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ブレイクオンスルー  作者: カレーライスと福神漬(ふくじんづけ)
12/40

12 秘密とかくし芸

 智子は、広いおデコに、手をやり、

 天井てんじょうを、あおぐと、

 机の、三番目の引き出しを、け、

 ウィスキーのハーフボトルを、とりだし、

 自分専用じぶんせんようのマグカップにそそいで、

 きゅっと、あおった。

 

 

 琥珀色こはくいろ液体えきたいが、

 のどや食道しょくどうを、

 ほのおのラインのように、とおっていく。


「あなた、お酒を、たしなむの?」

 きょとんとして、たずねる優希。


不吉ふきつなはなしに、

心がえたのよ。

お酒でも飲まなきゃ、やってらんない!」

 北極探検隊ほっきょくたんけんたいのように、

 身体をふるわせる。


美味おいしいワケ?」


「うーん、ビールは美味おいしいと思うけど・・・

ためしに飲んでみる?」

 

 とくとく、音をたてながら、そそがれた、

 ウイスキー入りマグカップ〈智子用〉を、

 受けとる優希。


「うっく、はなにくる」

 ちょいと、顔をしかめたあと、

 指を、一本入れて、味見あじみしてみる。

にがい!

しかし、マズくはない。

おとなの味覚みかくを、感じる」

 そう言うと、グビッとひと息で、飲みほした。


「あ~あ。もっとゆっくり飲んだほうが、いいよ」

 心配そうに、見まもる、智子。


「ヒック!!失礼しました」

 あたりを、キョロキョロ見まわす、優希。


「むちゃすると、

急性きゅうせいアルコール中毒ちゅうどくになるから」


「ふーっ。とってもいい気持ち、ふわふわした気分。

まるで、くものじゅうたんの上に、いるみたい。

おかわりヨロシク!」

 マグカップを、さし出した。


平気へいきかな?たおれても、知らないよ」

 ハーフボトルから、もういっぺんそそぐ。

 

 こんどは、なめるように、じっくり味わう。

 優希の顔は、みるみる赤くなり、

 瞳は、ほどよくうるんで、

 笑顔には、いっそうのしたしみが、こもる。

 バラ色のオーラが、全身ぜんしんから、つややかに、はなたれる。

 いい感じ・・・

 ほんのり・・・はんなり・・・


「ねえ智子、お酒も入ったことだし、

おたがいの秘密か、かくし芸を、

ひとつ、披露ひろうわない?」

 誘惑ゆうわくするような、

 それでいて、ひどく楽しげな目をして、言葉をかけてくる。


「秘密か、かくし芸ねぇ?」

 

 相手のバラ色オーラに、れたこと、

 プラスしていも、手つだい、

 智子のえた気分も、ややうわむきかげん。


「まずは、私のほうから、披露ひろうするから。ごらんあれ」

 たのしくってたまらないような、優希の声。


 いったい、なにが、始まるんだろう?

 智子は、奇妙きみょうなスリルを、感じた。

 

優希劇場ゆきげきじょう』の、

 透明とうめいまくが、

 スルスルあがる。

 

 カクン!

 という感じで、優希は、くびを、真下ましたに向けた。

 タイミングをはかって、顔を上げる。


 正面しょうめんを、向いた。

 彼女の両目りょうめから、

 ひとみが、消えさり、

 白目しろめだけに、変化へんかしていた。

 黒目くろめを、

 前方ぜんぽうへ、

 クルリと、反転はんてんさせたのだ。

 

 右手を、ひょいと、顔の横に、もっていき、

 まねきネコのポーズをとった。

 赤い顔、白目しろめの美少女は、

 ファンタジー映画に出てくる、キャラクターのようだ。


「ククク、それがあんたのかくしげい?」

 苦笑くしょうする智子の顔も、また

 メガネのフレームが、判別はんべつできないような、

 保護色ほごしょく状態。

 

 招きネコポーズの優希は、

 ゴキゲンなようすで、くり返しやってみせる。

 

 白目・黒目・白目・黒目・白目・黒目・・・白黒連続ワザなり。

 

 友人の熱演ねつえんに、拍手はくしゅでもってこたえる。

 

 おかえしにとばかり、

 智子は、机の別の引き出しを、あけると、

 タバコとライター、そして灰皿はいざらを出して、

 一本すってみせた。

「これが私の秘密。

なにか、強いストレスがたまると、一服いっぷくするんだ。

はいおくまで、煙をすいこむと、

気分が、スーッと落ちつくのよ」

 

 まったく、自然しぜんな感じで、

 優希は指で<V字型>をつくり、さしだしてきた。


 友人のくちびるに、

 やや下むきかげんで、はさまれたタバコに、火をつけてやる。

 

 うるんだひとみ、たえることのないみ、

 マグカップを片手に、

 紫煙しえんを、くゆらせる、優希のすがたは、

 高級会員制こうきゅうかいいんせいクラブの、

 若きママ、といったおもむきだ。

 すらりと、あしんだ、姿勢しせいも、

 じつにサマになっている。

 

