蒼の殿堂
回廊を抜けると、世界が凍ったように静まり返っていた。
息を吸うたびに胸の奥まで冷たさが染みこみ、心臓が痛むほどの沈黙。
そこに――立っていた。
蒼銀の外套を纏い、冷気を纏う男。
リュシエルの視線が、彼を射抜く。
「……クロード。」
その名が空気を震わせる。
男はゆっくりと顔を上げた。
瞳の奥に、深く沈むような哀しみがあった。
「久しいな、リュシエル。」
「久しい? ――よく言えるわね。」
リュシエルの声が、刃のように冷たかった。
「母を……殺したくせに。」
クロードの肩がわずかに揺れた。
そして静かに口を開く。
「……あの夜、お前にそう“見せた”のは、私だ。
だが、それが真実だったわけじゃない。」
「何を言ってるの!? 母が凍りつくのをこの目で見たのよ!」
リュシエルが叫び、剣を抜く。
光が刃に走り、空気が震える。
「母の命も、春の祈堂も、全部あなたが――!」
「リュシエル!」
ハルトが止めようとするが、彼女は振り払った。
「放っておいて! ……これは、私の戦いよ!」
クロードは一歩だけ前に出た。
その気配に呼応するように、周囲の氷が微かに震えた。
「……ならば、確かめろ。その刃で、真実を。」
白と蒼がぶつかり、殿堂が震える。
氷の刃が嵐のように舞い、リュシエルはそれを切り裂く。
「どうして反撃しないの!? 本気で戦うつもりがないの!?」
クロードの目が一瞬だけ揺れた。
「……お前を斬る理由が、私にはない。」
「……っ!」
リュシエルの胸が痛んだ。
それが怒りなのか、迷いなのか、彼女自身も分からなかった。
剣を握る手が震える。
その刃に宿る光が、次第に揺らぎはじめる。
「なら、私は……何のためにこの剣を握ってきたの?」
「それを確かめるために来たのだろう」
クロードの声は穏やかだった。
「――この場所で。」
氷の床がひび割れ、蒼い光が立ち昇る。
殿堂がゆっくりと形を変え、二人の足元に古の紋章が浮かび上がる。
“永冬の心臓”が、目を覚ました。