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第14話 現れた遺跡

 湖畔を離れて、さらに森の奥へ進んでいく。

 ピオラの示す点は、湖畔そのものではなく、その先の森の中に重なっていた。


 やがて森の奥に、そこだけすっぽりと木々の途切れた、不自然なほど平坦な空間が現れた。

 地面には薄い苔が張り付き、そのあたりには高い木々は見当たらない。


「ここが、ピオラの地図が示す場所なんだけど……」


 ジローは周囲を見回した。


「それらしきものは、何もないね……」


 周囲の森だけが濃く生い茂っているぶん、その空白はかえって目立っていた。


「……でも、なにか変じゃない?」


 アシナが首をかしげる。


「うん。自然な感じはしないね。ここだけ何もないなんて……」


 ジローは地面にしゃがみ込み、土の感触を確かめる。

 指先で少し掘ってみても、ただ乾いた土がこぼれるだけだった。


 三人は他に何かないかと、あたりを見回してみたが、変わった所は何もない。


「どうしようか……」


 ナユカの口から、自然と言葉がこぼれた。


 そのとき――


 ピオラが、ふわりと浮き上がった。


 普段より、わずかに高く。

 人の視線よりも上へ。


「ピオラ?」


 呼びかけても、反応はない。


 ただ、中央に淡い光が集まり、ゆっくりと円を描き始める。

 光の輪は次第に濃くなり、そのまま大地へと降りていった。


 すると次の瞬間――


 地面が、ぐらりと揺れた。


 地面に亀裂が入り、大地の輪郭が変わってゆく。

 土は左右に押し退けられ、その下から何かがせり上がってきた。


「……!」


 アシナが息を詰める。

 ジローも、言葉を失って立ち尽くした。


 ナユカは、胸の奥が一気に熱くなるのを感じた。


 そして――


 光が完全に消えたあと。


 そこには、確かに存在していた。


 見たことのない、金属がどうかも分からないもので作られた、地中から現れた遺跡の入口。


「……地面の下に隠れてたんだ」


 ジローが、震えた声で呟く。


「ピオラが……やったの?」


 アシナが、ゆっくり振り返る。


 ナユカは答えず、入口を見つめ続けた。


(……気のせいじゃ、なかったんだ)


 胸の奥に溜まっていた予感が、形を持った気がした。


(何かが起きるって、思ってた……)