 マグカップを、さし出して、

 三杯目を、要求する、若きママに、

 ことわるすべを、智子は知らない。

 ハーフボトルは、ほとんどからになった。

 

 エアコンの、空気清浄くうきせいじょうのスイッチを、オンにして、

 こもった煙と、空気を、逃がしてやる。


羽化登仙うかとうせんとはこのことね」

 マグカップを机のうえに置くと、

 優希は、椅子の背もたれに、よりかかった。

 ゆっくり、まぶたをとじる。

 指にはさまれたタバコから、ゆらゆら、煙が立ちのぼる。

 

 智子も、ベッドのヘッドにもたれかかり、静かに目を閉じた。

 

 すばらしく、心地よい時間を、わかち合う。

 クリスタルのふねが、

 おだやかなみずうみを、すべるように、進んでいくイメージ。

 幻想的げんそうてききりが、たちこめ、あたりをつつみこむ。

 アルファからシータへ、

 さらに、おくふかくへと、

 脳波のうはのバトンが、わたされていく。

 

 ひと足先あしさきに、

 智子が、現実の世界に、立ちもどった。

 

 優希を見る。

 

 彼女の、タバコのはいが、長くび、

 フィルターまで、たっしそうだった。

 灰皿はいざらをよせ、友人の指から、タバコを、抜きとった。

 ゾウの鼻のような灰が、灰皿のなかに、音もたてずに落ちた。

 

 まだ、眠りからさめずにいる、無防備むぼうびな優希。

 その表情は、かぎりなく、やわらかい。

 ルージュを、引いた、くちびるが、

 強力な磁石じしゃくのように、キスをさそう。

 

 自分のくちびるを、接近せっきんさせていく、智子。

 あどけなさを残した、美しい顔が、しだいに、大きく見えてくる。

 

 優希のまぶたが、予告よこくなしに、パチリとひらいた。

 つぶらなひとみがあらわれる。


「タバコの灰が、落っこちそうだったから、」

 ギクリとした智子は、

 顔をこわばらせ、口ごもりながら言った。


「あら、そう、ありがとう」

 優希は、自然体しぜんたいで、さらりとこたえた。


 

 大きく、びをして、

 透明とうめいなガラスケースに、おさめられた、バスケットボールに、

 キラッと目をむけた、優希。

 

 集合ゆうごうサインのはいった、記念きねんボールだ。


「あれは、都大会とたいかいで優勝したときの、ボールでしょう?」


「そう、まったく流れのよめない、

どーなるのか?みたいな、接戦せっせんだった」


「うーん、いまだ興奮さめやらず。

きつかれつ、

心臓しんぞうに、悪いような緊迫きんぱくした試合だった。

智子のシュートが決まったところで、終了のホイッスル。

一点リードの、スレスレ逆転勝ち。

ドラマチックなまくぎれ、すべてが、カッコよかった!」


「サンキュー!」

 口を、逆への字(V)にして、二コリと笑う。

 

 

 なにかを、察知さっちしたように、

 優希は、椅子から立ちあがり、窓をあけた。


 降りだしたばかりの、大つぶの雨が、見える。

 あっという間に、降水量こうすいりょうが、していく。


「雨か、」

 智子がつぶやく。

 

 静かに、雨をながめる、優希。

 

 智子は、

 CDの頭出あたまだ選曲せんきょくをして、スイッチを入れた。

 

 雨音あまおと雷鳴らいめいにつづいて、曲のイントロがはじまった。

『ライダーズ・オン・ザ・ストーム』

 

 ドアーズ・サウンドが部屋に、たなびく。

「あら、いい曲」

 瞳を、きらめかせて、優希が言った。


「うん、後期こうき名曲めいきょくのひとつ。

安心あんしんしたよ!

ドアーズと、相性あいしょうが、悪いのかと思った。

自分の好きなものを、

否定ひていされるってのは、かなしいからね」


「この曲は、

心の中に、抵抗ていこうなく、はいってくる」


 トン!トン!

 扉にノックの音がした。

 一拍いっぱくおいて、ゆっくり開いた。


ばんゴハンは、まったかい?」

 智子の母が、たずねる。

 

 時計を見る。

 午後五時を、まわっていた。


「あっ、いけない。わすれてた」

 頭をかく智子。


「うなぎ?お寿司?天丼てんどん?」

 ポンポン言って、選択せんたくを、せまる。


「優希は、なにがいいの?

きょうの主役しゅやくなんだから、

遠慮えんりょせずに、言ってみて」

 智子が、友人の背中ごしに、いかける。

 

 優希は、窓をしめると、

 こちらをき、

 少し考えたあと、

「カレーうどん」

 と答えた。


「そんなもので、いいのかい?

