ミャアォ♪」

 ふたたび、クリルの、ごえ

 

〈気のせいではない!〉

 

 確信かくしんした、海先生は、

 教壇きょうだんにもどり、

 一段いちだんたかいところから、

 教室内を、注意ぶかく見まわした。

 

 ダイナマイトの導火線どうかせんに・・・火がついた。

 優希はなにごともないように、

 さらさらシャープペンシルを、走らせている。


「ミャアォ!」

 第三弾だいさんだん・・・ついに決定打けっていだが、はなたれた!


「誰だね?

教室内に、ペットをれこんでいるのは?」

 教卓きょうたくに、 両手をついて、海先生が言った。

 

 生徒たちの集中がほころんで、

 教室内がざわつきはじめる。

 ようやく・・・

 事態じたいに・・・気づいた優希。

 身体が硬直こうちょくして、

 あせが、ながれてくる。

 

 海先生の視線は、音源おんげんを、正確にたどって、

 レーダーのように、彼女の足もとに、向かう。

 

「マズい!」

 とっさに智子が、挙手きょしゅ

「すみません、スマートフォンのちゃくメロです。

電源を、切るのを、忘れていました」


「バカモン!!

真剣味しんけんみりないから、

そういうミスをする!」

 大砲たいほうのような叱責しっせきが、あびせられた。

 

 日頃ひごろの海先生からは、

 想像のできない、

 すごい剣幕けんまくだ。

 

 智子はむろんのこと、

 ぜんクラスメートのすじが、

 ビシッとびた。


「ス・ミ・マ・セ・ン」

 うつむいて、謝罪しゃざいする、智子。

〈めずらしく・・・落ちこんだ・・・〉。

 

 海先生は、有無うむを、いわさずに、

 智子のスマートフォンを、

 没収ぼっしゅうすると、

 試験を再開さいかいさせた。

 

 海先生の、武器ぶきは、なにも、ユーモアだけではない。

 生徒を、きちんとしかれるところに、

 その本領ほんりょうがあった。

 

 試験終了のチャイムがっても、

 少しののあいだ、

 智子はうつむいたまま、せきから立ちあがれなかった。

 

 

 休憩時間中。

 

 トイレへ、バスケットを、持ちこんで、

 クリルに、水とエサを、やりながら、

 かばってくれた友人に、

 しきりと、おびを、する優希。

「私の思慮しりょが、あさかった!

イヤな思いをさせてしまって、本当に、ゴメンなさい!

英語の試験は、ちゃんとできた?

もしものことがあったら、私・・・

・・・責任せきにんを、感じてしまう。

つぎの時間から、クリルには、

ロッカーで、お留守番るすばんしてもらうことにする」


「海先生の、大目玉おおめだまには、

正直しょうじきちこんだけど、

試験しけんに、影響えいきょうはなかった。

赤点あかてんにはならない・・・ノープロブレムさ」

 

 優希は・・・まじまじと・・・友人の顔を見る。

 

 もう・・・ふだんの智子に・・・もどっている。


 精神せいしんのよどみは、

 彼女から、すっかりっていた。

<なんと、切りかえの、速いことだろう!>

 けっして、引きずらない。

 

 だからこそ、緊張度きんちょうどの高い、

 試合の、さなかでも、

 マイナスを引きずらず、

 つねに、

 前を、向きつづけて、いられるのだ。

 

 優希は、すくわれると同時に、

 友人の、生まれ持った、

 アスリートとしての、抜群ばつぐん資質ししつに、

 あらためて、驚かざるをえなかった。



 試験最終日の<トリ>をつとめる科目は、

 臨時担任りんじたんにんである、

 海先生の生物せいぶつだった。

 教官は、現代国語げんだいこくごの先生。

 

 海先生の出題しゅつだいする、

 生物の試験問題は、楽しい授業とは、まるでちがう。

 変にややこしく、こみいっていて、むずかしい。

 

 学年の平均へいきんが、四十点未満(みまん)ということもあった。

 

 ただし、試験勉強にのぞむ生徒に、

 目くばせというか、ヒントは、あたえていた。

 