 ピオラと出会った日から。


 ナユカは、わずかに息を吐いた。


 入口の表面は異様なほど滑らかで、継ぎ目らしい線が見当たらない。

 わずかに走る細い光の筋だけが、そこに浮かんでいた。


 ナユカはしばらく、せり上がった遺跡の入口を見つめていたが、やがて振り返って二人に声をかけた。


「……行こう」


 ここまで、来たんだ。

 このまま眺めているだけじゃ何も始まらない。


 声は震えていたが、迷いはなかった。


 アシナも、ジローも黙って頷く。


 ピオラが入口の前に降り、左右に淡い光を走らせる。

 その光に応じるように、入口の表面を走る線がわずかに明るさを増した。


 入口は滑らかに開いていった。

 擦れる音も、重い振動もない。

 ただ隙間だけが、音もなく生まれていく。


 三人は、遺跡へと足を踏み入れた。


 ⸻


 遺跡に入った瞬間、空気が変わった。


 森の湿り気はなくなり、ひんやりと乾いた風が体を包む。


 冷たいわけではない。

 体にまとわりついた汗がすっと引き、むしろ心地よい。

 まるで環境制御システム——ECoS〈イーコス〉が働いているようだった。


「すごく快適ね……」


 アシナは遺跡の内部をキョロキョロと見回している。


「……うん、実際空調が効いてるみたいだよ、これ……」

 ジローがメガネ型デバイスで遺跡内の環境を確認して答えた。


「もちろん、ECoS〈イーコス〉……では無いだろうけど、人間が過ごしやすい環境になってるみたい……」


「つまり、どういうこと……?」

 アシナはごくりと喉を鳴らした。


「多分、僕たちが入ってきたことに反応してるんだと思う……」

 それは、戸惑いを滲ませながらも、確信めいた口調だった。


 ピオラの先導で、三人は奥に進んでいく。

 中は一軒家がそのまま入りそうなぐらい広かったが、床は平坦で、削り跡も少ない。

 長い時間を経ているはずなのに、荒れた感じはなかった。


「これ、入って良かったのかしら、私ちょっと怖くなってきたわ……」

 アシナは落ち着かない様子であたりを見回した。


 ピオラが起動した際にアシナとジローが見た遺跡のVision〈ヴィジョン〉は、古い石造の神殿のような建物だった。

 ところが、実際に来てみると、“それ”は、入口だけが土の中からせり出し、脚を踏み入れると金属かどうかもわからない素材で作られている。

 明らかに、アシナのイメージする古い神殿とはかけ離れていた。


「うん、分かる……。でも、ここで帰るわけにはいかないだろ」

 ナユカも不安を口にした。

 足取りは無意識のうちに慎重になり、足音が小さくなっていった。


 三人の様子を気にする素振りを見せず、ピオラはどんどん先へ進んでいく。

 その様子から、この先に何か目的があることは容易に想像できた。


「今更だけど、ピオラってなんだろうね……?」


 前を行くピオラの後ろ姿を見ながら、ジローが疑問を口にする。


 ピオラがここへ来たがっていたのは間違いない。


 何か目的があるのだ。


 しかし、だとすると、やり方が回りくどい。

 もし、ピオラがここへ来ることが目的なら、ナユカ達にビジョンを見せ、この場所へ誘導する必要などない。

 ピオラだけで、ここまで来ることは十分可能だった筈だとナユカは考えていた。


 目の前の光景を理解出来ないということが、三人の不安を燻らせる。


「味方よね……」


「多分……」

 三人はピオラに目線を向けながら、そのまま通路を進んだ。


 やがて、一行は行き止まりに突き当たる。


 そこでピオラの瞳がピカッピカッと二度光った。


 すると、これまで行き止まりだった壁の輪郭がほどけ、液状になって床へ吸い込まれる。


 扉の向こうは、広い円形のホールのような空間が広がっていた。


 壁や床に刻まれた細い線が、淡く青い光を発している。

 明かりというほど強くはないが、それだけで、暗闇を拒むには十分だった。


 ピオラは滑るように部屋の中心へと移動し、そこで宙に浮いたままピタッと止まって動かなくなった。


「ねぇ……」


 ジローが背負っていた荷を直す。

 その動作すら、どこか慎重になっていた。


「これ、宝とか出てくるタイプの遺跡じゃないよね……」


 ジローは軽い声で言った。

 軽口のつもりなのに、声に隠しきれない動揺が混ざっていた。


「……ええ、違うわね。

 私たちが見たビジョンとは、作りがまるで違う。

 やっぱりピオラが私たちを誘導するために、わざと見せたのかしら……」


 アシナも周囲を見ながら答える。

 その声には明らかな警戒の色が含まれていた。


 ナユカは二人の会話を聞きながら、自分だけが違うビジョンを見ていた事を思い出していた。


 二人に、そのことを話した方がいいんじゃないか。


 ずっと言いそびれていたが、自分だけが違うビジョンを見ていた。

 その事が今の状況を説明できる糸口にならないだろうか。


 自分が見たものを話せば、何か分かるかもしれない。

 少なくとも、今の状況を考える材料にはなるはずだ。


 少し、唐突な気がしたが、ナユカは、その事を今二人に伝えようと思った。


「あの、ちょっと良いかな? 二人に聞いて欲しいことがあるんだ……」


 しかし、その時——


 突然、天井から円柱状の光が伸びて、ピオラを包み込んだ。


「えっ」

 三人は反射的にピオラの方へ視線をやる。


 光は天井から床へ走り、その直後、床や壁に刻まれた文様が次々と淡く輝き始めた。


 ピオラの内部で小さな火花が散り、一度だけ「カチリ」と乾いた機械音が響く。

 それは長い沈黙のあとに何かが噛み合う音のように感じられた。


 すると次の瞬間——


 光は急激に強さを増し、文字のような模様がピオラの中へ一気に流れ込んだ。


「!!!」


 三人は思わず息を呑む。


 壁の文様が、淡く明滅し始める。


 光は強まったかと思うと弱まり、再びゆっくりと強さを取り戻す。


 まるで、心臓が脈打っているようだった。


「何これ、どうなってるの?」

 アシナがナユカの袖を掴む。


「分からない。でも、ピオラの目的はきっとこれだったんだ……」


 何をしているのかは分からない。

 けれど、ピオラはこのためにここまで来た。

 ナユカには、そんな気がしていた。


 三人はしばらくの間、その様子を黙って見ていた。


 やがて、徐々に光の強さは弱まり、明滅の間隔も長くなっていく。


「……なんだか、終わりそうな気配だね」


 ナユカがジローに目を向けると、メガネ型デバイスには、


 Unknown Structure〈未知の構造物〉


 の表示が浮かんでいた。


 ジローはメガネ型デバイスを通して解析を試みたが、結局何一つ読み取れなかった。


 光はどんどん弱くなっていき、そして、ピオラを包んでいた円柱状の光の柱は、ついに見えなくなった。


「終わった……?」


 ナユカがそう思った瞬間、ピオラと目が合った。

 レンズが、ほんの一瞬強く光る。


 ナユカの胸が、わずかに締まる。


 その時——

 ピピビッと電子音が鳴ったかと思うと、空間に先ほどの文字のようなものが流れ始めた。

 そして、終わったと思っていた光の明滅が再び始まる。


 しかし、今度の光は先ほどとは違う。

 赤く、そして強い。


 同時に鋭い音がホールに鳴り響いた。


 ナユカたちは、どうすればいいのか分からず、その場から動けない。


 次の瞬間――


 先ほどピオラを包んでいた場所とは別の、ホールの左右に二本の赤い光の柱が立った。

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