もう少し、おなかに、たまるものにしたら」

 と智子の母。


「カレーうどん」

 きれいな口跡こうせきで、もう一度、優希が言った。


「はいはい、おじょうさんは、カレーうどんね」

 つぎに娘の方に顔を向け、

「お前は、なににするの?」


上天丼じょうてんどん大盛おおもり」


「わかった。

カレーうどんとなみ天丼の大盛おおもりね」

 

 扉は、ゆっくりと、じられた。

 その扉に、智子のまくらが、正確せいかくに、命中めいちゅうした。


 

 優希は、カレーうどんを、ごちそうになり、

 それから、パンを、おみやげに、いただき、

 給料きゅうりょう大入おおいりは、

 丁重ていちょうに、辞退じたいすると、

 あいさつをして、迎えのベンツに乗りこみ、智子の家を、あとにした。

 

 雨は、いきおいいを、よわめながら、

 まだつづいていた。



 雨上がりのピーカン!

 

 さあ、運命うんめいの、試験初日しけんしょにちであります。

 試験用しけんようの、せきがえが、行われる

 生徒たちの表情に、緊張きんちょうが、見られる。

 

 智子は、

 いくぶん、引きつった顔を、

 手のひらで、たたいて、

 気合いを、いれている。

 

 優希は、ノートをひらいて、

 チェックに、よねんがない。

 

 他のクラスメートも、たりったり。

 ふだんは、いいかげんな授業たいどの、

 猪瀬いのせ蜂谷はちやも、

 別人べつじんのように、真剣しんけんであった。


 試験が、開始された。


 科目は、数学である。

 シャープペンシルを、さらさら、走らせる音や、

 問題用紙を、めくったりする音、

 せきばらいや、いきづかいまでもが、はっきりみみにできる。

 

 人を、ひりひりさせる、しずけさだ。

 

 優希は、落ち着いて、試験に取りくんでいた。

 

 一方いっぽう、智子は、

 問題に、あながあくほど、ぎっちり読みこんで、

 あわてずに、じっくり考え、

 慎重しんちょうに、

 解答かいとうを、

 力づよい、筆致ひっちで、書いていった。

 

 一秒が、一分にも思えてくる、

 密度みつどい時間が、ながれて行く。


 試験終了を、知らせるチャイムが鳴った。

 

 ピタッと、筆記用具を、置く者、

 みれんがましく、書き直しをする者、さまざまであった。

 優希も智子も、前者ぜんしゃだ、

 ピタッとである。


「智子、試験の成果せいかはどう?」

 近づいてきた友人に、たずねる優希。


「ちゃんとできたとは思うけど、

ケアレスミスが、心配しんぱい

 赤いフレームのメガネを、上へずらし、

 まぶたの上から、

 指で、両目りょうめをマッサージする。

 

 彼女の動作どうさは、どれをとっても、

 テキパキとしたキレがあり、

 見る者に、あるしゅの、爽快感そうかいかんを、あたえた。


 

 試験初日しけんしょにちが終わり、

 早い時間帯じかんたいに、下校げこうしている二人。

 

 智子は、

 驚くほどの、回復力かいふくりょくを見せ、

 カゼは、ほぼ寛解かんかいであった。


 バスケ部の主将の、眠りの深さ、

 これはもう、てしのないレべルで、

 天からの、さずかりもの、といえるだろう。

 ドカンと眠ることさえできれば、小さな病気など、ケシんでしまうのだ。


「うーん。あと三日で、

運命うんめいが、決定けっていされるわけだ」

 まっすぐ前を見つめて、智子が言った。


「あんまりプレッシャーに思わず、

気負きおうことなく、取り組みましょう。

短期間とはいえ、あれだけ勉強したんだから。

女神めがみは、微笑ほほえんでくれるよ」

 やわらかい、春の光のような表情を、向けてくる優希。


「私ね、

今のプレッシャーが、切れないでいてほしいと、

心からねがう。

リラックスしたとたん、脱力だつりょくしちゃいそうだから。

この感じが、続けば、乗りきれる」

 と智子。


「私たち、思考の回路かいろがちがうようね。

私はプレッシャーと、あつれきを起こさずに、

つき合っていこうとするタイプだと、自分では考えるけど、

あなたは、真正面まっしょうめんから、向かっていくタイプ」


「そんなんじゃなくって。

プレッシャーは、気持ちを、ささえてくれるんだ。

くずれ落ちそうになる、ダメな、自分自身を」

 いつになく、キリッとした目を、メガネごしに向けてくる。


「カッコいいー!

さすがは、水晶学園のホープ。

ただひとりの国体代表選手!」


「もーう、ちゃかさないで!」


「日本一、月吉智子でござーい!」

 下校途中げこうとちゅうの生徒たちに聞こえるように、

 優希が、声を高めて、言った。


「こら!!」

 

 

 智子は、バッグをぶんぶんりまわし、

 逃げる優希を、追いかけていく。


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