 海先生の場合、講義こうぎの、面白おもしろい、

 脱線だっせんしたところは、

 試験では、重要視じゅうようしされておらず、

 さらっと、流してしまう部分こそ、ポイントとなるのだ。

 

 優希は、そのことに気づいている、生徒の一人であり、

 攻略法こうりゃくほうを、持っている、

 かずすくない生徒の、一人でもあった。


 そこで、大きく、役にたつのが、

 彼女のノートだ。


 海先生の、出題傾向しゅつだいけいこうを、

 つっこんで、分析ぶんせきしたうえで、

 ふだというべきノートを、使う。

 生物の、試験対策しけんたいさくは、ばんぜんであった。



「試験始め!」

 

 ふせてある問題用紙を、

 パラリと、ひっくりかえす智子。

「なるほどね!」

 問題を読みすすめ、なっとくする。

 

 優希(いわ)く、

「生物だけは、ヤマをはっても、ダイジョーブ」

 

 ご指摘してきのとおりだ、

 講義で、流された部分が、拡大かくだいされ、

 問題として、提出ていしゅつされている。

 ヤマをはったところが、

 ピンポイントで、面白いように出題しゅつだいされていた。


「こいつはラッキー、いただきます!」

 満足のいく、解答を、書きあげた智子は、

 口を、逆への字(V)にして、会心かいしんの笑みを浮かべた。



「うおーっ。ようやく、おわった!」


 智子は、屋上で、バックちゅうすると、

 シートの上に寝ころがり、発達はったつした身体を、

 だいに、思いっきりばし、

 空を見あげ、えるように、さけんだ。

 

 優希も、シートをき、友人の横に、腰をおろした。

〈学園の受付には、貸出用かしだしようのシートが、あるのです〉。


「ふふふ。どうだった、試験の成果せいかは?」


 智子の目は、

 小皿のミルクを、夢中でめているクリルの姿をとらえ。

「誰かさんのせいで、

中断ちゅうだんには、あったものの、

よくできたほうでしょう。

絶妙ぜつみょうのパスから、シュートを決めた気分!」


 本日ほんじつの空のように、晴れ晴れとした、智子の表情。

「期待できそうネ。

自信がことばを裏打うらうちしている。おつかれさまでした」


「どういたしましてじゃ。そういう、きみは、どうだったの?」

 OKサインを、出してみせる、優希。


「聞くまでも・・・ないか」

 

 智子は、ガバッと、身をおこすと、

 コンビニのふくろに、

 手をつっこんで、特大オニギリとお茶を、つかみ出す。


 優希も、

 自分の袋から、

 サンドイッチと、レモンティーのペッとボトルを取りだした。

 

 たがいの、ミニペットでカンパイ。

 のどを、しめらせる。

 

 うまそうに、明太子めんたいこオニギリを、パクつく智子。

「これからは、しばらく、別行動べつこうどうだね」


「そうね」

 タマゴサンドをだいじに、かみかみしながら、

「バスケットボールを、している智子が、なんといっても一番!

いきいきとしてるもの」


「国体かぁ。

初舞台はつぶたいで、ワクワクする反面はんめん

不安ふあんもある。

混成こんせいメンバーで、

うまく、ひとつのチームとして、機能きのうするかどうか。

あの、桃花とうか高校中心で、編成へんせいしてくるであろう、

三重県みえけん代表に、どこまで、わたりあえるのやら」


「あの人たちは、強敵きょうてきよね。

とくに、あのエースとポイントガード。

チャレンャーとして、やりがいを、感じるでしょう」


実力じつりょくは、ひとまず、おいておくとして、

思いきり、ぶつかっていける相手ではある。

なんたって、高校女子ナンバーワンだから、あのエースは」


一矢いっしむくいてほしいな」

 レモンティーを、コクコク飲む。


「その前に、」

 人さし指を、ピンと立てて、目くばせをする、智子。


「え!?」

 なんだろうと、首をかしげ、

 思案しあんをめぐらせる、優希。


花火大会はなびたいかい

ほら、恒例こうれいの・・・

今年は、大雨おおあめがふって、

延期中えんきちゅうだよ」


「うんうん」

 うれしそうにうなずく。

「買った花火も、

ダンボールにはいったまま、

押し入れで、出番でばんを待っている」


「あれは、いささか、

爆買ばくがいぎみだけど。

土曜日の夜にでも、どう?」


「いいね」

 髪をかきあげるしぐさで、優希が言った。


 

