鍛冶屋
翌日、コッペリアは屋敷を出て行った。
何か不平不満があったわけではなく、単純に仕事があるからと言っていた。
一晩世話になった礼とドラゴンの鱗をお嬢様に渡していたが……確かに珍しい素材だけど一般人には無用の長物だろうに。
「物静かな癖に嵐みたいな人だったわ……」
「それがコッペリアですよ、ギルド内での通称知ってますか。
そよ風豪雨ですよ。
片や穏やか、片や暴君という意味で」
ちなみにその名を本人の前で呼ぶと死ぬ寸前まで魔法でぼこぼこにされる。
俺はそんな勇気はなかったが酔っ払いが絡んで、そうなったのを間近で見た。
というよりは俺がストップをかけた。
ほおっておいたら殺してたと思う。
「言いえて妙な通称ね。
まあいいわ、サツキこれから武具店に行きます。
護衛を」
「かしこまりました、お嬢様」
武具店、何をしに行くのか知らないがちょうどいい。
俺も刀の注文を済ませてしまおう。
「でかけてくる」
お嬢様は門から外に出て、衛兵の横をそう言いながら通り過ぎた。
衛兵たちは特に邪魔することもなく直立不動で敬礼した。
「今日はいい天気だし、歩いていきましょう。
この辺りの行きつけの加治屋さんがあるんでしょう」
お嬢様にそう言われて、腰に括り付けたナイフを取り出して手渡す。
鍛冶屋の親父さんにもらった物だ。
「これは……すごくきれいなナイフね」
「このお屋敷にお勤めすることが決まった際に、お世話になった鍛冶屋でいただきました」
「これなら期待できそうね」
そう言ってお嬢様は鼻歌を歌いながら、街道を歩き始めた。
……道知らないだろうに。
「……場所はどこかしら」
そのことに早々に気付いたお嬢様はこちらに目を向ける。
本当に間抜けでかわいいお嬢様だ。
「お手を」
「……指を折ればいいのね」
「冗談です、どうぞこちらへ」
差し出した手を引っ込める。
そしてお嬢様の横について、歩き始めた。
ちょこちょことついてくるお嬢様の姿は非常に癒されるのだが、歩幅をある程度合わせないとおいて行ってしまいそうになるので気を使う。
それから10分も歩いたころ、行きつけの加治屋にたどり着く事が出来た。
「先日ぶりでーす」
「おう小僧、もう首になったか」
「馬鹿言わんでください。
俺のご主人様ことお嬢様が鍛冶屋に用があるっていうんで、俺の知る限り最高の加治屋につれてきたんです」
「馬鹿野郎、けつがむず痒くなるようなこと言ってんじゃねえ。
んで、嬢ちゃんは何の要件だ」
いつも通りの会話を終えて、親父さんがお嬢様に声をかける。
職人肌な親父さんは、顔や腕にやけどの跡や傷があるため非常にいかつい。
泣く子も黙るレベルだ。
「あ、えっと、こ、この鱗を使ったアクセサリーを……」
そう言ってお嬢様が取り出したのは今朝コッペリアからもらったドラゴンの鱗だ。
それをアクセサリーにするというのは、身近に置いておきたいという意味だろう。
こちらでは装飾品にはそう言った意味が込められている為、恋人や俺とお嬢様のような主従関係の人間が受け渡しを行う傾向にある。
またもらい物をアクセサリーに加工するというのも、よくある話だ。
「希望は」
「何がよろしいのでしょうか、おすすめはございますか」
「鱗のネックレス、というのはちょいと作りにくいな。
……髪飾りなんてのはどうだ」
親父さんにしてはいい趣味だ。
お嬢様もそれに同意したのか、顔を輝かせて何度も頷いている。
「そんじゃ、三日時間をもらうぜ。
代金は当日いただくが……予算としてはどのくらいだ」
「そうですね、10万でいかがでしょう」
「それじゃおつりが多すぎる、3万で十分だ」
「かしこまりました、ではそれでお願いします」
お嬢様がそう言って鱗を手渡し、優雅に一礼する。
煤と埃と武器ばかりのこの空間には似つかわしくない動作だ。
「そんでおめえさんはどうした、ナイフを壊したなんていったらその頭に焼きいれてやるが」
「いやいや、大切にしていますよ。
今日はお嬢様の護衛ですが、ちょっとメインの武器を作ってもらいたいなと思っていました。
よくわかりましたね、用事があるって」
「勘でな」
親父さんの勘はよく当たる。
いつも賭場に繰り出すたび、俺は大負けして親父さんは大勝ちしていた。
しょうじきギャンブラーの方が稼げるんじゃないかという程に。
「片刃の剣がほしいんです、こう細くて、このくらいの長さ。
それで重量じゃなくて鋭さで斬るようなのが」
「……刀か」
驚いた、親父さんが刀を知っていたこともそうだがこちらの世界に刀があるという事実に驚いた。
「知っていたんですか」
「むかし俺の師匠が打った。
魔剣だなんだといわれていたがな。
鋭すぎる刃物は使い手にとっても危険だ。
下手な輩が使えば全てを切り捨ててしまう。
俺の師匠も、その刀が遺作になっちまった」
「…………」
「あれを扱うにゃ技量が必要だ。
お前さんの技量じゃ、はっきり言って無理だ」
「でしょうね、剣でさえまともに扱えないですからね」
武器は振り回す事しかできない。
剣であれ、槍であれ、弓を使った時は撃つことさえできずに矢を落とした。
「使うなら、こいつを持っていけ」
そう言って親父さんが俺に手渡してきたのは片刃の剣、ただしそれは刀身が分厚く、刃は鈍い。
おそらく扱いとしては棒状の鈍器と考えた方が適切だろう。
装飾は少ないが洗練されている、切れ味はなまくらであってもその光沢は武器として最適なものだというのが素人目でもわかる。
「代金は」
「出世払いにしておいてやる。
わかったらさっさとそいつを使えるようになれ」
「ありがとうございます」
毎度毎度、この親父さんには頭が上がらない。
本当にお世話になってばかりだ。
今度美味い酒でも持って来よう。
そう決めてお嬢様の一歩後に着いた。
もらった剣は腰に差して抜きやすい角度に固定する。
「それでは、また三日後に」
「おう、期待しねえで待ってな」
お嬢様にさえ軽口で返せる親父さんは大物だ。
それでいて嫌なものを感じないというのはある種の才能だろう。
「気さくな人だったわね」
「えぇ、お世話になりっぱなしですがとてもいい人です」
「三日後、期待するなとは言われたけど楽しみだわ。
サツキの武器を見る限り、腕のいい人みたいだしね」
「おひざ元なのに知らないんですね」
「う、うるさいわね!
令嬢なんてのは家から出るのでさえ一苦労なのよ! 」
顔を赤くして声を荒げたお嬢様だったが、周囲の視線が集まっているのに気付いて口を押えた。
ついでに淑女は怒鳴らないというのは黙っておこう。
「それでお屋敷を抜け出して人さらいに狙われたと」
「そしてあなたのような無礼な護衛をつけられたのよ」
「無礼な護衛は、お嫌いですか? 」
「……べつに」
ふいっと顔をそむけられてしまったが耳が真っ赤になっているのはごまかせていない。
本当に~海外のあるお嬢様だ。




