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ブレイクオンスルー  作者: カレーライスと福神漬(ふくじんづけ)
11/40

11 悪寒(おかん)

 午後一時少し前。

 智子は、ベッドの上で、せきこみながら、

 数学の問題と、格闘かくとうしていた。

 

 

 彼女の背中に、悪寒おかんが、はしった。

 

 はじかれたように、ベッドから、飛びおりる。

 部屋のまどを、全開ぜんかいにして、

 店の入り口に、目を、やると、

 お客の行列ぎょうれつが、自動ドアをはみ出し、

 えんえんとつながっていた。

 整理券せいりけんが、必要なくらいだ。


「やっぱりだ!やってくれたよ!

言わんこっちゃない!

まったく、もーう!

優希はどっか、とろいとこがあるから」

 

 心配で、いても立ってもいられず、

 早送はやおくりのようにがえると、

 一階へ、ばたばたっとりる。

 

 作業場さぎょうばを通りぬけ、レジへ、ダッシュする。

 

 しかし、父親に、制止せいしされた。

「カゼだなんていってられない。

わたしが、レジを、手伝てつだうよ!」

 息せき切りながら、智子。

 

 父親が、

 めったに見せない種類しゅるいの笑顔を浮かべ、

 レジの方へ、あごを、しゃくる。

「どこに目をつけてる。よーくみてごらん」

 

 作業台さぎょうだい真横まよこにある、

 大窓おおまどの、向こうがわには、

 落ち着きはらって、

 しかも、迅速じんそくに、

 レジをこなしている、優希のすがたがあった。

 

 売りきれて、からになったプレートの山をかかえ、

 作業場へもどってきた、母親が言う。

「あのは、見かけによらず、

きもたまが、すわってるね!

お客さんの行列にも、平常心へいじょうしんを、たもっていられる。

レジの操作そうさも、すぐに、のみこんだ。

パンの値段ねだんは、完ぺきに覚えてる。

モノが違うわ。

まったく、あたしゃ近ごろ、

こんなにビックリ仰天ぎょうてんしたことはないね」


 他人たにんにたいして、

 たいそう辛辣しんらつな目を持つ母親が、優希をほめている。

 それも手ばなしで。

 

 智子の全身に、うれしさが、わきあがってくる。

 

 店の方へまわる。

 混雑こんざつしているお客の肩ごしに、

 優希の姿すがたを、確認する。

 かいがいしく、

 レジをこなす彼女の姿を、

 しっかり目にいれる。

 

 むずかしいといわれる、

 焼き立てのパンの、

 袋入ふくろいれの、

 絶妙ぜつみょうなタイミング、スピード。

 袋入れしたパンを、

 紙袋かみぶくろへとおさめていく、

 順番じゅんばんも、申しぶんない、

 パンがつぶれないように、工夫くふうしている。

 お客ひとり一人に見せる、笑顔の、さわやかさ。

 パーフェクトである。

 

 わが友が、あらためて、ほこらしくみえる。

 ヒューッ♪

 思わず口笛を吹く智子。

 

 それを耳にした優希が、顔を上げる。

 トングを、西部劇のガンマンよろしく、クルクルまわして、

 ピタリと静止せいし

 ポーズを決めた。


「優希、あんたはエラい!」




「ごくろうさま」

 智子はベッドの上から、もどってきた友人をねぎらった。


「どういたしましてじゃ」

 クッションにペタリと座りこむ優希。


「あのお客のかずじゃつかれたでしょう。

いつもより、多い気がする」

 首をかしげつつ智子。


「ほんのちょっぴり。

まぁ、おやくにたてて良かった」

 言うなり、こてんと横になった。

 すぐにスヤスヤ寝息をたてる。

 赤ん坊のような寝顔である。

 

 トン、トン!

 ノックの音と同時に、扉が開いた。


「おやおや」

 と言いながら、

 眠りこんでいる優希のそばに、そっと座る。

 本日のヒロインの頭をなで、

 やさしく微笑ほほえんだ。

「いいむすめさんね、優希ちゃんは」


「まあね。だって、わたしの親友だもん」

 それから首をかしげて、

「何か、おかしいな?

