7. 大雨の日に
遅くなってすみません
俺は秋傘隼人、ただの喫茶の店員だ。
ここは本当に色んな人が来る。
街のご老人、帰り際の高校生、休憩中のサラリーマンなど、人目につきにくくても客はけっこういる。
常連さんが座る席はほぼ一緒だしどのメニューが好きかも覚えているが、あまり客と会話はしない方だと思う。
『今日は、全国的に大雨になるでしょう。関東地方は特に警戒を...』
(あ、雨か。)
雨だ。
しかも大雨。
しかし今日は店を開ける日だ。
これまでも雨の日はあったが、店は開けていた。そんな天候なのに来てくれるお客さんがいるのである。
仕方なく着替えて家を出る。
「やば、この量」
水滴が傘に打ち付けられるたび、到底雨とは思えない重い音がなる。道路には水が流れ、側溝からは水の流れる音がする。
(久しぶりだな、この量は)
安全第一で歩いて店に向かう。流石にこの雨の中を走ることはできない。
◆◯◆◯◆◯◆◯◆
10分くらいかけてやっと店についた。時間は5時25分。早めに家を出て正解だった。
「さてと、今日は客が少なめかな。」
いつもよりも少なめの仕込みを済ませ、早めに店を開ける。傘立てと玄関マットを追加で設置して、客に備えた。もちろんエアコンも今日は強めだ。
が、
「全っ然来ない!」
7時20分。
普通の雨なら客が2~3人いるはずの時間であるが、店の中は窓ガラスを叩く雨の音が支配している。窓の外を覗いてみると、朝来たときよりも雨が激しくなっている。
「そりゃそうか。」
諦めてカウンターで待つことにした。そわそわしてても何も起きない。その時
カラーン
ドアに取り付けてあるベルがなった。客が来たのだ。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。傘立てはこちらです。」
傘を持っていたので傘立てを指して案内する。
「はい、ありがとうございます。」
客は申し訳なさそうに傘を傘立てに入れる。
(初めての人だな。)
恐らくこの大雨の中通勤していたのだろう。スーツを着ていて、バッグも持っている。胸のあたりには社員証のようなものがついているが見ないでおく。
「すみません」
「はい、どうしましたか?」
「ガレットをお願いします。」
「かしこまりました。ガレットですね。少々お待ちください。」
早速新メニューの注文がきた。あのあと、「ここまでやって諦めるのもちょっとな」という複雑な思いからリトライした所、何回か試行錯誤したところで奇跡的に完成したのである。
完成したガレットを席へ持って行く。
「おまたせしました。ガレットです」
「ありがとうございます!」
彼はガレットをひとくち食べて、熱かったのか美味しくなかったのか、水を少し飲んだ。そして、そのまま食べ続けた。
(初めて客に出すけど、大丈夫かな)
その時、窓の外が真っ白に弾けた。
コンマ数秒後、腹の底に響くような凄まじい地鳴りが店を震わせる。
バリバリバリッ!!
至近距離に落ちた。そう直感した瞬間だった。
バツッ、と心許ない音を立てて、すべての照明が吸い込まれるように消えた。
「「うわっ!!」」
声が重なった。俺はレジに行こうと、彼は会計するために席を立った瞬間に、二人とも腰を抜かして倒れてしまった。 視界を奪われ、耳の奥にはまだ雷鳴の残響がびりびりとこびりついている。
「……停電、か」
暗闇の中で、雨音だけが一段と大きく聞こえ始めた。
俺は手探りでスマホを取り出すと、ライトを点けて重要機器の電源を切ってコンセントを抜いていき、ブレーカーを落とす。
あとは復旧まで待つしかない。
その時
「こ、これ、避難したほうがいいんですかね。」
と客が言う。
今は雷雨だ。むやみに外に出たら速攻で雷のターゲットになる。それに雨が激しくなってきていて、出たとしてもまともに歩けないだろう。
「いや、今出るのは危ないです。雷の的になりに行くだけですよ。それにこの雨じゃ、前も見えないでしょうし」
「そうですか...」
彼は少し落ち込んでから、席に座りなおした。その顔は恐怖で引きつっている。
俺は予備のカセットコンロを出して、鍋を乗せる。お冷のための水を動いていない冷蔵庫から取り出して鍋に入れ、お湯を沸かす。店内はエアコンが止まっていて、窓から冷気が入り込んでるのも相まってとても寒いのである。
(なにか、温かいものを)
と考え、湯を沸かす。
数分後
「紅茶、どうですか?」
「ありがとうございます。」
彼はカップを受け取り、一口飲んだ。カップから放した口からは、白い息が出て暗闇に溶けてゆく。熱かったのか、カップの縁に口を近づけ息を吹いて冷ましている。
そして、熱くなくなったのか飲むペースが速くなった。
◆◯◆◯◆◯◆◯◆
彼が紅茶を飲み終わる頃には、雨はやんでいた。停電も復旧し、レジが使えるようになってから「紅茶の分もお金を払う」と言われたが固辞した結果、ガレットの分だけになった。
彼はもう帰ってしまったが、また来ると言ってくれたので楽しみにしながら待つとするか。