 どちらともなく、腕を枕に、横になる。

 空はすてきに青く、

 九月の、そろそろ秋を予感させる、風は、

 軽い寝息ねいきを、たてる二人を、やさしくなでていった。

 

 

 校内放送の音声で、ハッと、目をさました優希。

 

 放送は、

月吉智子つきよしともこ

 を職員室に、呼び出す内容のものだった。

 

 身体を、おこした優希は、

 天下太平てんかたいへいを、

 いたような、友人ゆうじんの、

 覚醒かくせいに、とりかかる。

 がっしりした身体を、ゆらす作業さぎょうは、けっこうな、チカラ仕事だ。

 

 おうぎで、ぶったたいても、

 ビクともしないくらい、深く眠りこんでいた。

 いくらゆすろうとも、反応はんのうなし。

 健康人間けんこうにんげんの、標本ひょうほんみたいである。


 しかたがない、奥の手を、出すかァ!

 

 優希は、友人の両方のクツを脱がせ、くつ下をクルクルはぎ取る。

 それから、バスケ部の主将の、左右の親指おやゆびをつかみ、

 気合きあいを、こめて、

 力いっぱい、引っぱった。


「ひぃーく!!」

 しゃっくりのような、変てこりんな声を、あげ、

 

 智子の、両目りょうめは、パカッとひらかれた。

「なによ、もーう。ヒトが、気持ちよく、寝てたのにィ!」

 とんでもなく、フキゲンな、ごようす。

 青筋あおすじが、ビキッと、立っている。

 前科を10犯以上を重ねたような、

 凶暴きょうぼうな目つきである。

 熟眠妨害じゅくみんぼうがいのうらみは、おそろしい。

 

 しかし、優希は、心得こころえていた。

「いま、校内放送で、緊急きんきゅうの呼び出しがあったの。

職員室まで、すぐ来るようにって」


 相手に、怒りを、発揮はっきする、

 いとまを、あたえず、

 切迫感せっぱくかんを、思いっきり、フィーチャーして、

 三倍速さんばいそくで、しゃべりきった。

 

 なにがなんだか、理解できないカオスのうちに、

 誘導ゆうどうされてしまった智子。


「なんだろうな?

赤点あかてんとっちゃったのかなァ。手ごたえは、あったのにィ」

 眠い目を、こすり、

 くつ下を、はき、

 足を、革グツに、すべりこませると、

 バッグを手に持って、

 屋上おくじょうを、あとにする。

 

 そのとき、

 ふと、振りむいて・・・あたりを見まわした。

「あれっ、クリルは?」


「そのへんにいるでしょう、いたずらっ子だから。

さあ、早いとこ、職員室に行ってちょうだい」

 ポンポンと、手をたたき、行動をうながした。


 

 職員室を出て、優希の待つ、屋上へ引き返す智子。


 用件ようけんというのは、

 国体の、東京代表の、練習スケジュールについてであった。

 綿密めんみつに、プログラムが、まれており、

 これからまた、

 バスケットボールづけの日々(ひび)がはじまるんだ、

 と、

 感慨かんがいに、ひたりながら、

 階段を上っていった。

 

 屋上にもどると、

 なにやら優希が、ただならぬ気配けはいを、ただよわせていた。


「どうかした?」


「クリルが、見あたららないのよ。

もう、本当にいたずらっ子なんだから」

 親指を、みながら、あたりをさがしまわる、優希。


「手伝うワ」と智子。


 

 二人して、屋上のすみからすみまで、

 声を出して、さがしまわる。

 屋上から校舎こうしゃ

 裏庭まで、あたってみたが、

 見つからなかった。


「校内放送をたのもうか?」

 智子の提案ていあんは、

 ペットを、学園に持ちこんだことが、知られるのは、

 得策とくさくでないという優希の判断はんだんで、

 見送みおくられた。

 

 


 写真つきメールを、

 こころある生徒たちに、配信はいしんして、

 子ネコさがしに、

 協力きょうりょくしてもらうことにした。


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