いくら、日曜のお昼とはいえ、

うちの店が、こんなにんだこと、あったかなぁ?」

 

 母親が、大きく、息をついた。

「お父さんが、ホームページに、優希ちゃんの写真をアップして、

ミス・コン優勝者ゆうしょうしゃが、レジ係をつとめると、

告知こくちしたのよ。

おかげで、きょうは、てんてこい。

瞬間的しゅんかんてきな売り上げは、

大みそかを、しのいでるわ」


「どーりで。

若い男性客が多かったのは、そのせいなんだ。

しっかし、オヤジもつみつくりなことしてくれるよ。

あの、お客の数は、ハンパじゃなかった。

私でも・・・こなせたかどーか、」


「あたり前だよ!

あんな離れわざを、やってのける能力の持ち主は、

この優希ちゃんだけさ」

 あっさり他人の娘を、

 上位じょういにランクした。


「はっきり言ってくれちゃってさ。

優希の時給じきゅう、はずんでくれるんでしょうね」


「もちろん。

大入おおいりもつけるわよ。

それでさ、今晩こんばん

なにか、うでによりをかけて、ごちそうを、

こしらえてあげたかったんだけど・・・

・・・お母さん、つかれちゃってさ」

 腰のあたりを、とんとん、たたく。


「それで?」


店屋てんやものにしようと思うわけ。

なにを食べたいのか、お嬢さんがきたら、いといて。

寿司すしでも、うなぎでも、

このみのものでかまわないから」


「へぇー。それは、豪勢ごうせいなことで」

 

 しまり屋の母親の、めったにない、申し出だった。

 

 音をたてないように、扉を閉めると、

 母親は、静かに、部屋をあとにした。


 

 かすかな寝息をたてている親友しんゆう横目よこめに、

 ベッドの上で、勉強に集中している智子。

 

 作業場の、パン生地きじを仕込む、ミキサーが停止ていしした。

 音と振動しんどうがストップして、

 室内に、静けさがただよう。

 

 優希がいるために、

 最近覚えた「静謐せいひつ」という言葉すら、

 使ってみたくなる。

 

 ミキサーの振動音しんどうおんが、

 おさないころから、

 体内たいないのリズムとなって、まれているため、

 あまりに静かな状態は、かえって、落ちつかない。


『L・Aウーマン』

 ドアーズのラストアルバムを、

 CDプレイヤーにセットする。

 

 ヴォリュームを、しぼって、流した。

 一曲目はいかにも、らしいナンバーの・・・『チェンジリング』。

 

 BGM効果か、すんなり勉強に集中していくことができた。

 苦手にがてな数学の問題を、

 いつもとは違った角度かくどから、アプローチしてみる。

 いくつかの問題をいているうち、

 当然のことだが、

 正解せいかい不正解ふせいかいがでてくる。

 不正解のどこを、どう間違ったのかを、

 っこんで、検証けんしょうしてみた。

 すると、優希センセイご指摘してきの、

 いわゆる、ワンパターンせいや、

 強引ごういんなところが、あぶり出しにされた。

 うまく方向転換ほうこうてんかんのきく問題と、

 そうではない、

 自分の欠点けってんがあらわになる問題とに、

 大別たいべつされる。

 

 よくよく考えれば、引っかかるのは、

 難易度なんいどの高い、

 上級問題じょうきゅうもんだいなのである。

 そうか!

 むずかししい問題をくには、

 まだまだ、実力じつりょく不足ふそくしているという、

 単純たんじゅん事実じじつなんだ!

 ちょいとした、

 自己発見じこはっけんをした気分。

 それだけにどまらず、

 むずかしい問題のポイントが、

 わずかながら、えてくる、ときがある。

 ハードルは高いが、ここを足がかりに、

 数学力すうがくりょくアップへとつなげなくては。

 

 

 ドアーズサウンドにまじって、

 不協和音ふきょうわおんが・・・響いてきた。

 集中がじょじょにほぐれ、

 もと意識いしきレヴェルに、立ちもどる智子。


 ひどくうなされている優希を、発見する。


「う、うーん、智子・・・・智子!」

 美しい顔に、苦悶くもんの表情が、浮かびあがっている。

 歯ぎしりの音も、くわわった。

 

