終焉
氷冥王の影が殿堂を覆う。
全てを凍てつかせる冷気が吹き荒れ、天井の結晶が砕け散る。
リュシエルは膝をついたまま、光を失いかけた剣を握りしめた。
氷の中に沈んだ父の姿――その上に、淡く光る氷花がひとつ咲いていた。
「……父さん……」
声が震える。
その手に、温もりが戻っていく気がした。
『春を……託したぞ』
その言葉が心に響いた瞬間、刃が淡く光を放った。
優しい金色が氷を照らし、空気がわずかに揺らぐ。
「……この光……まさか……」
セリスが呟く。
リュシエルは立ち上がる。
涙の跡を拭い、胸の奥で静かに息を整えた。
「……母と、父が守った光。私が、受け継ぐ。」
剣が震え、白銀の光が殿堂を満たした。
その輝きは、氷すら融かす“温もり”の色。
リュシエルの唇が、自然に動く。
「――目覚めて、ルミナスブレード。」
光が弾けた。
氷冥王の冷気と衝突し、空間が軋む。
「……それが、貴様の選んだ力か。」
氷冥王の声が響く。
その巨体の周囲に、無数の氷槍が生成される。
リュシエルは剣を構えた。
白銀の光が彼女の髪を照らし、瞳がまっすぐ前を向く。
「これは、あなたたちが閉ざした“春”の記憶。
――氷の理を、断ち切る!」
ルミナスブレードが光の翼を広げた。
一閃。
放たれた刃が氷の嵐を切り裂き、蒼の巨影を貫いた。
轟音。
氷冥王の身体に亀裂が走り、白い光が滲む。
「ば……かな……この力は、神の理を超えて……!」
「違う。これは――人の願いの力よ!」
リュシエルが叫び、全身の魔力を解き放つ。
ルミナスブレードが眩い輝きを放ち、天井の氷を突き抜ける。
白銀の光が世界を包み込み、吹雪が止んだ。
氷冥王の姿が崩れ、無数の氷片となって宙に舞う。
その中で、リュシエルの周囲だけが穏やかに輝いていた。
⸻
静寂。
風が戻り、氷の床に一輪の花が咲く。
春の色――淡い桃色の花弁が光の中で揺れていた。
リュシエルは剣を見つめる。
刃は穏やかな光をたたえ、まるで彼女に微笑みかけているようだった。
ハルトが近づき、静かに言った。
「……やったな。氷冥王は、もう……」
リュシエルは微かに笑った。
「……うん。でも、これは終わりじゃない。
“永冬の心臓”が示したのは、まだ……始まりだから。」
彼女の手の中で、ルミナスブレードが再び光る。
刃の奥――微かな声が聞こえた。
『……春を……繋いで……』
その声に頷くように、リュシエルは空を見上げた。
氷の天井が崩れ、そこから差し込む光が世界を照らす。
冷たく凍っていた空が、初めて色を取り戻した。
雪が光に溶け、風が花の香りを運ぶ。
――永冬の終焉。
そして、新たな物語の始まりだった。