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鍛冶屋

 それから三日後、約束通り俺とお嬢様は親父さん尋ねた。

 お嬢様は前日から眠れなかったのだろうか、時折あくびをかみ殺していた。


「ちゃんと寝ないと美容に悪いですよ」


「わかってる……わかってるけど……」


 反論できずに困っているお嬢様を尻目に、周囲を探る。

 何か妙な感覚だ。

 冒険者時代に何度かこういう空気を感じたことはあったが、街中で感じるものではない。

 巨大なモンスターとの鉢合わせ、とはまた違う。

 弱いモンスターが数で攻めてくるときの、予兆のようなものだ。

 正確に言うならただの勘と言ってしまってもいい。


「今日は親父さんのところにいったら寄り道せずに帰りましょう」


「どうして? 」


「どうしてもです、何か良くないものを感じます。

ただの気にしすぎと言ってしまえばそれまでですが」


「……わかった、サツキを信用する」


 お嬢様はそれ以上の言及をせずに、納得してくれた。

 物わかりがいいというのは非常にありがたい。


「では、少々急ぎましょうか。

失礼します」


「は? 」


 呆けているお嬢様の腰に手をまわして、足を持ち上げる。

 いわゆるお姫様抱っこだ。

 普通にやろうとすれば腕だけで相手の体重を支える事になるので結構きついのだが、強化された今の腕力なら、小柄なお嬢様1人抱えるくらいなら問題ない。


「な、あ、え、ちょ」


 いきなりの事で動揺しているお嬢様と、にやにやと笑みを向けてくる聴衆は無視して民家の屋根に飛び上がる。

 お嬢様に不要なダメージを与えないために、風の魔法でプロテクトをかけてある。

 戦闘ではさほど役に立たない風の防御魔法だけれど、日常生活と一部の敵には有効だ。


「跳びます、しっかりつかまってください」


「あ、あうぅ……」


 もはや言葉にならないようだが、こちらの意図は理解できたらしく襟首をしっかりつかんできた。

 少々皺になるかもしれないが、まあいいだろう。

 帰ってから着替えればいいだけの事だ。


 そうこうしているうちに、というよりはあっという間に鍛冶屋に到着。

 いまだに顔の赤いお嬢様を下して、鍛冶屋の扉を開ける。


「どうぞ、お嬢様」


「え、えぇ」


「来たか」


 相も変わらずぶっきらぼうに迎え入れてくれた親父さんだが、機嫌が悪そうだ。

 いや、どちらかというと落ち着かないのだろうか。

 

「その箱に入っているのが依頼の品だ。

箱はサービスだから持っていけ」


 そう言って親父さんはカウンターの端っこに置いた小さな箱をお嬢様に渡した。

 その箱もよく見ると装飾が施されており、親父さんが手彫りで作った物だという事がわかる。

 非常に繊細な細工が施されており、箱だけでも効果なのだろうと邪推してしまう。


 ふと思ったが、期限のほとんどをこれに費やしたのではないだろうか。

 それほどに細部にこだわっている。


「おい嬢ちゃん、今日はもう帰れ。

嫌な予感がする」


 ふとお嬢様から代金を受け取った親父さんが口を開く。

 そわそわしていたのは、やはり気のせいではなかったらしい。


「そこの坊主がいれば大抵の脅威はどうにでもできる。

だが、万が一という事もあれば得手不得手もある。

その坊主は壊すことにかけちゃ人3倍だが守るともなれば……」


 否定できないが酷い評価だ。

 冒険者仲間に破壊の化身だの、暴力そのものだのと呼ばれたのは良い思い出だ。

 まだひと月もたっていないが。


「今日は何か良くないことが起こりそうだ。

いいか嬢ちゃん、絶対にその坊主から離れるな。

便所や風呂くらいなら構わないが、坊主もいつでも守れるようにしておけ」


「わかりました、風呂もトイレもついて回ります」


「それじゃただの変態じゃねえか……まあいい、とにかく気をつけろ。

胸騒ぎがしやがる」


「わかりました……では今日はこれで」


「あぁ、気をつけろよ」


 親父さんお言葉を胸に刻んでお嬢様のために扉を開ける。

 外に出て、再びお嬢様を抱きかかえた。

 早くもなれたのか、何も言う気配はない。


「サツキ、帰りは揺らさないように」


「心得ております」


 そう言って先程よりもゆっくりと屋根に飛び上がる。

 遅すぎない速度でお屋敷に歩みを向けた。

 はっきり言って空気が異様だ。

 一刻も早く安全な場所に行かなければ。

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