 智子は、バッ!と、

 ベッドから飛びでるや、友人の肩をつかんで、ゆすった。

 

 右腕みぎうでを、高々(たかだか)と、

 ちゅうばし、さけぶ優希。

「智子ォ=っ!」

 

 強い気合きあいを込め、

 優希の肩を、ガクンとゆさぶり、

 意識いしきを引きもどす。

 

 意識いしき呼吸こきゅう回路かいろが、

 正常せいじょうに、復旧ふっきゅうしたかのように、

 覚醒かくせいした、優希。

 

 上体じょうたいを、起こすと、

 みけんを、しつらぬくように、

 ゆびつよく、てた。

 顔色蒼白がんめんそうはくだった。


「どうしたの?すごくうなされてたよ」

 心配そうに、友人を、のぞきこむ智子。

 

 両手りょうていのるように、

 にぎりしめ、肩をふるわせている優希。

「あーあ、夢だったのね。

よかった。神様、ありがとうございます」


「よしよし、もう大丈夫だから。

よっぽど怖い夢を見たんだね」

 友人をつつみこむように、きしめる。


「ああ、智子」

 しがみついてくる優希。

 まるで、幼ない子供だ。


 智子が、用意してくれた、

 マグカップに、なみなみとそそがれた、

 ホットミルクを、椅子いすこしかけて、くちにする。


 だいぶ落ちつきを、取りもどしたようすの、優希。

 彼女かのじょが、

 身体しんたいを、ぷるんとふるわせた。


「その音楽、ストップしてくれない?

ふたたび、悪夢あくむのなかに、引きずりもどされそうで・・・

・・・こわくて」


「ああ、これ。そんなに怖い?」

 意外そうな顔の智子。

 

 おそろしさ、大さじ4杯、という表情で、首をすくめる優希。

 顔には、悪夢あくむ痕跡こんせきが、はっきり残されていた。

 

 CDが停止された。


「さっき、ながれていた“ラ‘メリカ、ラ‘メリカ”って、

リフレインするきょくがあったでしょう。

まるで、悪魔のとなえる、おまじないみたい」


「んな・・・オーバーな。

ドアーズと相性あいようが悪いのかな?

で?・・・いったい、どんな夢をみたわけ?」

 

 みけんに指をあてたまま、だまりこんでしまう優希。


「ひとに話せば、らくになるっていううじゃない。

それとも私は、信用されていないっテか?」

 

 ためらいがちに、優希が、言葉をつむいだ、

「・・・かつてないほどの、くろ波動ヴァイブだった。

智子が、とつぜん、

私のまえから、存在を消してしまう。

二度とえない、

ひどくつめたい、

絶対零度ぜったいれいどの、

リアルな・・・それはリアルなゆめ

 

 マグカップを両手で持ち、

 かっと見ひらいた目を、

 ほうに、

 急接近ズームアップさせる。

 

 ベッドの上で、思わず、あとずさりする智子。

「やめてよ!縁起えんぎでもない!」


「ごめんなさい。

子供のころ、お祖母ばあさまが、

突然死とつぜんしする直前ちょくぜんに、

見た夢の感じと、酷似こくじしているの」

 深く考えこみながら、ミルクを飲む。


「優希の予感は、当たるからなあ・・・

超自然ちょうしぜんな話ってのは、

どうもニガテだよ。カンというのはわかる。

私だって、ある局面きょくめんでは、ひらめくことがあるし、

個人差こじんさはあれど、

本来ほんらいヒトに、そなわっているものだと思う。

しかし、予知よちとなると・・・どうだろう?

SFだよ。

信じない。断固だんこ、信じないぞ!

・・・とはいえ・・・寒気さむけが止まらない」

 がっしりした、自分の身体を、抱きしめ、歯をガチガチ鳴らす。


「かならず、予感が的中てきちゅうするというわけじゃないから、

そう、にする必要はないよ」

 優希のふたつのひとみは、

 智子へ、向いているが、

 見つめているのは、自己じこ内面ないめんだった。


「ひとつ、たずねるけど、きみの予感がはずれたことってある?」


「・・・・・・」

 沈黙ちんもくでもって、こたえる優希。



「うほーい!!

百発百中ひゃっぱつひゃくちゅうってことかい!」

 


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